第15話 リザードマンと一緒4
「ユト、準備は終わったか?」
「終わった」
ユトの謎の新商品『ゴーレムの種』を戦闘予定エリアにばらまき終わり、装備を確認し終えたところで、遠方にいるルフがこちらをじっと見ていることに気が付いた。
「飯を食い終わってもう次を探してるのか」
「そろそろ始めないとリザードマン達に先を越されるな」
「私も準備完了~。いつでもいけますぜぇ」
「本気を出す」
ルフが羽ばたき、上空で旋回し始めた。
こちらもやる気は充分だ。特に魔法使い二人は充分すぎるようにも見える。もしやルフが実験台か何かに見えているのだろうか。ネトリアなんか下卑た笑みを浮かべて長杖を舌なめずりしている。せめてナイフでやれ。
「作戦開始だ。みんな無理するなよ!」
「了解!」
ネトリアの範囲魔法には、一定の時間稼ぎが必要となる。ルフはただ滑空してくるのみだが、それでも鋭い爪と暴風の中ではまともに立っていることが難しい。
そこで、ネトリアは魔法に集中。その間ナシャルがネトリアを護衛しながら支えるという手筈だ。最初の作戦はルフにどうやってそのネトリアとナシャルを狙わせないようにするかだが、そこでユトのゴーレムが役に立つ。
「ユト! ゴーレムを起動させろ!」
「わかった」
ユトが地面に手を当てて、息を大きく吸い込んだ。目が一瞬大きく見開き、ユトを中心に地面の中を何かが駆け巡った感じがした。
湿地帯の泥がいたるところで、もぞもぞと動き出した。やがて人型となり、湿地帯に無数のゴーレムが乱造された。
「全員動くなよ!」
「魔力が切れて動けない……」
泥に沈みそうになっているユトを抱えながら、俺は作戦の第一段階の成果を見やる。
木を隠すなら森の中、そして人を隠すなら人の中だ。湿地帯中に作られたゴーレムは動きはしないが、全て俺たち四人の姿を模している。
まだ未完成と言っていた通り、ゴーレムの顔は子供の落書きのような作りになっている。
ポーズも様々で、両手を上げている物、うずくまっている物、ブリッジ、犬神家など、どう見てもおかしい物が混じってはいるが、上空にいるルフにとっては四人が百人に増えたように感じるはずだ。
事実、ルフは上空で驚いたのかその場で大きく羽ばたき、また旋回を始めている。そのうちに狙いを定めたのか、一体のゴーレムに向かって滑空し、かぎ爪の攻撃でゴーレムは泥に戻された。かなり広範囲にゴーレムをばらまいたため、強風の影響は少ない。ネトリアも魔法に集中できているようだった。
「作戦は成功だな」
「油断はしないで」
「ああ。もしルフが当たりを引きそうになったら、俺が魔道具を使っておびき寄せる」
ルフの二度目、三度目の滑空も無駄に終わり、残りのゴーレムは目算で七十体くらいになった。
ネトリアの方を見るも、ナシャルが首を振って答える。まだ準備がかかるらしい。そうとう気合が入っているようだ。
ルフの四度目の滑空攻撃は、ネトリアの近くだった。強風で髪が乱れているようだが、集中は乱れていない様子。杖を構えたまま、微動だにしていない。
だが五度目、とうとう狙いはネトリアに向いている。ここで俺の出番となる。
「やばい、魔道具を使うぞ」
腰にある投げナイフに手を伸ばした。俺は振りかぶり、ルフに向かって渾身の力で投げつける。俺の手から離れた途端ナイフから火花が散り、やがて炎が噴き出し、炎の軌道が空に描かれる。注意をこちらに向けるのには充分すぎるほどだ。
ルフは向きを変えて、俺の近くにあるゴーレムを切り裂いた。
「これで時間は稼げたはず……」
「ネトリアに魔力が集まってる。そろそろかも」
腰に抱えたユトから吉報が知らされ、ネトリアの方を見ると、足元の泥が波紋状に広がっていた。ナシャルも俺に頷き返し、戦いの終わりが近いことを予感させる。
「ムムムムム、ハッ! 来た! 魔力充填完了!」
ネトリアは長杖を高々と振り上げて、最後の仕上げへとりかかる。
「身体ビクビクいわせてやるぜ! オリジナルスケベ魔法・
絶叫と共に杖が突き立てられ、ピンク色の霧がドーム状に広がっていった。
「ネトリア! 成功か!?」
ネトリアは俺の声に反応すると、顔を赤らめながら杖を振り上げて答えた。
「おう、もちろんよ! ここら一帯にいる、おッ、生き物は、んッ、感度が倍増されて、あッ、動きが制限、くッ、されるはずぅッ」
「これちょっと、うッ、効きすぎて、ひッ、ないか?」
ネトリアの足元にいるナシャルも、体をピクピク震わせながらなにか言っている。
これは予想以上に効きすぎた。俺も服がこすれて思うように動けない。それに口を開ければ声が漏れるという恥ずかしさもあるので、口頭による連携にも支障が出ている。
だが作戦通り範囲魔法には上空にも有効で、ルフは体を翻しながら悶えている。下がってきた高度を維持しようと羽ばたくも、風の刺激をもろに受けて、さらに悶え苦しんでいる。哀れなり。
「ナシャル! あッ、攻撃しろ! うッ」
「わかっている! んッ、今向かう、ひゃッ」
とうとうルフは湿地帯に降り立ち、体を震わせながらこの惨状から逃げ出そうと翼をばたつかせていた。ナシャルはルフを仕留めるために向かうが、一歩歩くたびに体を震わせて声を漏らす。もうめちゃくちゃだ。
「ようやく、んッ、近づいたぞ、くぅッ」
苦労と悶絶の末にルフのそばまでたどり着いたナシャルだったが、ルフは鶏の様に暴れて拳を上手く当てることが出来ないようだった。
ルフは自分を狙う騎士に気が付いたのか、それとも全身を襲う快感に我慢できなくなったのか、ふらふらと羽ばたきながら、遠くの空へと消えていってしまった。
「作戦は、くッ、成功か?」
「私の力は、ふぅッ、必要なかったみたいだがな、んくッ」
「まあ、いいじゃないか。ぐッ、ところでこの効果、はぁッ、いつ切れるんだ」
「それはね~、にゃッ、半日は持つから、はぅッ、範囲から出るのが早いぃッ」
俺たちは快感に悶えながら、急いで魔法の範囲外に向かい、なんとか感度倍増魔法の範囲外に出ることが出来た。
結局作戦はぐだぐだになってしまったが、ルフを追い払うという目的は達成したので良しとしよう。いつの間にか、リザードマンの部隊も姿が見えなくなっていた。俺たちの戦闘に巻き込まれないように避難したのだろうか。
「さ、やることやったし早く帰ろー」
「そうだな。ひとまず現在地を割り出さなければいけないが……」
しばらく歩いていると、前方に大きな岩山が見えてくる。
「こっちはリザードマンの集落の方だったのか」
「そうなると湿地帯の奥地ということになるな。しょうがない、引き返すか」
「ちょっといいか?」
引き返そうとするナシャルを、俺は引き留めた。
「最後にリュウコに一目会ってから帰りたい」
「リュウコ? 誰か人がいるのか」
「いや、リザードマンだ。たぶん未亡人」
「シズオ君は変態の化身ですな」
変態だろうがなんだろうが、寝食を共にしたので妙に愛着が湧いたのだ。伝わるかどうかはわからないが、別れの一言くらいは言いたい。
「皆は離れたところでちょっと待っててくれ」
「大丈夫か? 心配だな……」
ナシャルたちから離れ、俺は一人で集落に近づいた。
大きな岩山を横から削り取ったような集落は、唯一の入り口に見張りと思わしきリザードマンが立っていた。そのリザードマンは俺を見るなり、首を横に振りながら甲高い鳴き声を上げた。
「なんだ?」
徐々に集落から武器を持ったリザードマンが現れて、たちまち集落の前にリザードマンの壁が出来てしまった。俺に向けられたのは歓迎ではなく、石槍だった。
ギャアギャアと甲高い鳴き声を発しながら、集まってきたリザードマン達は俺を集落に近づけまいと構えている。
「そんな……リザードマンスーツはやっぱりだめだったのか?」
いや、そんなはずはない。この集落にいた一体のリザードマン、リュウコは俺を助けてくれたし食べ物をくれた。俺はリザードマンと寝食を共にしたのだ。それなのにこの扱いはまるで違いすぎる。
そこで俺の中に、一つの仮説が生まれた。
「リュウコは俺が人間だと知ってて助けてくれたのか……?」
むしろ何故いままで気が付かなかったのか。俺にだけわざわざ焼いた魚を出してくれたのも、他のリザードマンに会わせないようにしていたのも、俺が人間だと知っていたからなのか。
「シズオ! ここは危険だ! 早く集落から離れろ!」
騒ぎが聞こえたのか、いつのまにかナシャルが俺の元に駆けつけていた。強引に俺の手を引いて、集落から離れるように促した。
「あ、ああ……」
「しっかりしろ! 行くぞ」
攻撃的な鳴き声の中、たった一つだけ悲しげな声が聞こえた気がした。
***
「シズオ、そう気を落とすな」
「ああ。わかってるよ」
ミオラの街への帰り道。
俺たちは夕日でオレンジ色に染まった道を並んで歩いた。
「シズオ、揺らさないで。眠れない」
「背負ってやってるだけありがたいと思いなさい」
ユトはゴーレムを作りすぎた影響で魔力切れを起こしていた。
魔力切れとは体内の魔力が極端に減った時に現れる症状で、様々な体調不良が引き起こされる。ユトには鼻血、筋肉痛、眠気、疲労が現れているようだった。
食事や睡眠、そのほかにも安静にしていることでゆっくりと回復していくらしい。
「シズオくーん、私もおんぶしてー」
けだるげな声を上げるネトリアだったが、ユトよりは軽症だ。
「ネトリアー、俺の体を揺らすなー。俺も水面に叩きつけられたりして結構怪我してるんだぞ」
「では帰ったら医者に行くぞ、怪物も当分お預けだな」
戯れる俺たちを見て、ナシャルは笑いながらそう言った。
「言われなくても大人しくしてるよ。金も無いし、装備もほとんど落としちゃったし。治ったらまた行くけど」
「こんなことになったのに懲りない奴だな」
「だってそのために異世界に来たようなものだし」
「そうか。では行くときはちゃんと相談するんだぞ」
相談とは? 俺が怪訝な顔をしていると、さも当然といった顔でナシャルが答えた。
「もちろん私にだ。シズオはロクな装備も無いのにふらふらとどこかに行ってしまうからな」
「あ、それなら私にもねー」
「魔道具を揃えるなら私の店で」
「なんで皆に話さなくちゃいけないんだ。それに怪物観察なんて付き合ったって面白く無いだろ?」
「私は手伝うと約束したからな。どこまでもついて行くぞ」
「面白いし、大学の論文に使えそうだからねー」
「魔道具の試し打ちに良さそう」
それぞれに思惑があるということらしい。
騎士に魔法使いが二人。パーティーのバランスを考えれば申し分ない。俺だけが何の役にも立たない気もするが。
「わかった。そのときはよろしく頼む」
俺の言葉に皆は頷き返す。これは長い付き合いになる……のか?
勇者X 弘中ひらた @hira_020
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