凍えるほどにあなたをください

久米坂律

柘榴石

 誰にでも優しい人は、本当は誰にも優しくない。


 これは、誰が言った言葉なのだろう。

 小説だったか、映画だったか。はたまた社会的に広まった格言だったか。

 兎にも角にも、この言葉を考えた人は限りなく残酷だと思った。



 俺の真横に立つ彼女をちらりと見やる。

 賽銭箱を前に、手を合わせて静かに目を閉じている彼女は、一体何を祈っているのだろう。


 ——俺と同じこと祈ってたらいいのに。


 でも、きっとそれは叶わないんだろうな、とどこか他人事のように考えた。


 彼女は優しい。

 普段は飄々としていて、どこまでもマイペースなのに、困っている人がいれば、彼女は誰彼構わず手を伸ばす。笑いかける。


 だから、彼女が俺に優しさをくれるのは、笑顔を向けてくれるのは、俺が特別だからじゃない。


 優しくされると、そのことに否が応でも向き合わされる。

 笑顔を向けられると、その柔らかな温度に反して、凍えるような気持ちになる。


 でも。それでも。

 結局、俺が彼女のことを好きだということは変わらなくて、見かけるたびに目で追って、凍えると分かっていても、彼女がくれるものは何でもかんでも欲しくなって。


 ああ、愚かだなと思った。


 ふと、彼女が巻いている赤みが強い臙脂色のマフラーが目に止まる。一月の誕生石、ガーネットを思わせるような深い赤色。


 諸説あるからなんとも言えないけれど、ガーネットの石言葉の一つに、「愚かしさ」というのがあるらしい。皮肉にも程がある。


 こうして自嘲に走っている今も、マフラーからはみ出した彼女の髪が風になびくことさえ愛おしいと思ってしまっている。


 ……寒い。


 と、彼女がふいに目をぱちりと開けて、こちらを見上げてきた。

「……どうしたの? え、もしかして私のお祈り長かった?」

「いや、そんなこと、は」

「あー、良かった。待たせてたらどうしようかと思った」

 彼女は心の底からほっとしたように笑った。



 それから、俺たちは並んで人気のない境内を後にした。


 歩きながら、頭の片隅でほんの無意識に考える。

 ガーネットはその色や形から、「柘榴石ざくろいし」という和名を持っていると聞いたことがある。


 柘榴が爆ぜて赤い実を弾けさせるように、俺が抱える熱も爆ぜて弾け飛んだら、彼女はそれに見合うものをくれるのだろうか。

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