第4話 そっくり、瓜二つ、ドッペルゲンガー
「ホントありがとうございました! 俺たち、これからはもっとみんなに好かれるような動画作ってきます! 頑張ります!!」
「頑張ってください。またなにかに悩んだら凸しに来てもいいので」
「……はいっ!!!」
そんな挨拶を交わし、イナズマたちは去っていった。
姿が見えなくなると、ずっと作っていた笑顔が崩れた。
「クソだりー……なんだよあいつら。プロ意識の欠片もねえなマジで。迷惑系のくせにいい子ぶるとかなめすぎにも程があるぞ! ヒールやるならちゃんと徹しろよ! エンタメにすればファンだってつくし人気も出んだろっ!! 中途半端に罪悪感あるなら迷惑系なんかに最初から手を出すなクソども!!!」
自然と罵詈雑言が出てきてしまった。近くを通った女性がビクッとしていた。
スマホを見るとすでに1時間以上経過している。姫花の法要はとっくに終わっているはずだ。
「あー、腹立つ……」
昨日とは言え、俺はYouTubeから足を洗った身だ。
今後の生活の平穏や、近所への迷惑を考えると、YouTubeに凸動画をあげられるワケにはいかない。だから、イナズマに丁寧に接したワケだけど、その代償は大きかった。
「やっぱり正解だったのかもな……YouTubeから離れるの」
正直、弥生さんとトオルさんに引き止められたとき、心が揺らいだのは事実だった。俺が動画を作り始めたのは姫花を楽しませるためだったけど、YouTubeが嫌いになったワケじゃない。弥生さん、トオルさんには恩も感じている。
だけど、イナズマと接して、踏ん切りがついた。
迷惑系YouTuberからも、家に来る厄介ファンからも、妹よりもYouTubeを優先した兄からも、もう距離を置きたい。
そして、姫花のことだけ考えて、余生を過ごしたい……。
20歳で余生とか言うと笑われそうだけど、でも、俺は本気だ。それくらい、姫花を失ったことでできた心の穴は大きいのだ。
「……間に合わなかったか」
そんなふうに思いながら家に戻ると、すでに三回忌は終了したようだった。家の中に人がいる様子はなく……見ると、玄関の側にみれいがしゃがんで座っていた。
俺の姿を認めると、よっと小さく手をあげる。
「遅かったじゃん」
「これでも巻いたつもりだったんだよ。でも動画撮らせないようにして帰すの、まあまあ大変で」
「そっか……ま、心掴んでる時点でスゴいんだけどね」
「YouTuberが言ってほしいことなんか決まってるからな。で、相手が言ってほしいことを言うのがマインドコントロ……仲良くなるコツだ」
「もう洗脳じゃん」
「人付き合いなんてそんなもんだろ」
「さすが良太、社会性のある変態」
褒めてるのかけなしてるのかわからない言葉。
「みんなごはん食べに行っちゃったよ」
「大事なひとり息子を置いていくとは……なんて冷たい親なんだ」
「兄貴の存在をなかったことにしてる良太も良太だけどね」
「ま、とりあえず行くか」
「そーしよっ」
と、そんな話をしてみれいが立ち上がりかけたそのとき、俺は気づいた。
「みれい、あそこ見ろ」
家から20メートルほど離れた場所にある電信柱を指で示す。
その向こう側に人影が見えたのだ。はっきりとは見えないけど、サイズ感的にはおそらく小学生だろう。
「もしかしてまだいたの?」
「みんな帰ったと思ったんだけど……ちょっとガツンと言ってくるわ。悪いけど先行っててもらえるか?」
「そう? まー任せるよ、普通にめんどいし」
手をひらひらさせてみれいは去って行った。
「……ったく。ファンとは言え、ダルいな……」
憂鬱になりながら、電信柱へと近づいていく。が、相手は俺が近づいてきていると知ると、くるっと背中を向けて走り始めた。
「こら待つんだ!!」
俺が叫ぶが、その子――髪の長さや服装的に女の子らしい――は振り返らずに走る。逃げるつもりのようだ。
しかし、運動不足の俺でもさすがに小学生女児よりは速く、少しずつ距離は縮まっていき……
「捕まえたっ!!」
後ろから肩を掴むと、彼女は急に減速し、勢い余って俺は激突。ふたりして地面にぶっ倒れた。
「いっ、いてぇ……」
「うう、痛い……」
ふたりして呻く。目の前に星が飛ぶとはこのことだ。だが、大事な姫花の法要をまた邪魔されては困るので、ちゃんと言うしかない。
「あのさ君、勝手に家来ちゃダメでしょ? ネットに書いてあったかもしれないけど俺とかカケルにもプライバシーは……」
と、そこで俺はその女の子のほうを見る。
彼女が顔をあげた瞬間、
「えっ……」
俺は言葉を失った。
目の前の光景が信じられず、声が出なくなり、思考が停止した。
先に客観的な事実を述べると、彼女は驚くような美少女だった。
亜麻色の髪に、童顔ながらも整った顔立ち。体格は小柄かつ華奢で、とても女の子らしい雰囲気の持ち主だ。
でも、俺が言葉を失ったのは、美少女っぷりではなかった……彼女は、2年前に亡くなった妹・姫花とそっくりだったのだ。
「押し倒さないでよ。痛いんだけど……」
脳内が真っ白になるが、本能が俺の口を勝手に動かす。
「姫花……?」
「えっ」
「姫花なのかっ!?」
だが、俺が肩を掴んで問いかけると、彼女は困惑を浮かべて、顔を横に振る。
「姫花? 私は
「ゆ、杠……?」
「うん、杠」
力を込めて言うと、形のいい眉毛がくいっと持ち上がった。
杠……? ということは、姫花ではない……?
そこで彼女が小刻みに震えていることがわかり、俺は手を離す。
「ってことは姫花じゃない……?」
「え、ちょっと何言ってんのかわかんないんだけど……」
動揺を隠せないでいる少女を、俺はなおもじっと見る。
いつも髪をおろしていた姫花と違い、目の前にいる少女はピンクのかわいいリボンで前髪をふたつにまとめていた。
たしかに、姫花はこういう髪型はしなかった。
し、口元に小さなほくろがあった。
これも、姫花にはなかったものだ。
認めざるを得ない。
彼女は姫花ではない。
別人だ。
まあ、当たり前の話だけど。
姫花は2年前にこの世を去っているのだから。
「……」
それでも、目の前で起きている出来事が理解できず、言葉が出なくなる。
結果、想いだけが自分のなかで暴れ、無言で近づく。
すると、反射的に少女は体勢を崩して、尻もちをつき……
「あ……」
スカートがめくれて、パンツがチラリと見えた。あどけない容姿とは裏腹な、黒地に白ドットの、意外と大人っぽいパンツだった。
「へっ……あっ」
俺の視線の方向に気づいたのか、彼女はバッとスカートをおろす。
「えっ、えっちっ!!」
彼女の頬が羞恥と怒りでカーっと真っ赤に染まっていくが、それと反比例するかのように、俺の思考は冷静になっていった。
「ごめん、人違いだった」
「えっ……?」
「君は姫花じゃない……だって、姫花はそんな派手なパンツは履かないから」
「……ひっ」
数秒の沈黙のあと、少女の悲鳴にも似た声が漏れる。完全に引かれたのがその表情からわかった。そして、
「ちちちちち、痴漢ーーーっっっ!!!」
急に叫ばれた。
「ちょっとなに叫んでんだっ! 人が来たらどうするっ!」
「それが目的なのっ! 人のパンツ見るなっ!」
「事故だって! おとなしくしろ!」
「いやだ、警察呼ぶっ!」
「それだけはやめてくれっ! 人生詰むっ! 第二の人生終わるっ!」
俺が必死で口元を抑えるが、少女は必死で抵抗を続けた。
幸い、周囲に人はいなかったものの、また叫ばれると本当にまずい。
「てかお前迷惑ファンだろっ! 通報されるべきはそっちだろっ!」
「違うっ! 私はリョータのファンだけど迷惑ファンではないっ!!」
「ファンなら通報するなよっ!」
「叫ばないから離してよっ!」
「信用できるかそんなもんっ!」
体格差から、自然と彼女を持ち上げることになる。彼女は俺の腕の中で暴れて、足を繰り出して膝付近を蹴ってきた……と思った、そのとき。
「うぐっ……」
想像を絶する痛みが下腹部を襲う。反射的に俺は手を股間に移し、つまり彼女から手を話した。ストッと、さしたる音なく彼女が地面に落下する。
「いっ、いたいんだけどお……」
「それは俺のセリフだろ……」
三回忌当日に亡き妹と激似な少女が目の前に現れたってだけで驚きなのに、しかも痴漢扱いされ、体を蹴られ、挙句の果てには股間を蹴られ……。
なにが起きているのかもう本当にわからない。ドッペルゲンガーなのか、俺が姫花を思うがゆえに生まれた幻覚なのか、それとも……。
「お前は誰なんだ……なんの目的があって俺の前に現れた」
「……」
反応がなく、俺は前方を見る。気づくと、彼女は熱を帯びた目で俺をじっと見ていた。口元はぎゅっと結ばれ、眉はクイッと持ち上がり、しかし、華奢な肩は小刻みに揺れていて……。
「あの、私のこと覚えてる?」
「覚えて……?」
「そうっ!」
強くうなずくと、彼女は大きく息を吸い込んでこう言った。
「YouTuberになったから約束通り、リョータにプロデュースしてもらいに来ました!」
その声は遠く遠くまで響き、4月の青空にこだまして、俺の耳にまで届いたのだった。
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