第16話 ハンプット家の悪事を暴き、業務を乗っ取れ
ここ最近のリネシスは、政治の力を中心にして、復興に立ち向かってきた。
だが、豪商を倒すとなれば、怪盗シルバーボルトの仮面が必要であった。
太陽の沈んだ真っ暗闇。首都の人々が寝静まった時間帯。
リネシスは、【ラミ・ゴハの鱗】を顔につけた。輪郭も、声も、匂いも、体内から検出されるあらゆる痕跡が、マジックアイテムの力で偽装された。
すでに相棒のテテは、ハンプット家の近くで待機していた。
彼は大きな企業の社長になっても、この手の仕事は自分でこなす。
他の誰かにまかせるわけにもいかないし、リネシスの行動を着実にサポートできるのも彼しかいなかった。
「シルバーボルト。ハンプット家のおさらいをしておこう。あいつらは、ただ戦争を利用して商売を拡大しただけじゃない。不正な商品の輸出入で大儲けしているんだ」
ハンプット家の本業は、馬車の販売だ。
戦時中は、軍事用の馬車を効率的に生産するために、彼らが中心となって大量生産を行った。
だがそれが寡占市場を生み出すこととなり、戦後に悪影響が出た。
馬車を利用した陸上輸送の支配者になってしまったのだ。
もはや対抗できる企業はおらず、ハンプット家が横暴に振る舞っている。
その最もたる例が、不正な商品の輸出入であった。
『テテ、なんで衛兵隊は、こんな堂々とした不正商品の輸出に気づかなかったんだ? いくら陸上輸送の大手だったとしても、検問は俺たちの縄張りだ』
リネシスは、準備運動をしながら、テテに質問した。
テテは、ゴルゾバ公爵と関わりが深いので、裏の事情を知っていた。
「国土の北東側にある、デネケア検問所の衛兵に、ハンプット家の送り込んだ間者が大勢いた。戦争で兵士が大勢死んだせいで、衛兵隊も人手不足だからな。身元のチェックが甘くなって、ハンプット家の間者を誤って採用してしまったわけだ」
テテは、義足の付け根を撫でながら、うんざりした顔でいった。
『大勢だって? そんな体たらくなら、衛兵隊の内部に、他国のスパイが入っているかもしれないな……』
オルトラン王国の北東には、シンド連邦がある。
シンド連邦は、リネシスが仮想敵国として定めている相手だ。
最近は、悪い噂ばかり入ってくる。
秘密警察が跳梁跋扈しているとか。どこぞの集落で虐殺が発生したとか。特定の種族が迫害されているとか。
それだけ大仰な悪事の氾濫した国家となれば、オルトランの復興を邪魔してくる可能性が高いだろう。
政治家であるリネシスにしてみれば、ゆゆしき事態だ。
しかし、いま集中すべきは、ハンプット家を逮捕することと、商売の乗っ取りである。
テテが、ハンプット家の見取り図を取り出した。
「ハンプット家の使用人を買収して、地図を入手した。すでに使用人が屋敷の南側の警備を手薄にしてある。そこを通過すれば、誰にも見つからないだろう」
『ずいぶんと手際がいいな』
「社長をやるからには、細かい根回しが大切なのさ」
『ああそうだ。その買収した使用人だが、絶対にリテ工場では採用しないように。一度お金でなびいたやつは、すぐ裏切るからな』
「わかってるさ。幸運を」
『では、いってくる』
リネシスは、飛行の魔法で空を飛ぶと、ハンプット家の敷地に侵入した。
● ● ● ● ● ●
ハンプット家の警備は、厳重というよりも、人海戦術でごり押しにしている印象だ。
意地でも死角を作らないように、大量の私兵を投入してあった。
敷地内の宿舎には、控えの私兵たちが寝泊まりしていて、三交代で警備を担当しているようだ。
これだけ多くのリソースを割けるなら、警備体制は万全といってもいいだろう。
しかし、テテの買収工作のせいで、屋敷の南側だけ、ぽっかりと穴が生まれていた。
(いまは、俺が侵入する側だから、お金の弱みにつけこむだけだ。しかし、俺は狙われる立場でもあるわけだから、どれだけ完璧な警備体制を敷いても、どこかしらに穴があると思ったほうがよさそうだな)
と、リネシスは考えながら、屋敷の屋根に着陸した。
すっかり怪盗の手口にも慣れている。
雷系統の魔法を最小限の出力で発射。屋根を少しずつ削っていく。
ぽっかりと穴が開いたら、音もなく屋根裏に侵入した。
そのまま飛行の魔法を応用して、屋根裏の狭いスペースを、音もなく滑空していく。
屋内の地図を確認して、ハンプット家当主の部屋の真上に移動した。
当主と長男の会話が聞こえてきた。
「父さん。まさかウェリペリ大公が、仲間になってくれるとは思いませんでしたね」
「うむ。あの大規模農園の話だって、ウェリペリ大公のツテで、手に入った情報だものな」
リネシスは、うんざりした。どうやらウェリペリ大公は、民主派の妨害をしたいがために、豪商と組んだらしい。
しかも豪商の手口を認めたということは、奴隷を容認したことになる。
相変わらずの政治力学しか能のないダメ貴族であった。
当主と長男の会話は、まだ続いていた。
「しかし父さん、旧帝国領土に送り込んだ私兵たちですが、まだ報告書が上がってきませんね。なにかあったんでしょうか?」
「誰かの妨害を受けたのかもしれませんよ。王族が、あそこを欲しがっているみたいですから」
「うつけモノのリネシス王子めが、泥んこ遊びでもしたいのか?」
「得体のしれない男ですね。最近は、なにかと話題になりやすいやつです」
まだリネシスは、うつけモノで通っていた。
だが、話題になりやすくなってきたということは、そろそろ隠し通せなくなるだろう。
覚悟はできているが、しかし、まだうつけモノの仮面があったほうが動きやすいので、なるべく維持していきたかった。
そんなことを考えながら、もう一度雷系統の魔法を応用して、屋根裏に穴をあけた。
まるでクモのように、気配を消して、真下の部屋に侵入。
ハンプット家の当主と、その息子に気づかれる前に、手刀で気絶させた。
きちんと二人を受け止めて、ソファーに寝そべらせることで、倒れる音ですら消した。
あとは怪盗らしく、戸棚や引き出しを漁っていく。
しかし、めぼしい収穫がない。
ふと気づいた。床下に小型の金庫があることに。
火系統の魔法で扉を焼き切ると、中身を拝見。
脱税の証拠である帳簿が置いてあった。
さらに大規模農園で使う予定だった、奴隷のリストも発見した。
これだけ証拠があれば、ハンプット家を逮捕して、商売を乗っ取れるだろう。
だが、そんな野望が、かすんでしまうほどのアイテムを発見してしまった。
暗黒の契約書。
かつてリンリカーチ帝国の皇帝が、これを使ってブラックドラゴン【ハリ・ア・リバルカ】を呼び出した。
その結果は、誰もが知ってのとおりだ。リンリカーチ帝国は地図から消えて、オルトラン王国にも多数の被害が出た。
いくら度胸の備わったリネシスであっても、まさかの違法なアイテムに硬直してしまった。
ブラックドラゴンの体の一部である【ハリ・ア・リバルカの翼】が、勝手に解説を始めた。
『これは【豊潤を撹拌する蛇/ナ・ジルバ】と契約する本だな。誰と契約するつもりなのか知らないが、まぁまぁおもしろいやつだぞ。人類なんて地上にはびこった害虫ぐらいにしか考えてないからな』
リネシスは、【ハリ・ア・リバルカ】と会話したくなかった。
だが、暗黒の契約書なんて恐ろしいアイテムに対処するためには、ぜい沢を言っていられなかった。
『この本は、まだ誰とも契約してないな?』
『無論だ。この家は、商人のものなんだろう? なら、誰かに売りつけるつもりだったのではないか』
誰かが買えば、間違いなく伝説級のモンスターを呼び出すことになるだろう。
そんなこと絶対にさせない。
そう思ったリネシスは、火系統の魔法で、暗黒の契約書を焼いた。
だが、瞬時に再生してしまった。
試しに短刀で切ってみたが、またもや再生してしまった。
どうやら本が再生能力を持っているらしい。
リネシスは、珍しく動揺しながら、伝説級のモンスターたちに聞いた。
『【ハリ・ア・リバルカ】でもいい、【ラミ・ゴハ】でもいい。暗黒の契約書を破壊する方法はあるか?』
二体の伝説級のモンスターたちは、声を揃えていった。
『『暗黒の契約書は、破壊できない』』
リネシスは、胃が重くなるのを感じた。
これまであらゆる困難と向き合ってきたが、それらとは違うタイプのプレッシャーだった。
暗黒の契約書は破壊できない。だがこれを誰かが買えば、かつてブラックドラゴンが大暴れしたときと同じ被害が出るだろう。
いや、もしかしたら、オルトラン王国は滅びるかもしれない。
一人で悩んでいても、答えは出そうになかった。
『俺はどうすればいい。こんな危険物、誰かの手に渡るなんて、見逃せるはずがない』
ブラックドラゴン【ハリ・ア・リバルカ】は、普通に答えを教えてくれた。
『答えはたった一つ、暗黒の契約書を欲しがっている人間を殺せばいい』
リネシスは、正当防衛なら、いくらでも悪人を殺せる。旧帝国領土で、私兵たちを攻撃したのも、このあたりの理屈だ。
だが、なにか特定の目的のために、誰かしらを殺すことは封じていた。ゴルゾバ公爵との約束があるからだ。
だからといって、衛兵隊に連絡して、逮捕してもらうだけでは、暗黒の契約書の発動を完全に防げるわけではない。
もちろん要人を暗殺しないという約束と、暗黒の契約書が発動する前に契約者を殺すことは、イコールでは結べないだろう。
しかし、自らへの戒めとして、かなり際どい境界線に立っていることは間違いなかった。
まだしばらく悩んでいたいのだが、まさか侵入した土地で時間を浪費するわけにもいかないだろう。
リネシスは、ハンプット家の当主と、その息子を魔法のロープで拘束すると、衛兵隊の詰め所まで運ぶことにした。
異世界大河ドラマ《うつけが盗む》 ~うつけモノと呼ばれた王子様は、夜な夜な義賊をやりながら、民主主義革命の同志を探していた~ 秋山機竜 @akiryu
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