第2話

 衝撃的な話を聞いてから、数日が経って。今日もニンニンとトウトウは、無邪気に遊んでいる。


「ママー、アソぼアソぼう」

「タイヤでアソぼう。これならアブなくないでしょ」


 ふたりして両手を引っ張ってくるけど、ごめんね、今そんな気分じゃないの。

 本当はニンニンとトウトウにも、フウちゃんがいなくなることを教えなくちゃいけないんだけど、つい言うのをためらっちゃう。

 だってこの子達、フウちゃんの事が大好きなんだもの。いなくなるなんて知ったら、どんな顔をするか。


 そんなしょんぼりしているアタシの元に、近づいてくる影がひとつ。フウちゃんだ。


「アンアンどうしたの? 最近元気無いじゃない。ニンニンもトウトウも、心配してるよ」


 そんなこと言われても、元気なんて出ないよ。

 アタシって、自分で思っていたより、よっぽど甘えん坊だったんだねえ。フウちゃんにピタってくっつくと、わしゃわしゃと撫でてくれる。


「アンアンがこれじゃあ、心配だよ。もうちょっと、仕事続けてみようかなあ?」


 本気なのか冗談なのか、そんなことを言ってくる。その目はとても切なそうで、じっと見つめていると、胸の奥が痛くなってくる。

 こんな風に痛むのは、フウちゃんがいなくなるのが寂しいから? ううん、違う。フウちゃんを笑って送り出せない自分のことを、情けなく思っているのだ。


 わがままを言ったら、もしかしたらフウちゃんは辞めずに残ってくれるかもしれない。

 だけど、きっとそれじゃあダメ。フウちゃんにはフウちゃんのやるべきことがあるんだから、それを邪魔しちゃいけないわね。


 アタシは、フウちゃんの足枷になんてなりたくない。だったら。


「あー、ママばっかりフウちゃんとアソんでズルいー」

「アタシもアソぶー」


 アタシ達の様子に気づいたニンニンとトウトウが、こっちにやって来る。

 ……いつまでも、黙っているわけにはいかないね。


 アタシはフウちゃんにくっつくのを止めて、ふたりの前に立った。


「ニンニン。それにトウトウも、よく聞いて」

「なになにー?」

「どうしたのー?」


 無邪気に笑っている我が子達を前に、アタシは大きく息を吸い込んだ。


「アンタ達には黙っていたけどね。もうすぐフウちゃんは、この動物園を辞めるの。もう会えなくなっちゃうの」

「「えっ……」」


 よっぽどビックリしたんだろうねえ。ふたりとも、目が点になっちゃったよ。

 だけどそれもほんのの束の間。すぐにオロオロし始める。


「フウちゃんが? 何で、どうして?」

「ジョウダンでしょ。やめちゃうなんて、そんなのウソだよね?」


 うん、信じたくない気持ちは、よーくわかるよ。でもねえ……って、アンタ達。アタシの話を聞かずに、フウちゃんの所に行くんじゃなーい!


「ヤダー、行っちゃヤダー!」

「ずっとずっと、フウちゃんとイッショにいるんだー!」


 それぞれ右足と左足にガシッとしがみつきながら、駄々をこねるニンニンとトウトウ。 

 いきなりの出来事に、フウちゃんはビックリしてるけど、すぐにいつもの優しい声を出してくる。


「あらあら、ふたりともどうしたの? お母さんに似て、甘えん坊さんなんだから」

「「行っちゃヤダー、行っちゃダメー!」」

「ふふふ、遊びたいのかな? けどこれじゃあ、身動きがとれないよ」

「「とれなくていいもん! ずっとここにいるんだもん!」」


 必死になって叫ぶふたりだったけど、生憎その言葉はフウちゃんには届いていない。

 ほら、アンタ達離れなさい。フウちゃんが困っているでしょ。

 駄々をこねるふたりを何とか引き剥がして、お説教モードになる。


「ダメじゃない。二人いっぺんに、あんなに力一杯抱きついて。もしもフウちゃんが怪我でもしたら、どうするつもりだったの?」

「「だって、だってフウちゃんが」」

「そうだね。いなくなっちゃうのは、アタシだって寂しいよ。だけどこれはきっと、フウちゃんが考えて決めたことなんだ。だったらアタシ達は、笑って見送ってあげなきゃ。アンタ達だって、フウちゃんにイジワルしたいわけじゃないだろ」


 とたんにしょんぼりする、ニンニンとトウトウ。するとそんなアタシたち親子を、フウちゃんがそっと撫でてくれる。


「さんにんとも、もしかしてもう知っているのかな? 私がもうすぐ、いなくなっちゃうって。……私も、みんなと離れるのは嫌だよ」


 寂しそうで、切なそうな声。フウちゃんだって、やっぱり平気じゃないんだ。


 辛いのはみんな同じ。だからみんなで力を合わせて、乗り越えていこう。

 フウちゃんは遠くへ行っちゃうわけだけど、大丈夫。離れていても心は一つなんだから、きっと力を合わせられるはずだよ。


「ごめん。アンアン、ニンニン、トウトウ。もうあんまり時間は残されてないけど、いっぱいいっぱい遊ぼうね」

「……うん、ボクアソぶ」

「ワタシも。いっぱいいーっぱい、フウちゃんとアソぶんだから」


 相変わらず、フウちゃんを前にすると素直になっちゃうふたり。これじゃあアタシと、どっちがお母さんなんだか分かんないねえ。


 って、情けないこと言ってられないか。今までたくさん子守りを手伝ってもらったけれど、これからはアタシがもっとしっかりしなくちゃいけないんだから。

 だけど、だけどその前に……。


「ふふ、アンアンったらそんなにくっついてきて。お母さんなのに、今日はやけに甘えん坊だね」


 ああ、そうだよ。アタシは甘えん坊なんだよ。

 いいじゃないか、少しくらい甘えたって。大好きなフウちゃんとの最後の時間を、アタシだって楽しみたいんだ。


 たくさん甘えて、たくさん笑って。離れていても平気なように、素敵な思い出をたくさん作って。

 そうすることでアタシは……アタシたちはもっと、強くなれるんだ。

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