第30話 案内人
「レナ姉さん! 俺はもう案内人をやる気はないって言っただろ!」
青年──シオンは勢いよく振り返り、レナに食ってかかった。レナは動じなかったが、少し悲しそうな顔をした。
「あなたほどレーヴに精通してる人間はいないわ。それに、今のレーヴはなんだかおかしいもの。地上の人と争うなんて間違ってる。ましてレーヴの仲間同士で争うなんて……案内人がいなきゃ、
「そんなの俺の知ったことじゃない。それに俺は……」
「──三年前のことは、あなたのせいじゃないわ」
静かな声に、シオンは弾かれたように顔を上げた。何かを堪えるように拳が震えたあと、結局彼はぼそりと言葉を零した。
「……席を外してくれ」
頷いたレナは、申し訳なさそうにラドルファスの方を見たが、何も言わずに部屋を出て行った。ラドルファスは異様な雰囲気に戸惑ったが、黙っていても仕方がない。とりあえず疑問を解消することにした。
「なあ、
シオンは思案するように俯いていたが、やがて大きく嘆息した。
「おまえ、外から来たんだよな。何も知らないんだ。何が目的でこんな穴倉に?」
ラドルファスは罪悪感に胃が締め付けられるのを感じた。シオンもレナも善良そうだ。嘘は吐きたくない。しかしシルヴェスターは、地下都市の人間は連合と対立していると語っていた。連合の夜狩りだと分かれば、今度こそ
「実は……俺は夜狩りなんだ。パートナーの【影】が連合に酷い扱いを受けて……二人で抜け出してきた。追っ手から逃げるためにレーヴに来たんだが、後はさっき話した通りだ」
「夜狩り……!?」
シオンは険しい目でラドルファスを睨んだ。青年はその眼差しの強さにどきりとする。無音の非難を浴びている気分だった。ラドルファスにとって夜狩りは、いつでも尊敬されるヒーローだった。父の背中を見てきた彼は、ずっとそう信じてきたのだ。しかし──
「連合の夜狩りは最悪だ。あいつらほどのクズはいない。金のことしか考えてないんだ。そうじゃなかったら、どうして核を配給制なんかにする? どうして【影】が殺されるのを黙って見てる? そのせいでレーヴは、【夜】の被害が増え続けてる。奴らのせいで人が住めなくなった、放棄地区だって無数にある!」
ラドルファスは針の筵に座っている気分だった。まるで罪人だった。もちろん、無償で人を助けるなど不可能だ。核とて無限ではない。夜狩りは慈善事業ではないのだ。それでも青年がシオンに反論しないのは、薄々自分も感じていたことだったからだ。
確かに、個々の夜狩りたちは【夜】から人々を守るべく戦っている。しかし夜狩り連合に不信感を抱きつつあるのは事実だった。シルヴェスターは連合を信用するなと言ったし、アルフレッドも気をつけろと警告したのだ。
「俺は、レーヴの人々を手助けするために来た。信じてくれ」
自分でも白々しいと思った。ラドルファスは嘘を吐いているのだ。しかし、連合からの命令だったとしても、【夜】を倒しに来たのは……そして銀蛇の夜会という敵を倒しに来たのは本当なのだ。
「……それで、おまえはまずそのパートナーを助けたいってことか」
「ああ。あいつを絶対に助けなきゃいけないんだ。あいつは一緒に戦うって言ってくれたのに……俺は何もできなかった。あいつが攫われるのを見てることしかできなかったんだ。そんなのはもう終わりにしたい。だからどうしても、案内人が必要なんだ。シオン、頼む。俺に力を貸してくれ」
ラドルファスは痛みを堪えて起き上がり、シオンに深々と頭を下げた。サフィラを助けたいというのは噓偽りない、本当の気持ちだった。そのためにはどんなことでもする覚悟だった。今この瞬間、命を引き換えにすればサフィラが助かるなら、ラドルファスは喜んで首を切っただろう。
「パートナー……ね。分かったよ。案内人は廃業したつもりだったけど、おまえに力を貸す。──そういう気持ちは、俺にも覚えがあるから」
末尾の呟きは、思わず零れたにしても虚ろだった。長い前髪の隙間から覗くヘーゼルの瞳には、深い悔恨が浮かんでいた。レナの言葉によるならば、三年前に何かが起こり、それがきっかけでシオンは案内人を辞めたということか。
「ありがとう……恩に着るよ。俺のできる限りなら、どんな礼でもする」
「大げさだな。ま、後で何を要求するか楽しみにしとく。それから……さっきは悪かったな。別に夜狩りにだっていい人間はいる。レーヴにだって連合に所属してない夜狩りはいるしな。それに、レーヴにも伝説の夜狩りってのはいる」
シオンは照れくさそうに言ったが、ラドルファスとしてはその内容の方が気になった。
「伝説の夜狩り?」
「知らないのか? 地上には伝わってないかもな。「浄化」の夜狩り、イリュジーン・クラウスライア。未曽有の【夜】の大群に襲われた時、その命を犠牲にしてレーヴを救ったっていう銀髪の夜狩りだ」
「銀髪の夜狩り……俺の師匠とそっくりだな」
その単語から想像されるのは、シルヴェスターのことだった。元々は、彼の真意を探り出すことも目的だったのだ。サフィラを追っているうちに合流できればいいが……
「へえ、珍しいな銀髪なんて。イリュジーンと似てるのか?」
「いや、全然。むしろあいつはそういうことしなさそうだ。自己犠牲なんて……」
そう言うと、シオンはようやく少し笑ってくれた。緊張の緩んだラドルファスは、自分が名乗っていないことに気が付く。
「いつまでもおまえじゃちょっとな。俺はラドルファス・ブランストーンだ。ラドでいい。案内人をよろしく頼む」
「改めて、シオン・ユーレンリィムだ。引き受けたからには最後まで付き合う。よろしく」
差し出された手を握って、ラドルファスは少し驚いた。見た目は細身の、ともすれば内向的に見える青年の手は硬かった。戦ってきた者の掌だった。
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