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(翌日のお話です。本編『楽園の果実』https://kakuyomu.jp/works/1177354054894170460

のネタバレを少々含むかもしれません。お好みで、ご興味ある方はどうぞ)






 *******



 朝日が昇ってからもう数時間経つ。いつもならばとっくに王女について仕事をこなしており、この時間にはいないはずの部屋の主が、今日はぐったりと寝台に横になっていた。クエルクスは時折り瞼を開けては、窓から入る光の強さに黒鳶の瞳の上に手のひらで影を作る。

 冬とは思えぬほど身体が熱く、それなのにどこか寒い。全身に不快感があり動きも思うようにいかないというのに、記憶だけは鮮明だから厄介だ。目が覚めれば否が応でも昨晩のことを思い出してしまうのだが、気を紛らわそうにも布団の中で寝返りを打つくらいしかできない。

 どうにもやり場のない気持ちで横たわっていると、入室の問いもなく扉が開いた。


「ようクエルクス、起きてるじゃん。昼飯持ってきたけど、食える?」


 調理番であり城中で数少ない同年代の友人が、粥と果物の蜜漬けを盆に乗せて寝台へ近づく。


「ああ……すまない。あとで食べるから机にでも置いておいてくれるか」


 痛む頭を押さえて答えると、料理番の青年は盆を机におき脇の椅子にどさっと腰掛けた。


「めっずらしいな、お前が。王女つきだからって滅多に体調崩さないやつが、どうして風邪なんてひいたよ」

「別に……季節が急に変わったせいだよ」


 クエルクスはくるりと窓の方へ寝返りを打つ。それでも青年は机に肘をついてクエルクスの背中に次の質問を投げた。


「そんなんよく起こることだろ。しかも王女様は寄せ付けるななんて。他にも何かあっただろ。悩んでるなら聞くけど」

「…………何も。…………ラピスの風邪が悪化したらまずいだけ」

「あっそ」


 つっけんどんな返答に、青年は頬杖をつきながらとんとん、と人差し指で自分の頬を叩くと、しばらくしてから問いを重ねた。


「さては、王女様と何かあったか?」

「あっ、あるわけないだろっ!」


 病人とは思えぬほど即座にクエルクスは半身を起こしながらこちらに向き直る。青年はその様子を見て面白そうににやりとした。


「おっまえ嘘、下手だな。それ、陛下とか宰相とか別のヤツの前でやるなよ」


 いつもは白いクエルクスの顔は真っ赤であり、黒い瞳が大きく見開かれている。その様は表情が表に出にくいこの従者に関しては滅多に見られるものではない。バレバレだ、と料理番の青年は揶揄するように笑った。


「早く治るように王女様、呼んでやろうか」

「やめろ」

「喧嘩か? それとも何かやらかした?」

「……そんなことじゃない」

「ほら、王女様と何かあったんじゃねえか。馬鹿真面目なクエルが取り乱すくらいの何かが」

「おまえ、次は真剣で練習試合な」


 常のクエルクスにはないほど低い声で言われ、料理番はけらけらとした笑みを消した。


「それは御免だ。本気のお前とやったら俺が死ぬ」


 国で一、二の剣技を持つクエルクスと一戦交えて勝てると思う方が間違いだ。しかも本気で怒った状態の彼に敵う人はそうそういない。


「今日なら受けて立つけどな」

「もう、寝る」


 不貞腐れたように布団を被ったのを面白いと思わずにはいられない。料理番は「もうそろそろ冷めるからちゃんと食えよ」と言い残して部屋を出たが、あんな様子をみてしまうと、若干、善意の悪戯をしてみたくもなるものだった。


 数時間後、政務を終えた王女がひょっこり自室に現れるなど、クエルクスは予想もしていなかった。


 ——おしまい——



***



みなさんのコメントからその後のおまけ話を思いついたのですが、読みたい方だけ読んでいただければいいかな? と迷い迷い、冒頭文を付記しました。

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