第3話 迷惑系YouTuber、ファミレス、人たらし

「リョータあああ!!! いるなら出てこーいっ!!!」


 家の外から大きな声が聞こえた。


「えっ、なにっ??」

「俺のこと呼んでるっ……うあっ!?」


 窓の外を見ると、家の前に十人程度の小さな人だかりができていた。


 しかも、その中には昨日、事務所前で見た迷惑系ユーチューバーたちがいる。それ以外はカケルチャンネル時代のファンっぽいけど、迷惑系ユーチューバーと一緒に自宅の前に来ている時点で厄介ファンだ。


「え、リョータって家バレてんの?」

「そんなのとっくにネットに書かれてるよ」

「あちゃー」

「でもファンのほとんどはカケルのファンだから、こっちまで来ることはなかった」

「なるほど」

「マジかよ、なんでこの日に限って……」


 そんなことを話している間も、迷惑系ユーチューバーは叫んでいた。きっと昨日、近くを通ったときに俺の存在に気づいたのだろう。


 普通に近所迷惑だし、もう法要が始まる30分前。親戚たちが来始める頃だ。


「仕方ない、行ってくる」

「え、相手にすんの?」

「そうするしかないだろ。あんなのいたら三回忌も始められないし」

「まあそうかもだけど……」


 みれいは明らかに動揺していたけど、仕方ない。


 リビングで両親に説明したのち、俺は迷惑系YouTuberと話しに行くことにした。面子は昨日見た4人組と、厄介ファン5人だった。


「リョータ、せいっ!! コラボ、せいっ!! リョ、リョータじゃねえか……」


 俺が普通に玄関から、しかもひとりで出てきたことに驚いたのか、迷惑系YouTuberは驚いていた。なんでだよ、呼んだのお前だろ。


 ……紹介するのも馬鹿らしいと思ったので、今まであえて名前を記してこなかったが、俺は彼のことを知っていた。


 彼の名はイナズマリョウ。


 迷惑系YouTuberとして、グングン名を挙げている存在で、その要因は数ヶ月前から手を染め始めた「凸」なる手法。これは突撃を意味するネットスラングで、簡単に言えば人気YouTuberのもとに押しかけ、強引にコラボを迫るというやり口だ。


 YouTuberにとって、コラボはチャンネル登録者数を増やす上で効果的な手法だ。お互いの視聴者を流入させ合うことができるから。まあ、簡単に言えばバンドが対バンするのに近い。


 だからこそ、コラボは正式な手順を踏むのが普通だ。とくに近頃は、人気YouTuberは事務所に所属していることも多いし、ビジネスである以上、自分たちに旨味がなかったり、イメージを損なうようなチャンネルとはコラボしない。


 そんなYouTube界にあって、予告なしに強引にコラボを迫るイナズマは、ルール違反以外の何物でもない。実際、バズマジのYouTuberたちも何人かすでに被害にあっていて、会社では警告文を出すことを真面目に検討しているくらいだった。


 だけど、今はそんなことは言ってられない。姫花の三回忌を台無しにされるワケにはいかないから。


「ちょっと静かにしてもらえます? 近所迷惑なので」

「リョ、リョータ……カッ、カケルとの不仲はホントなのかあっ!?」

「だから静かに。俺はYouTuberじゃないんでコラボってことにはなんないですけど、普通に出るんで」

「……え、いいんですか?」


 イナズマが聞いてきた。なんで敬語なんだよ。



   ○○○



 とにかく静かにすることを約束をさせ、俺は彼らを連れて近くのファミレスに行った。


 正直どうなることかと思ったが、話すこと1時間。


「……正直、今のままでいいのかなって気持ちはあって」

「そりゃそうですよね。迷惑系、逮捕されてる人もいますもんね」

「でも、今から上に行くって難しいじゃないですか? 先駆者はたくさんいるし、最近は芸能人もどんどん入ってきてるし……」


 なぜか、俺はイナズマの悩み相談を受けていた。


 どうしてこうなったか。


 実は俺はもともと、彼が迷惑系になる前の姿を知っていた。普通にYouTuberらしい動画をアップしていた頃だ。


 俺は仕事である前に、そもそもYouTubeを観るのが趣味で、日頃から多くのチャンネルを観ている。有名どころはもちろんのこと、チャンネル登録者数が1000人に満たないような駆け出しもたくさんチェックしていて、その中にかつてのイナズマチャンネルがあったのだ。


 当時の彼の動画は、再生数こそ伸びていなかったものの、企画に光るモノがあった。例えば『何日連続ですき家を食べたらきらい屋になるか』という動画はもうタイトルの時点で面白かったし、「なかなか嫌いになれない」展開になった結果、すき家をけなすこともなくて、内容も素晴らしかった。


 迷惑系に成り下がってしまった今となっては、彼の素性に興味を持つ人もいないだろうけど、たしか7本目くらいの動画で新卒で入った会社をパワハラで退社し、YouTubeを始めたことも語っていた。


 俺に会社員経験はないけど、同年代の中では社会を見ているほうだと思うし、アクの強い人間とはたくさん接しているので、普通に「いい動画だな」と思ったのだ。


 だからこそ、


「昔、パワハラで会社を辞めた話してたじゃないですか?」

「えっ……どうしてそれを」

「どうしてって、観てたからですよ。あの頃のイナズマチャンネル、実は結構好きで」


 的な会話を、ファミレスに来る途中にしたところ、彼の態度が急激に軟化したのだった。


 ま、人間こんなものだろう。


 迷惑系YouTuberと言っても、本当の悪人ってワケではないのだ。


「それで注目を集めるために、あえてヒールに徹してると」

「そうなんです……もちろん法律に触れない範囲でってのは徹底してます」

「お、真面目」

「そのために民法も勉強してるんですよ」

「めっちゃ真面目だ」

「でも、迷惑かけてるのは事実だし、本当はもう辞めたいんです……」

「どうして辞めないんですか」

「後戻りできなくなってるというか」


 イナズマはうつむきながら語る。


 事務所の前で叫んでいたときの勢いはすでになくて、回していたはずのカメラも止めている。企画とか動画とかは頭から消えてしまっているようだ。その結果、カケルチャンネルの厄介ファンも、飽きて早々に帰ってしまった。


 今いるのはイナズマと、その仲間の3人だけで、彼らも静かに話を聞いている。聞けば、みんなもともとカケルチャンネルのファンだったらしい。嬉しいけど複雑な気分だな。


「後戻りか。まあそれもそうですよね……」

「え、リョータくんにもわかるんですか?」

「そりゃもう。カケルチャンネルに関わってたときは色々制約多くて企画考えるの大変でしたし」

「え、でもカケルチャンネルですよ? 破天荒さが売りの、何やっても許される感じの」

「それが制約なんです。破天荒なことはできるけど、逆に小さなネタはできない。『セブンの新商品全種食べてみた』的な企画、カケルチャンネルで出したらどうだと思います?」

「……観てみたいですけど、イメージとは違うかも」

「でしょう? そういうことなんです」

「なるほど……チャンネル登録者数350万人のチャンネルにも、悩みがあるんですね」


 まるで自分のことのように、イナズマが深刻な面持ちで言うので、俺はフフッと笑ってしまう。


 カケルチャンネルは、YouTuberカケルを中心とするチャンネルだ。自分のことを「天才」とか「カリスマ」と形容してはばからないカケルを主役に、とにかくお金をたくさん使う動画をアップしてきた。ブランド品を端から端まで買ったり、倒産寸前のカードショップの商品を全部買い占めて救済したり、ホームレスにいきなり100万円渡してみたり……まあ、そういうチャンネルである。


 もともと俺とカケルが動画を撮り始めたのは、生まれつき病弱で入院しがちだった姫花を、少しでも楽しませたいという気持ちからだった。だからYouTubeに動画をアップし始めたときも、俺自身はこんなに大きなチャンネルになるとは思ってなかったし、ここまで品のないチャンネルになるとも思っていなかった。


 だけど運良く早いうちからファンがつき、開始時は19歳だったカケルも、今は25歳。いつの間にか古株的存在のチャンネルになり、登録者数も400万人を突破している。日本のトップYouTuberを10人挙げろと言われたら、間違いなく入るような存在だ。


 そして、そのチャンネルに、弟の俺は裏方(兼実質的プロデューサー)として深く関わっていた。企画と編集がメインではあったが、出演者と裏方の境目の薄いYouTubeなだけあって、動画に出ることも多かった。だから、カケルのファンのほとんどが俺のことを知っているし、最近ほとんど更新していないツイッターも10万人フォロワーがいたりする。


「リョータさんってもうカケルチャンネルには出ないんですか?」


 不意に、イナズマが話を変えてきた。


 俺の表情が変わったのに気づいたのか、声のトーンを落とす。


「これは内緒にしてほしいんですけど……もうないでしょうね」


 俺が答えると、イナズマたちは意気消沈したようだった。本当に元ファンだったんだなと思ったし、内緒にしてくれると思った。

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