第一章 暗殺遊戯 その4

 バルムンクが雇った暗殺者アサシン、ガイルは暗殺者アサシンのエリートだった。ラトクルス王国の山間にある暗殺者アサシンの村出身だ。そこには〝老木〟と呼ばれた老人に育てられた暗殺者アサシンがいた。彼らは世界中の権力者に重宝され、日々、暗殺に手を染めていた。本日はラトクルス王国の財務大臣様に雇われての〝畜生働き〟だった。

 畜生働きとは家に押し入って、標的を含め、家人全員を皆殺しにする仕事を指す。畜生にも劣る仕事ゆえ、そのように呼ばれるのだが、ガイルはそのような仕事も躊躇なく受けた。仕事に貴賤はないと思っているからだ。

 またバルムンクは金払いもよかったし、この国の最大権力者のひとりだった。コネクションを構築しておいて損はないと思ったのだ。ゆえに腕利きの部下ふたりを連れ、ゴブリンの兵も借り受け 、男爵家を襲撃したのだ。すでに門番はすべて殺したので、あとは〝標的〟であるアリアローゼを殺し、男爵一家を皆殺しにすれば任務完了だった。

「これで豪邸が買えるほどの金が貰えるのだから笑いが止まらん」

 暗殺の里は貧しい山間にあるが、里の暗殺者アサシンが大金を稼ぐおかげで潤っていた、ガイルの家も小貴族ほどの規模を誇っているのだ。

「愛人の数を増やすかな」

 そのように俗にまみれた思考をしていると前方からなにか気配を感じた。即座に海老反りになったのは鍛錬しているおかげであったが、部下の助けまではできなかった。前方から現れたのは杭。避けることができなかった部下は串刺しとなる。

 腹に杭が刺さった部下の死に顔を見る。「なぜこの俺が」そのような顔をしていた。無理もないこのようなブービートラップが用意されているとは夢にも思わなかったのだろう。

 我々、暗殺者アサシン一族は常に狩る側、〝狩られること〟になれていなかった。

 死の罠を見たガイルは慎重になり、行軍を停止する。周囲の気配を探ると蝋燭の燭台を手に取り照らす。見れば足下にはワイヤーが張ってあった。

「なるほどね、これで我らを転ばせるのか」

 転ばした先には鋭利な刃物が置かれていた。これで突き刺すつもりだったのだう。古典的だが効果のある手法だった。

 ガイルはゴブリンに先に進むように指示をする。知恵のないゴブリンは恐怖をものともせず暗闇を進むが、ワイヤーを避けた瞬間、天井から酸が降ってくる。強酸性の物質がゴブリンに降りかかってきたのだ。

 のたうち回る緑色の小悪魔。ガイルはそれを無視する。ゴブリンなど介抱する義理はなかった。ガイルにとってゴブリンは道具でしかないのだ。仲間の悲劇に動揺するゴブリンの尻を叩く。

「緑色の小鬼ども。おまえたちはゴミだ。クズだ。俺たち人間様の家畜でしかないのだ。餌がほしくば家畜として命令に従え!」

 ガイルはさらに前進するように命令する。ゴブリンはガイルの怖さをよく知っていたので、躊躇しながらも従う。恐る恐る暗闇に中を進むが、暗闇に溶け込んだ数秒後、悲鳴が聞こえる。


「ぐぎゃ!」

「がはっ!」

「あがしっ!」


 醜い断末魔の叫びが聞こえる。この世のものとは思えない悲鳴だった。

「いったい、どのような殺され方をしたのだ」

 そのように思ってしまったガイルはゴブリンの死体を確認するが、ゴブリンは皆、首を切り裂かれていた。見事な手際で首だけを切り裂かれていたのだ。

 この暗闇の中で首だけを狙いこのように切り裂くなど、信じられないことだった。夜の眷属ナイト・ウォーカーでもこのようなことは不可能であろう。

 もしかして自分はとんでもないやつを敵に回してしまったのではないか。そのような恐怖に駆られるが、それでも逃げ出すことはできなかった。

 残った人間の部下に話し掛ける。

「先手を取られつつあるが、そうそう何個も罠を仕掛けることはできまい。それに殺されたゴブリンはたったの数匹、今から屋敷に火を放つ。混乱に乗じて王女を討ち取るのだ。畜生働きは中止だ。王女の首さえ持って帰れればいい」

 バルムンクは「最低でも王女の首」と言った。目撃者を残すことになるが、それも仕方ない。目撃者はバルムンクに始末して貰うしかない。

 ガイルは腹心にそのように説明するが、部下の返答はなかった。

 恐怖に臆して話せないのだろうか。

 部下がいるほうに振り返るが、彼は悠然とこちらを見ていた。なんだ、ぼうっと突っ立って、そのように叱りつけようとしたが、それはできなかった。腹心がゆらりと前方に倒れたからだ。

 見れば腹心の背中には刺し傷があった。黒光りする剣によって背中を斬られていたのだ。

「な、くそ、こいつも……」

 まだ姿の見えぬ反撃者に怒りを燃やすが、その反撃者は暗闇の中から悠然と姿を現した。

 王立学院の制服に身を包んだ若者。

 下等生レツサーの印を持った二刀流の少年がそこにいた。

「く、貴様は誰だ」

「なんだ、バルムンクは標的の情報を教えてくれないのか」

「詳細は聞いている。男爵家のものはふぬけ、アリアローゼには固有の武力はない」

「なんだ、やっぱり聞いていないんじゃないか。アリアローゼには腕利きの護衛がいるんだよ」

「おまえのことか」

「ああ」

「自分で言うとはな!」

「それなりに鍛練を積んでいるからな」

「抜かしよる!」

 ガイルがそのように言い放つちと後方からゴブリンが襲い掛かってくる。醜悪な小鬼は俺の喉笛を掻き切ろうとするが、一閃でそれを払いのける。

 右手のティルフィングでゴブリンに袈裟斬りを決め、左手のグラムでゴブリンの首を跳ね飛ばす。

「な、二刀流だと」

「二刀流など珍しくないだろう」

「ああ、暗殺者アサシンは特にな。だがおまえの持っている剣はなんだ。それは神剣だろう」

「ああ、そうさ」

「神剣をふたつ同時に操るものなど聞いたことがない」

「世の中は広いってことさ」

 アリアローゼの無属性魔法、「善悪の彼岸」によって俺は聖と魔、両方の神剣装備できるようになっていた。ふたつ神剣を同時に装備し、効果を発動できるようになったのだ。それはこの長い歴史を誇るラトクルス王国の中でも希有な存在だった。だが、細かな説明は不要だろう。この卑劣な暗殺者アサシンと再会することはない。この男は今、死を迎えるのだ。

「俺は姫様と違って慈悲の心は持っていない。おまえはなんの罪もない門番を容赦なく殺した。俺もおまえを容赦なく殺す」

「ほざけ」

 そう言うと男は真っ黒な探検を抜き放つ。それと同時にゴブリンが三方向から襲い掛かってくるが、俺はそれを「回転斬り」で跳ね返す。

「か、回転斬りだと」

「剣術の初歩の初歩だが、極めればこれくらいの芸当はできる。ましてや聖剣と魔剣によって解き放てば――」

 ゴブリンをなます斬りにしつつ、ガイルの腕を切り裂くことなど余裕だった。


 ぼとり――、


 ガイルの黒装束に腕が落ちる。

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