第3話
「わー、かわいいー」
「あはは、こっち見たー」
今日も相変わらず、動物園は大にぎわい。
たくさんの親子連れのお客さんたちが、柵の外からアタシたちのことを見て、楽しそうにキャッキャとはしゃいでいる。
ふふふ、それじゃあひとつ、芸でも見せてあげないとね。
ほら、アンタたちいくよ。
「ゴロゴロー」
「ゴロゴロー」
アタシの合図を聞いたニンニンとトウトウが、横になってあっちにゴロゴロこっちにゴロゴロ。
ただゴロゴロと転がっているだけなのに、可愛いって思っちゃうのは、アタシが親バカだからじゃない。ほら、その証拠にお客さんたちも笑ってくれている。
そっとアタシが手をふると、カメラのシャッターがきられる。そんないつもの、動物園の風景。
すると飼育係の山本さんが、大量の笹を抱えてやって来た。
「ほらお前たちー、ご飯の時間だぞー」
「「ゴハンゴハンー」」
途端に笹にとびつくニンニンとトウトウ。
アタシも食べようかね。たくさん動いたから、お腹すいちゃったよ。
親子で笹をガジガジ。これも見慣れたいつもの光景なんだけど、なぜだろうね。
ふとした時に、思い出すことがある。この動物園を去って行った、フウちゃんのことを。
フウちゃんが行っちゃってしばらくの間は、ニンニンもトウトウも、それにもちろんアタシも、元気がなかった。
なんだか心に、ポッカリ穴が開いたような気がして。当たり前のようにそこにあったものがなくなるのって、やっぱり堪えるねえ。
だけど、いつまでも気落ちしちゃいられない。アタシたちが元気なかったら、来てくれたお客さんたちを、楽しませるなんてできないものね。
ニンニンとトウトウも、少しずつ元気を取り戻していって、前みたいに遊ぶようになって。今ではアスレチックで遊ぶのも、上手になっている。
前は怪我するといけないから止めていたんだけど、過保護なのもいけないからねえ。気を付けながら、自由にのびのびと遊ぶんだよ。楽しく遊ぶ姿を見てもらうのが、アタシたちの仕事なんだから。
もちろん美味しく笹を食べるのも、立派な仕事の一つ。ガジガジガジガジ食べる姿を、可愛いって思ってくれるお客さんは、たくさんいるんだ。
何事にも全力で。フウちゃんに見られても恥ずかしくないくらいに、ちゃんとお客さんを楽しませるんだよ。
「ふふ、アンアン元気そうね。それにニンニンやトウトウも、大きくなって」
ん、なんだか今、フウちゃんの声が聞こえた気が?
って、そんなわけないか。ダメだねえ、フウちゃんが去ってからだいぶ経つっていうのに、アタシってばまだあの子に甘えたいって気持ちがあるのかねえ。
「ママ、あれってフウちゃんじゃないの?」
「ニンニン、何言ってるの。フウちゃんはもういないんだよ。変なこと言ってないで早く食べないと、山本さんが片付けられないじゃないか」
「だって、あそこにいるんだもん」
「トウトウまで。恋しい気持ちもわかるけど、いつまでもフウちゃんフウちゃん言ってても……」
振り向いた瞬間、固まってしまった。
自分の目が信じられなくて、思わずパチクリ。だけどいくらまばたきをしても、目を擦っても、それは見えている。
柵の外からこっちに手を振っている、フウちゃんの姿が。
「「フウちゃんだフウちゃんだー!」」
ニンニンもトウトウも食べるのをやめて、フウちゃんめがけて一直線。もちろんアタシも、のっしのっしと後を追って行くよ。
近くまで来てみたけど、やっぱりフウちゃんだ。見慣れた作業着じゃなくてお洒落な、それでいて動きやすそうな服装のフウちゃん。
今までは、会う時は柵のこちら側にいたのに、向こう側にいるのは変な感じね。
そんな彼女の隣には、背の高い優しそうな男の人が。そして腕に抱えているのは、可愛らしい人間の赤ちゃんだった。
「ほら、見てごらん。お母さんパンダのアンアンよ。それで、そっちのふたりはニンニンとトウトウ。双子のキョウダイパンダね」
「キャッキャ!」
楽しそうに無邪気に笑う赤ちゃん。なんだか、目元がフウちゃんに似ている気がする。この子はフウちゃんの……。
そっか。赤ちゃんを連れて、アタシ達に会いに来てくれたんだね。
「わあー、赤ちゃんだ赤ちゃんだー」
「ホントだ、かわいー」
間近で赤ちゃんを見て、はしゃぎ出すうちの子達。これじゃあどっちがお客さんかわからないわねえ。
それにしても、素敵な旦那さんや、可愛い赤ちゃんを連れて、フウちゃんってば幸せそう。それでこそ、送り出した甲斐があったってもんだよ。
それに、こうしてまた来てくれるなんて嬉しいねえ。
すると不意に、フウちゃんに抱かれていた赤ちゃんが泣き出した。
さっきまであんなにはしゃいでいたのに、どうしてだろうねえ。
フウちゃんは慌てて上下に揺らしながら、泣き止ませようと必死になっている。どうやらパンダの面倒を見るのは得意でも、子供をあやすのは苦手みたい。仕方ないよね、まだ新米ママだもん。
そうしてなんとか泣き止ませると、今度は旦那さんが、こんなことを言ってきた。
「この子達、さっきから風子さんのことをずっと見てるね」
「そりゃあ、飼育係ですから。きっと覚えてくれているのよ」
「そうだね。それにしたってこんなにもパンダに愛されるなんて、素敵だよ。この様子だと君が復帰する時も、すぐに懐いてくれるだろうね」
へ、復帰?
旦那さんの言葉に、思わず目が点になる。
「そうね。この子がもう少し大きくなったら戻ってくるから、その時はまた一緒に遊んでくれるかな?」
赤ちゃんをあやしながら、ニッコリと笑うフウちゃん。
復帰って、ちょっと待って。それってフウちゃんが、いつか帰ってくるってこと?
と言うことは何? もしかしてフウちゃん、辞めたんじゃなくて産休と育休で、長期休みをもらってたってこと?
それなのにアタシったら、勝手に辞めたものと思い込んで。ああ恥ずかしい。
驚いているのは、アタシだけじゃない。ニンニンとトウトウも、「フウちゃん帰ってくるのー」って大はしゃぎ。
こらこら、言っておくけど、そんなすぐじゃないからね。
でも嬉しい。またフウちゃんと一緒にいられるんだもん。
「アンアン、ニンニンとトウトウの子守りを頑張ってね。私も、しっかりこの子を育てていくから」
アタシを励ますように、力強い声で言ってくれるフウちゃん。
そうだね。ママ同士、お互い頑張っていこうじゃないか。フウちゃんなら大丈夫、だって手のかかるうちの子達の面倒を、今まで見てくれていたんだもの。その子の事もきっと、立派に育てていけるよ。
「さあ、名残惜しいけど、そろそろ行こうか」
「そうね。ほらケンジ、みんなにバイバイってしてあげて」
「キャキャ、ばいばー」
旦那さんに寄り添われて、無邪気に笑う赤ちゃんを抱えながら、背を向けるフウちゃん。
アタシも、ニンニンもトウトウも、バイバイって手を振ったわ。姿が見えなくなるまで、ずっとずっと。
いつかまたフウちゃんが帰ってくる日を、楽しみにしながら。
おしまい🐼
パンダの親子と飼育員🐼 無月弟(無月蒼) @mutukitukuyomi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます