第31話 出立

「話はまとまった?」


 レナがひょこりと顔を出す。恐らく、話が終わるタイミングを見計らっていたのだろう。シオンがはバツが悪そうに頭を掻いた。


「……すまない姉さん。あんな言い方して……」


「いいのよ。むしろ私の言い方の方が悪かったわ」


 二人が和解したことにほっとしつつも、ラドルファスは落ち着けなかった。サフィラのことが心配でたまらない。──もうこれ以上、彼女が不幸な目に遭う必要はないのだ。


「シオン、」


「おまえが焦るのは分かる。でも無策で飛び出すわけにはいかないだろ。大体、その傷でどうするんだ?」


「ああ……還せ螺旋の白鴉、七十五の門よ」


 詞を唱えると、門から祝福にも似た光が降り注いだ。二人がぎょっとラドルファスを見つめる間、無数にあった傷の痛みが和らいでいく。


 暁ノ法「アスクラピア」。ラドルファスが唯一使える治癒系の護法だ。法力エンシェントの繊細な操作が必要な護法は難易度が高い。「向こう」の世界の法則で、自分や他者の身体を永久に書き換えるのだ。その難易度は攻法と比べて高い。


「うん、これでなんとか動けるようにはなったかな」


 身体の状態を確認する。痛みは引いたが、初級の護法では傷を完全に治すことはできない。骨折した箇所は、骨はくっついたもののヒビが入ったような状態になっているだろう。不完全ではあるが、無理をすれば戦える。


「……なあ、夜狩りっていつもそうなのか?」


 やや眉を顰め、シオンが呟いた。ラドルファスはその雰囲気に首を傾げる。


「そうって……? まあ、傷を治したあとの反動は結構あるけどな。ハウリングって言って、傷自体は治ったが、身体がそれを認識できなくて痛みが続くってのが……戦闘には支障ないから大丈夫」


 答えて、シルヴェスターとの会話を思い出す。護法も万能ではない。「法則」が回復した状態​──つまり法則に逆らった状態をあまりにも不適格だと判断した場合、門の向こうの干渉力が弾かれるのだ。


『​──じゃあ、どんなに優れた護法の使い手でも致命傷は治せないってことか?』


『暁ノ法の性質にもよるが……まあ概ねそうかもな。ハウリングは大なり小なり防げねえしな』


 夜狩りたちには、時には自分の身を犠牲にしてでも人々を守ることが求められる。護法を利用し、肉を切らせて骨を切る戦術を使う場合もある。彼らにとって、命がありさえすれば負傷などあってないようなものだった。


『それなら、護法の使い手で一番は誰なんだ?』


 それを聞いたシルヴェスターは苦い顔をした。


『間違いなくアルベドだろうな。俺は二回ほどあのイカレ女の世話になったが、気をつけろよ。少なくとも俺は三回目はごめんだ』


「……傷が治りゃいいってわけじゃないだろ」


 シオンのざらついた呟きに現実に引き戻されたラドルファスは、首を傾げた。


「どういう意味だ?」


「はぁ……もういい。とにかく、蠍会セルケトセティトに見つかったらまずい。あいつらはどういうわけかラドを探してるし、黒フードの男……だったか。そいつを探さないと」


 釈然としないが、ラドルファスは考えないことにして現状を整理する。そもそもサーベラスは、どういうわけかレーヴでそれなりの地位を築いているらしい。つまり蠍会セルケトセティトが丸ごと敵に回った可能性が高いのだ。


「あの男の仲間には、【夜】を操れるやつがいるんだ。もし俺があいつなら、【夜】絡みの事件を起こして俺をおびき寄せようとする。あいつは俺を……恨んでるみたいだったし」


「なら西地区ね。蠍会セルケトセティトの主な勢力はそこに集まってるわ。その男があなたに濡れ衣を着せようとしてるなら、そこで事件を起こすはず」


 レナが補足意見を入れる。シオンもそれに頷いた。


「まずは西地区を目指そう。ところで……その男に心当たりはあるのか? 連合の追っ手か? それに、おまえのパートナーはどうして攫われたんだ?」


 問われてラドルファスははっとした。今までサフィラを助けることで頭が一杯で、そこまで考えが回っていなかった。──確かに冷静になれば、銀蛇の夜会がサフィラを攫う意味は謎だ。


 その上、サーベラスが突然ラドルファスに敵意を向けてきた原因も分からない。ラドルファスは彼のおかげで救われたのだ……偉大な父親を持つ故の、ある種の呪縛から。


 困惑と混乱から解放された今、ラドルファスにあるのは得体の知れない恐怖だった。何かとんでもないことに巻き込まれているのに、その実態はまったく分からない、という暗闇の恐怖だ。


 脳裏にアルフレッドの忠告が蘇った。


『それなら、気をつけた方がいいですよ』


『異様な法力エンシェントを持った【影】は時折産まれますが、皆行方が分からなくなります。ギルバートがそういった【影】を探しているとの噂もありますから』


 ◇◇◇


 レナに別れを告げ、二人は第二層を進んだ。シオンの言った通り、【夜】が出るためか人は少ない。しかし時折、物々しい武器を持った男たちのグループが通り過ぎる。そのうちの一人がこちらに視線をやった気がして、ラドルファスはうるさく鳴る心臓をなだめなければならなかった。


「今日は蠍会セルケトセティトの巡回員が多いな……」


「結局、蠍会セルケトセティトってなんなんだ?」


 ラドルファスが小声でシオンに問うと、彼は複雑そうな顔をした。


「もともと、レーヴは反連合派が集まってできた都市だろ。その中で、こっちでもペトリコールっていう夜狩りの組織ができた。でも最近、【夜】の異常増加でここ……第二層を放棄せざるを得なくなったんだ。民衆はペトリコールに不満を持った。そこで台頭してきたのが蠍会セルケトセティトだ」


「じゃあ……その二つの組織がレーヴで争ってるってことなのか?」


「概ねそうかな。ペトリコールは、民衆を第一にするって方針でやってきたんだ。でも蠍会セルケトセティトは、放棄地区を取り戻す代わりに、周りの住民に上納金を要求した──これじゃ連合と同じだ。なのに、夜狩りの中には蠍会セルケトセティトに寝返る奴もいたんだ……」


 シオンが悔しそうに唇を噛む。ラドルファスはようやく納得がいった。彼がラドルファスを夜狩りと知って警戒したのは、そういう事情があってのことなのだろう。


 それにしても、シオンの説明はかなり淀みなかった。事情通なのは、やはり元案内人だからなのだろうか?それについて問おうとした時、上空で何かが瞬いた。それを見た巡回員は、慌ただしく動き出す。


「閃光弾だ!【夜】が出たら打ち上げることになってる」


 同じ結論に辿り着いた二人は目を見合わせ、次の瞬間走り始めた。あの場所にサーベラスが……サフィラがいるのかもしれない。





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夜狩り【デイブレイカー】は朝を待たない ほりえる @holly52965

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