第20話 主人公に必要なもの その2
ロイドの瞳は、赤く発光していた。
はっとする。
あれは、シリンが操られていたものと同じ魔術だ。
つまり、今のロイドは誰かに操られている。
だが呪いの装備などではない。
なにか、もっとべつの――より高度な魔術によって。
「お前は誰だ!? どうしてロイドを操っている! ルッカになにをしたんだ!?」
「彼女は特殊な資質を持った魔術師だ。我らの計画に必要となる」
操られたロイドの言葉に、ぼくははっとした。
そう。それがルッカの秘密だった。
ルッカには、ある特別な血が流れている。
それはこのウィザアカの世界にとって極めて重大なものだ。
だからこそ、本来の物語でもルッカは敵国から狙われ、それにこの学園も巻き込まれ、彼女の傍にいる主人公ロイドが、彼女を守り抜く運命を背負うことになる。
だが、今目の前で起きていることはそれとは真逆だった。
ロイドが敵に操られる展開など、見たことがない。
これも、ぼくが物語を変えてしまったからか。
「どうして、こんな展開に……」
「はっ、なにを訳の分からないことを」
ロイドがあの精悍な顏つきのまま嘲笑する。
ぞっとする表情だった。
「この学園をもろとも破壊する。大陸級魔術を発動してな」
「……!」
大陸級魔術。
それは普通の魔術とはまったく異なる、大規模魔術だ。
魔法陣の規模に応じていくつか種類があるが、そのなかでも大陸級魔術は滅多に使われることがないほどの効果を発動する。
「すでに準備は整った。地下の秘密回廊にある巨大魔法陣の起動装置。俺がすでに動かした。連中が陽動をしてくれたおかげでな」
「そうか、この光はそれの……」
「俺はこの学園をまるごと魔力源にする。跡形も残らない」
ロイドの言葉は恐ろしいものだった。
この学園の地下にある地脈を利用した巨大魔法陣。
かつてこの学園を防衛していたその力をすべて使い、大陸級魔術を発動させれば、確かにこの学園を消滅させるだけのことは可能だろう。
「そんなこと……させるか……!」
ぼくはとっさにショップからアイテムを購入した。
このウィザアカの世界の知識なら、ぼくは誰にも負けるつもりがない。
敵が大陸級魔術を発動するつもりなら、それを上回る魔術で封じてしまえばいい。
ぼくが手にしたのは、一振りの白き小枝だった。
【世界樹の枝(※主人公専用装備)】
合計:9,000,000,000,000,000ゴルド
▼以上の商品を購入しました。またのご利用をお待ちしております。
「これなら……!」
ぼくは左手に世界樹の枝を握りしめ、右手でアルテマロッドを構えた。
だが、何も起きない。
「え……?」
「一体なにをしている?」
ロイドがぼくを嘲笑っている。
ぼくは混乱していた。なぜ、世界樹の枝が使えない?
このウィザアカの世界において、もっとも重要なキーアイテムのひとつ。
この星のすべての地脈を利用できるチートアイテムだ。
なのに、なにも効果がない。
そんなはずは――
そのとき、ぼくは気づいた。気づいてしまった。
【世界樹の枝(※主人公専用装備)】
これは、ぼくには使えない。
なぜならぼくは――主人公じゃないからだ。
金持ちの脇役キャラ、オネスだからだ。
「ふっ、お遊びはここまでだ。もうすぐ大陸級魔術が発動する。貴様もここで滅びに呑まれるがいい」
ロイドが杖を掲げる。
起動魔術――その手で、いよいよ地獄の釜を開けるつもりだ。
ぼくはそれをただ絶望の視線で見つめていた。まるで、物語の脇役のように。
けれど、今ここにはルッカがいた。
いや、彼女だけじゃない。
メルセやシリン。
ぼくの愛したウィザアカ世界に暮らす人々や生き物、この世界に属する全てのものがここにある。
壊させは、しない。
「ぼくは……主人公じゃない。オネスだ」
「なに?」
それでも、今だけでは。
ぼくは、ぼくが主人公になれると信じる。
「今だけは、ぼくがこの物語の主人公だ……!」
次の瞬間、異変が生じた。
ぼくの手にした世界樹の枝が、まばゆい光を放った。
主人公専用装備のはずの、伝説の魔術道具が。
世界樹の枝が、この星を覆うほどの魔法陣を発動した。
空のすべてが巨大な魔法陣の紋様に埋め尽くされる。
その大きさは、大陸級魔術とは比較にならない。
大陸級魔術のさらに上――それが星級魔術。
「悪いけど、この魔術はぼく専用なんだ」
星級魔術――《スペル・ヴァニッシュ》が発動した。
桁違いの魔力にかき消され、ロイドの大陸級魔術が消滅する。
「馬鹿な……こんなことが……!?」
曇天の隙間から青空がのぞき、光が差し込んでいた。
魔法陣が停止したことで、ロイドを操っていた魔術も途絶え、目から赤い光が消えた。
彼は糸が切れたように膝から崩れ落ち、ルッカの隣に倒れた。
「ルッカ! ロイド!」
ふたりのもとに駆け寄り、ぼくはまずルッカの身体を抱き起こした。
必死に呼びかけ続けると、やがて彼女がうっすら目を開ける。
「ん……オネス、君……?」
「ああ、よかった……」
「いったい、なにが……。そうだ、ロイドが一緒に来て……え、ロイド!? ど、どうして倒れてるの!? オネス君、いったい、なにが……?」
困惑するルッカを前に、口をつぐんでしまった。
なにが起きているか、ぼくにもすべてはわからない。
ここは、ぼくが知り尽くしたウィザアカの世界のはずなのに。
けれどようやくひとつだけ確信できたことがある。
ぼくは今、誰も知らない物語のなかに立っていた。
*
数日後、マグナル魔術学園はひとまずの平穏を取り戻していた。
教室では浮遊魔術の授業が行われている。
ぼくとルッカと並んで座りながら、授業を聞いていた。
いや、聞いていたというのはポーズだけで、実際にぼくの頭のなかは、先日の襲撃事件のことでいっぱいだった。
いったい、誰がロイドを操っていたのか。
彼らは次に、何を企んでいるのか。
「――ではオネス・リバーボーン。やってみなさい」
「はい?」
「ちゃんと聞いていましたか? 浮遊の魔術です。この石を浮かせてみなさい」
教師に促され、ぼくはみんなの前に出た。
注目が集まるなか、拳サイズの石に意識を集中させ、杖に念じる。
だが何も起きなかった。集中力不足だ。
「あ、あはは……すみません」
「まったく……仕方ないですね。ではロイド・アーサー。やってみてください」
「はい」
すると、ぼくの代わりにロイドが前に出る。
杖を構え、石に念じた。
すると、石が大きく浮かび上がった。
生徒たちのどよめきが生じる。
さすがロイドだ。みんながロイドを拍手して賞賛している。
ルッカも友達の活躍に無邪気な笑顔を浮かべていた。
これぞまさに原作通りの正しい展開だ。
「ロイド、すごい! オネス君、わたしたちも見習わなきゃね?」
「ぐぬぬ……」
ぼくは負けじと杖を握りしめた。
まるでオネスそのものように。
オネスの立場に甘んじてはいられない。
もっと強くなりたかった。いつか、本物の主人公になれるように。
「主人公のくせに生意気だぞ! ぼくだって負けないからな!」
と、ぼくは初めて強気に宣言した。
――今は授業中なので、もちろん心のなかだけで。
悪いけど、この魔術はぼく専用なんだ ~主人公じゃない脇役貴族は世界最大の財力で魔術世界を成り上がる~ 来生 直紀 @kisugin
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