第一章 忌み子の追放 その2

    †


 翌日、俺の追放の是非を懸けた試験が行われる。

 俺がエスターク家に留まるに相応ふさわしいか、それを確認する作業が行われるのだ。

 簡単に説明をすれば、俺に相応の魔力があればエスターク家に留まり、扶養を続ける。魔力がなければ金を渡して厄介払いをする、ということである。

 この方法はエスターク家のものが連綿と繰り返してきた伝統なのだとか。

 名門エスターク家であるが、まれに不出来な子供が生まれるらしく、そのたびにこのようなテストをして、追放の是非を決めていたのだという。

 この試験で追放されたものは過去、五人ほどいるそうだが、さて、俺は六番目になれるのだろうか、そんな感想を抱きながらエスターク城にある練兵場に向かう。

 そこには見知った顔が集っていた。

 長兄であるフロド。相変わらず冷たい目をしている。氷細工で作ったかのような顔だった。

 次兄であるマークスは相変わらずアホそうだ。特権意識丸出しで貴賓席に座っていた。

 義母であるミネルバは相変わらず虫でも見るかのような目で俺を見ていた。ちなみに父親は欠席だ。父親は国王に呼び出され、王都に滞在中だった。

 以上が麗しの家族であるが、その他、エスターク家の親族や重臣など、お歴々が集まっていた。伝統的な行事ゆえに出席の義務があるのと、好奇心もあるのだろう。

 能なしリヒトがどのように追放されるか、きょうしんしんのようだ。

 彼らの期待に添うのは腹立たしいことではあるが、「追放」は俺の意に添っていることでもあるので、手っ取り早く済ませることにする。

 練兵場の中央に向かうと、そこにいた魔術師になにをすればいいのか尋ねる。

 彼は練兵場の中央にある的を指さすと、そこに《火球》の魔法を放て、と命じる。

「火球の魔法か……」

 初歩中の初歩だ。エスターク家のものならば幼児でも使える。

 しかし、俺は〝能なしリヒト〟、炎を放つことはできない。そのことを説明すると、魔術師は困ったものだな、と的に近寄り、なんなら《着火》でもいいと言う。

 着火とは簡易魔法のことで、種火のような小さな火を放つ魔法だ。初歩中の初歩の魔法で、下手をすればそこらの農夫でも習得できる。き火をするときなどに便利な魔法だった。

 俺は的に触れられる位置まで近づくと、そこで《着火》魔法を放った。

 ひょろひょろとした火はなんとか的までたどり着く。

 無論、この程度の火力では的に引火しなかったが、それでも魔力の測定はできるようだ。

 古代魔法文明の遺産である魔力測定器につながっている的は、俺の魔力値をたたき出す。

「リヒト・エスターク 魔力値 七」

 その数字が公開された途端、失笑が漏れ出る。七という数字はそれほど低い。「うちの家の馬小屋のせがれのほうがまし」と言うものもいるほどであった。

 まあ、仕方ない。

 俺は諦めるときびすを返そうとするが、それを止めるものがいる。

「おい、待て、なにも言わずに逃げ帰るのか? 負け犬のとおえはどうした? 観衆が期待しているぞ」

 その嫌みたらしい声には聞き覚えがある。次兄のマークスだった。

「……マークス兄上、お久しぶりでございます」

「おまえの兄になった覚えはないわ。マークス様と言え」

「……マークス様、なにか御用でしょうか?」

「いや、おまえは七などというとんでもない数字を出したのに、恥じ入るところがなさそうなので注意しようと思っただけだ」

「俺は〝無能〟のリヒトですから」

「無能にも限度があるわ。このエスタークのつらよごしめ」

「それは申し訳ありません」

 あまり申し訳なくなさそうに言ったためだろうか、マークスはイラッときたようだ。

 俺が見本を見せてやる! とマークスは俺の横に立つと、呪文を詠唱し始めた。

れんに燃えさかる炎よ! 自然界の摂理をねじ曲げろ!」

 マークスの右手の先から大きな火球が現れると、それはまっすぐに的に向かった。

 燃え上がる的。

 次いで測定器のカウンターが目まぐるしく動き回り、数値を叩き出す。

 マークスの魔力値は、

「三三二」

 だった。

 その数値に観衆は、

「おお! すごい! さすがはエスターク家のもの」

 と盛り上がる。

 たしかに三三二という数字はすごい。

 並の魔術師の魔力値は二〇〇あればいいほうらしいので、マークスは優秀な魔術師といえる。もっとも、そんなことはどうでもいいのだが。

 俺の目的はさっさと追放をされること。次兄にびを売ったり、慈悲を願うことではない。それは他の家族にもいえる。このまま静かに退場させてほしかった。

 そのように思って嫌みたらしく自慢をしてくるマークスを無視する。彼は反応がないのがつまらないと思ったのだろう。俺を解放すると、

「ふん、つまらないやつ。どこだろうが、好きな場所へ行け、この落とし子め」

 と言い放った。

 そうさせてもらおうと、背中を見せ、歩き始めると、それを止める人物が現れる。

「お待ちください!」

 華麗にして流麗な声。その勇ましい声は練兵場に響き渡る。

 我が妹の声は特筆に値するな。戦場でもよく響き渡りそうだ。女に生まれたのが惜しい、と思いながら妹エレンのほうを見ると、彼女は古めかしい本を掲げていた。

 彼女はそれを開くと言った。

「会場の皆様、我が兄リヒトの追放、しばしお待ちください」

「なんだ、エレン、またこの能なしの肩を持つのか」

 マークスはあきれながら言った。

「マークス兄上様、たしかにリヒト兄上様の測定値は低いですが、リヒト兄上様は古今無双の剣士でございます。剣士としての技量も考慮しなければ、不平等でしょう」

「なんだと? こいつが古今無双の剣士だと?」

 有り得ない、そんな表情で俺を見つめる。

「はい、マークス兄上様。リヒト兄上様の剣術はまさに神域。魔術など使わなくても立派な剣士としてエスターク家の力となってくれるでしょう。──その剣技はマークス兄上様の比ではありませんわ」

 エレンはわざとらしく後半を付け足す。

 そのように言えば気位が高いマークスが激高すると計算したのだ。案の定、彼は顔を真っ赤にしながら言い放つ。

「エレン! 貴様、この俺を愚弄するか!」

「愚弄などとはとんでもない。ただ、事実を言ったまで」

「まだ言うか。このお転婆め! 父上が帰ってきたら言いつけるぞ」

「まあ、それは怖い。しかし、父上が帰ってきたとき、リヒト兄上様が正式な試験を経ずに追放されたと知ったらどう思うでしょうか?」

「正式な試験だと?」

 掛かった! そう思ったエレンは持っていた古文書を開く。

「エスターク家家訓集、第二二条 修正三項 聖歴六八一年著述。エスターク家の追放裁判は魔力の測定をもって行うが、追放者が望んだ場合は〝決闘〟を選択することができる。その際、見届け人は決闘者を選出する権利を有す」

 マークスは妹から古文書を取り上げると、「くそっ」と、つぶやき、本を地面に叩き付ける。ミネルバは「本当ですか、マークス」と尋ねるが、マークスは「どうやらそのようです、母上」と返す。ミネルバは眉をしかめたが、マークスは母親を安心させるためにこう宣言する。

「まあ、いいではないですか、我々は伝統を重んじる王国貴族だ。先祖の教えには従う。要はこの小生意気な落とし子を決闘で倒せば、追放が正当なものになるのだろう?」

 俺のほうをにらみ付けるマークス。

 俺としては決闘などせず追放されたいのだが、と反論しようとしたが、それはエレンが止める。俺に寄り添うと、代わりに宣言する。

「リヒト兄上様はこうおっしゃっています。俺が怖くなければ決闘を受けよ! もしも受けたらその勇気に免じて命だけは助けてやる」

「な、なんだと貴様ー!」

 あおり耐性ゼロ、いのしし以下の知能しかない次兄マークスは激高する。

 俺はエレンに苦情を言おうとするが、彼女は悲しげな表情でぼそっと漏らす。

「……リヒト兄上様と離ればなれになったら、寂しくて死んでしまいますわ」

 そのような表情でそのような台詞せりふを漏らされたら、兄としては反論できない。それに俺はともかく、会場の雰囲気は決闘一色に染まっていた。もはや決闘をしなければ収まりがつきそうにない。

「……はあ、仕方ない」

 渋々決闘を申し込むと、マークスはいきり立ちながらそれを受ける。

 こうして俺と次兄マークスとの決闘が成立する。

 午後、昼食のあとにこの場所で行われることになった。



 きゅうきょ決闘が行われることになった練兵場には魔力測定器が運び込まれていたため、それを片づける作業が必要だった。エスターク家に雇われた魔術師は、急いで測定器を片づけていると助手からこんな報告を受ける。

「親方、機械の様子が変なんですが」

「なんじゃと!?」

 それは一大事。

 魔力測定器は古代魔法文明の遺産で、高額な機械だった。もしも壊れたら修理代に天文学的な金がいるのだ。壊れたと魔術協会に知られれば大目玉をらう。

「クビになったらかなわん」

 そう思いながら測定器を調べる魔術師。機械を開き、ログを解析する。

 映し出される古代魔法文字。

 ──特に異常は見受けられなかった。

「こりゃ、貴様、驚かすでない。なにも異常はないではないか」

「あ、親方、異常は機械じゃないんです。なんか数値がおかしくて……」

「数値じゃと?」

 今度は数値、つまり先ほどの測定結果を解析する。

 そこに表示されたのは三三二という数字だった。

「この数値は最後に計ったマークス殿の魔力値じゃないか。なにが問題なんじゃ」

「いえ、それではありません。その前のやつです」

「その前だと? あの落とし子のものか?」

 魔術師はひとつ前の数字を解析すると、我が目を疑う。

「な、なんじゃと!? 魔力値七七七七だと!?」

「そうなんですよ。なんかおかしいですよね、これ。だって空中に投影された数値は七だったのに」

「むうう……しかし、機械はどこも壊れておらん」

 いくら解析しても機械に異常はない。

 つまり投影された数値をいじったものがいるということだ。

「……まさか、あの衆人環視の中、数字を弄ったものがいるというのか……」

 本職である自分は機械を弄っていたからともかく、あの会場には他にも魔術師がいた。そんな中、誰にも違和感を悟らせないなど、不可能である。

「……いや、この魔力値を持つものならば可能か」

 魔力値七七七七はとんでもない数値だ。

 並の魔術師の二〇倍以上の魔力値を持っているのだ。

「……あのリヒトとかいう落とし子、もしやエスターク家の中でも最高の魔術師なのではなかろうか」

 あの場で魔力値を誤魔化せる魔力を持っているものはリヒトしかいない。そう結論せざるをえない。しかし、せないのは、なぜ、そのようなことをするか、だ。

 魔力が低ければ追放されてしまうというのに、なぜ、魔力を偽らなければいけないのか、魔術師にはそれが理解できなかった。

「……しかしまあ貴族様とはそんなものか」

 貴族の世界は権謀渦巻くもうりょうの世界。出るくいは打たれるという言葉もあるとおり、強すぎる魔力を持っていても生きやすくはないのだろう。ましてやリヒトという少年は落とし子であり、はくしゃく家内での立場も微妙なはずだった。

「……哀れな少年じゃて」

 魔術師はそう思ったので、このことを依頼主であるエスターク家には報告しないことにした。リヒトの魔力値を報告すれば一波乱あるからだ。

「……まあ、わしは雇われ魔術師。機械を正常に動かすまでが仕事」

 魔術師はそう言い残すと、そのまま王都へと帰還することにした。

 午後からリヒトとマークスの決闘が行われるが、それを見届けるつもりもない。弟子はもったいない、と言うが、魔術師に言わせれば、「勝敗が定まった」決闘ほど面白くないものはないのだ。あのマークスという貴族のせがれではどうしようもないだろう。

 それくらいリヒトという少年からは底知れぬものを感じた。

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