神の寵児と呼ばれた魔法使い

ヘイ

センセイ


「お前は私を恨んでいるか……?」


 車椅子に座っている男に両腕と両足はない。四肢を失った彼の座る車椅子の後ろには両手両足を鎖で繋がれ、首輪をつけられた少年が立っていた。

 こちらは五体満足の身の上で、健常者ということができる。ただ、この世界では体の部位を欠損していた方が身分が高い。四肢を欠いて生まれた男は神の寵児として、人々に崇められた。


 それでも、彼は気に食わなかった。内臓も奪われていた彼は一人では生きることすら難しかったのだ。

 何が神に愛されているだ。

 湧き上がるのは怒りばかりで、憎しみばかりで、そこに愛など抱けるはずもない。手足がない代わりに火を出せる、水を出せる、風を起こせる、土を操れる。


 そんなものよりも手足のあった方がどれほどに有益か。歩いて、文字を書いて、人と触れ合って。

 何が神の寵児だ。

 一人では何もできない。


「私は……、お前の人生をめちゃくちゃにした」


 たった一人、家族でも何でもない赤の他人のために尽くす様に。少年はそれを任された。


「ぼ、くは……」


 辿々しい言葉を吐く少年の顔を、見上げながら彼はポカリと口を開いた。


「恨ん、で、ない、です……」

「……なんで笑ってるんだ」


 綻ぶ様な顔を浮かべて、奴隷の少年は告げる。


「言、葉、教えてくれた……。まだ、ぜんぜん、わかん、なぃけど……」

「そんな事で……」

「生きる、りゆぅくれ、た」


 恨まれていると思っていた。

 だから、答えには呆気にとられてばかりだ。


「そうか、帰るぞ……。私はお前に恩返ししなければならないんだ。私が死んだ後、お前が困らぬ様に」


 言葉を教え、人倫を説き、この世界で生きていくに困らぬ様に。そうしなければこの少年が支えてくれた時間を返すことなどできない。


「は、い」


 その日はモンスターの群れを焼き払った。こんな事でしか、彼は誰かのためになれないことを理解していた。

 街に戻ると民は彼を崇めた。

 神の使いだ。

 また、モンスターを懲らしめてくれた。

 あの御身体こそ、神の愛の象徴。


「──なら、お前らが愛されれば良かったんだ」


 吐き捨てる様な言葉は民衆の耳に届きはしない。それを拾い上げたのは少年だけで、その少年は長年近くに居続けたためにか彼の気持ちがよく分かった。


「早く帰るぞ、ケイン」


 車椅子を押す少年に顔も向けずに呼びかけると、少年は少しばかり車椅子を押す力を強め足早になる。


「はい! ゼニ、ス様!」


 白髪の青年を乗せた車椅子を押して、茶髪の少年が民衆の海を割いて歩いていく。喝采などに目もくれず。

 この世界は余りにもゼニスにとって気分の悪いものだった。

 

 

 

 

 魔法には属性があり、それは身体部位の欠損により使える魔法の属性が決まる。四大属性と呼ばれる火、水、風、土。これは順に右腕、左腕、右足、左足と対応する様になっており、右腕がなければ火の魔法を使うことができる。

 内臓を奪われたものはこの四大属性とは違う、闇属性の魔法を行使することが可能となり、目を奪われたものは光の魔法を行使できる。

 神というのは異常性癖どもしか居ない。それだと言うのに、人間はそれをやさしき愛などと呼び敬う。

 反吐が出る。


「ゲホッ、ゲホッ……!」


 咳き込むと血が吐き出される。ゼニスの体はボロボロで足りないものだらけだ。神の寵児である利点など魔法が使える程度に過ぎず、彼はそもそもに置いて短命である。それは当然、あらゆる面においての欠損が目立つからだ。

 ここまで生きてこられただけ奇跡と言える。そんな彼の体は激しい痛みが体を襲うなどと言うことも少なくない。


「だ、いじょ、うぶですか?」

「ああ、……問題ない」


 そう答えても不安で仕方ないだろう。


「すまないな、机を汚してしまった……」


 ゼニスが謝罪を述べると、ケインは何も言わずにゼニスの顔を綺麗な布で優しく拭ってから、机に吐き出された血を洗う。


「続きを、教え、てくださ、い」


 言葉の授業だ。

 倫理の授業だ。

 この世界で魔法使いは高貴で敬うべきだ。気をつけねばならない。態度は横柄であってはならない。

 彼らの不況を買うことがあるかもしれない。身体の欠損は誇り高きことらしい。

 ゼニスはこれっぽっちも分からないが。


「夜も更ける。すまないが、寝室まで運んでくれないか?」


 そう告げるとケインはウトウトとした様な表情をしながらもゼニスを自室まで運び、ベッドに横たわらせた。


「ありがとう。おやすみ、ケイン」

「はい!」


 部屋を出て行ったことを確認して、ゼニスは目を閉じる。

 神の寵児であるゼニスは親の元から引き離され、魔法使いの代表として育てられることとなった。


「…………」


 だから、ケインと離れることになる夜が少しばかり寂しくも感じてしまう。それでも朝になればまた、ケインが起こしに来てくれるだろう。

 そうして安心を覚えるのだ。

 

 

 

 

 朝、目を覚ますと笑顔が見えた。


「おは、よう、ございます!」

「ああ、おはよう。ケイン」


 笑顔を浮かべながら挨拶を返すと慣れた手つきでゼニスを起こして車椅子に乗せた。


「昨日はよく寝れたか?」

「は、い!」

「そうか、良かったよ」


 ゼニスはケインに対する待遇は良くしている。彼の部屋も与えた。

 不安など一つもない。

 ケインは家族の様な存在だ。


「今日はオーク退治か……」


 簡単な仕事を終わらせて、そしてまた言葉を教えてやる。それが何よりも幸せだ。

 ケインに運ばれて、その仕事先に来てみれば魔法使い達の屍が積み上がっていた。

 オークと思われるものの死体も。

 そこに居たのはワイバーンであった。


「ギャオォォォォオオオオン!!」


 それでもゼニスにかかればわけない。

 ゼニスの魔法の力は強大であった。数多の魔法使いを死に至らしめた竜も風の刃によって切り裂かれた。


「すまないな……」


 転がる死体達に向けてそう告げてから彼らはその場を去っていく。たった一人でできることなどない。

 後のことは他の者に任せよう。

 それで良い。

 

 

 

 

 そんな生活が数年続いて、ゼニスは遂に死んでしまった。良く保ったものだ。

 

 奴隷だった少年は自身の家の扉を開いて、仕事に向かう。


「今日も頑張るぞー!」


 そう叫ぶ、彼の職業は教師であった。

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