遠藤初陽視点①

 バレンタインだ。

 本日は2月14日。野郎共が意味もなく鏡の前でちょいちょいと前髪を直したりと無駄な抵抗を試みる日である。


 我が校は男子校だが、まぁあまり大きな声では言えないが、ブツチョコレートの譲渡は水面下で行われていたりする。安心してくれ、ここには、家庭の事情で男の振りをして男子校に通っているボーイッシュな女子なんてものは存在しない。だからつまり、野郎から野郎へのやつだ。大丈夫、そこに愛はあるやつだ。


 そんなこんなで、男子校といえども、ほんのりラブの気配漂う本日、俺は「今日こそは」の気持ちで学び舎の門をくぐった。


 目下、この俺を悩ませているやつらがいるのである。


 それが、一見派手チャラ男のように見えて実は案外ヘタレ野郎なんじゃないか疑惑が持ち上がりつつある南城矢萩と、それと対照的な黒髪眼鏡の真面目君のように見えてその実意外とおとこな神田夜宵である。犬で例えると、南城は愛嬌があって可愛いがとにかくキャンキャンうるさいポメラニアン、神田は優雅な外見で温厚なボルゾイといったところだろうか。まぁ、わざわざ犬に例える必要はなかったんだけど。


 こいつらがお互いに好き合っているということは、入学初日にわかった。俺くらいになると、もうわかってしまうのだ。何せ好き好きオーラがだだ漏れているのである。てっきり入学時の一目惚れか何かかと思いきや、同じ中学だったやつに話を聞いてみると、どうやら中学の時からこうらしい。よくもまぁここまで持ってこれたなお前ら。残念なことに同じ小学校のやつがいなかったので、果たして小学校の時はどうだったのやら、と思いながらいざ交流し、二人の家庭環境を聞いて驚いた。なんと、お隣同士の幼馴染みらしい。


 こんなのもう幼稚園から始まってんだろ、常識的に考えて!

 なぁおい、お前らの初恋どうなってんの?! もうそこから掘り下げたいよ俺は!


 とまぁ、ここで興奮しても仕方がない。何せ今日はバレンタイン。仮に少なく見積もって中学生から拗らせていると考えると、今回もなんやかんやで拗れて、どうせ持ってきているだろうチョコレートを渡せずに終わるに決まっている。もう俺くらいになるとわかる。絶対にこいつらは相手のためのチョコを持ってきている。断言しても良い。


 と思ったら、まさかの展開である。


 二人仲良く女子からチョコをもらっているのである。何やってんだお前達! 女子挟んでんじゃねぇよ! 話をややこしくするな! は? もらわないと死にます?! そんな地雷女はやめとけ! ええい、没収だ没収! 熨斗つけて返して来てやる! 俺の人脈を舐めるな!



 さて、チョコを回収したまでは良かったが、二人共、一向に渡す気配がない。移動教室の時など、わざと二人を教室にギリギリまで残したりしてチャンスを作ったのだが、互いに鞄に手を突っ込む素振りはあるものの、取り出すのは大抵、ガムやらミント菓子なのである。何? そんなに口臭を気にするってことは、チョコよりも告白よりも先にキスする気かお前達?! それが出来るんならいまのいままで拗れてねぇだろ!

 

 いっそその辺の私物も全没収したいくらいの気持ちだったが、我慢だ。彼らにも彼らなりのペースというものがあるはずだ。まぁ、それにゆだねた結果がいまの彼らなんだろうけども。


 まぁ、どうせ放課後、二人仲良く帰るんだろうしな。


 いや、待てよ。

 登校時に待ち伏せされてるこいつらである。帰宅部であることも調べられ、帰りも張られている可能性は高い。どうにかして下校時間をずらさなくては。


 こうなったら、ここらで一発、もう一イベント起こすしかない。


「そうと決まれば!」


 俺は早速隣のクラスに駆け込んで、神田と同じ図書委員の紺野那由多を呼び出した。何だよぉ、と渋々やって来た小動物系の紺野に、そっと耳打ちするのはありもしないこの学校のジンクスである。


「実はウチの学校、放課後に中庭のクスノキの前で好きな人に贈り物をすると絶対上手くいくってジンクスがあるらしくて」

「うっそ! それほんと!?」

「ほんとほんと。俺もさっき先輩から聞いたんだけどさ。これはもう紺野にだけは教えてやらんとって思って。ほら、今日、ちょうどバレンタインだしさ」

「わ、わぁぁぁ……! そうと決まれば、こうしちゃいられない! ありがと遠藤! 俺、頑張るよ!」


 ぎゅっと強く両手を掴まれて、ぶんぶん、と上下に振られる。まぁ、先述の通り、そんなジンクスは存在しないんだけど、こいつの方もあと一押しって感じだったからな。まぁ、イケるだろう。


 今日は紺野が委員の当番であることはチェック済みだ。そうなると委員会で一番仲の良い神田に交代をお願いするだろう。あとは、バレー部の二年にそれとなく話をして、園田経由で南城を助っ人に呼べば良い。



 もちろん俺の計画通りに事は運び、なんやかんやで時刻は十七時半だ。バレー部は本来、もっと遅い時間までやるが、助っ人をそこまで残らせることはないし、書架整理についても鍵閉めのある貸出当番よりは早く終わる。その時間まで合うかどうかは正直賭けではあったが、こうなれば相手が終わるまで待つだろうことも用意に想像出来た。


 が、ここでももちろんミラクルは起きた。


 ばっちりタイミングが合ったのである。

 自販機の前で何やら向かい合っているのを見つけ、慌てて角に隠れる。

 やはり、なんやかんやで神に愛されている二人なのだ。


 ほら、出せ!

 お前らがそれぞれブツを持ってきてるのはもう知ってるんだから!


 が。


「これ、いま買ったばっかでまだ温かいから。気になってたろ、これ?」


 それじゃない!


 確かにそれもカテゴリ的にはチョコなんだけどさ! 確かに商品名も『豆乳ホットチョコレート』だけどさ! だけどさ! でもどうだ!? 神田めっちゃ嬉しそうにしてんじゃん! あっ、やっぱりこれもチョコとしてカウントした!? これはこれでバレンタインだな、とか思ってるな?!


 そんで神田もさ!


「それじゃあさ、僕が萩ちゃんの分を買うよ」


 って展開に持ち込むなら「やっぱりコーンスープ? 萩ちゃん、いつもそうだよね」じゃねぇんだよ! 「押して良い?」じゃない! 押すな押すな! と思ったら――、


「ホットココアで」


 南城ぅぅぅぅぅ!

 お前! お前も欲しかったんだな! 神田からチョコ味のするものをよぉ! でもさ、お前ら、もっと良いもの持ってんじゃん? チョコとかじゃなくて、チョコそのものを持ってんじゃん? そっち渡そうぜおうおうおう!


 だけれども、もしかしたらいまの二人にはこれが精一杯なのかもしれないな。同じ中学の持内もてうちの話では、こいつら、この手の『チョコ味』のものすらも渡せずに来ていたらしいから、そう考えれば一歩前進ではある。うん。


 まぁ、これで良しとすべきなのかもしれないな。


 そう思い、帰ろうとした時だ。


「萩ちゃんあのね」


 さっきまでとはトーンの違う神田の声だ。


 これは、もしや?!


 ごく、と唾を飲む。

 入学以来、最推しのカップルとなっているこの二人が、名実ともに恋人となる瞬間を目撃出来るのだろうか!?


 落ち着け、落ち着けと、反射で取り出しかけたクラッカーを再び鞄の奥底にしまう。やめろやめろ、こんなん鳴らして良いやつらじゃない。違う、横断幕もしまえ、俺。


 正直、神田から仕掛けたのは意外でしかないが、まぁ、ポメラニアンには任せておけないよな、と思い直し、固唾をのんで見守っていると――、


「あっ、いたいたやよち――――んっ!」


 どだだだだだ、と全力で回し車をカラカラするハムスターの如き走りっぷりで、玄関からやって来たのは紺野である。おい、登校時間間違えてんぞお前。


「な、なゆ君!? 一世一代の用事は?」

「上手くいったの! もうね、やよちんのお陰だと思って、お礼言おうと思ってね! あー良かった、図書室行かずに済んだぁ!」


 律儀!

 律儀だけど、お前それは明日で良かったよな?!


「というわけで、これ、そこのコンビニで買ったやつでごめんだけど、南城と一緒に食べな!」


 そう言って、無理やりコンビニ袋を押し付けると、「じゃ! 待たせてるから、俺行くね!」と、一体待たせているのかは告げず、再びハムスター走りで去っていった。


「何だったんだ……」


 何が何やらと唖然とする南城である。わかる。俺もいま同じ気持ち。俺の作戦が巡り巡って妨害して来るとは。


「なんか……もらっちゃったね。うわ、何かお煎餅いっぱい入ってる」

「ほんとだ。よくわかんねぇけど、せっかくだし食いながら帰るか?」

「そうだね。萩ちゃんどれが良い? のり? ごま?」

「そうだな。……えっと、じゃ、ごまで」

「じゃあ僕もそれにしようかな」


 そう言って、仲良く煎餅を齧る。よく見たらあれ、ハートの形のやつじゃん。紺野ナイスアシスト! なのに二人共、何でそれスルー出来んの?!


 気付かれないよう、電柱やら自販機やらの陰に隠れつつ、二人を尾行する。なぁお前ら、本当に煎餅食って終わりなのか? バレンタインだぞ? 確かにチョコ味のするドリンクは飲んでるけど!


 けれど、そんなチョコ味のドリンクもあっという間に飲み終わる。何せ百円の飲料、容量が少ない。


「あーもー、口の中、しょっぱ!」

「だね。なんか甘いも――、あっ!」

「どした? ――あっ!」


 あっ!?

 これは?!

 気付いた!

 気付いたな?! これは!


「あ、あの、萩ちゃんええと、その」

「夜宵、えっと、あのさ」


「「もし良かったらこれ! ?」」


 !?

 

 バッ、と居合のごとき速さで、それぞれの鞄から例のブツを取り出す。


 そう来たか。

 一緒に食べよう、と来たか。

 お互いに日和ったな。


「あっ、あの、えっと、これ、昨日僕が作ったやつなんだけど、あっ、でもでも、ちゃんと手も洗ったし、衛生面はほんと問題ないっていうか! その、はっ、萩ちゃん甘いの好きだから、その、なんていうか、僕なりに数種類のチョコをブレンドしてみたりして、その、ほら、こういうのって、市販ではちょっと見つからなかったっていうか、えっと」

「お、俺もこれ、その、て、テレビで四越よつこしデパートの特設会場の特集やってて、その、何だ、夜宵、抹茶系のチョコ好きじゃん? こういうの、その、好き、かなぁって思って。ほら! こういうのって、こういうイベントでもないと売ってないしな?!」


 お前ら!

 

 何?!

 神田は神田で作ったわけ?!

 南城の好みに合わせてチョコのブレンドとか、ショコラティエかよ!

 そんで南城お前、よくあの空間に入っていけたな!? ギラついた女子しかいなかっただろ!? 勇者かよ!


 とにもかくにも、相手に渡す、まではいかなかったものの、一緒に食べることについては成功した。


 ただなお前達、必死過ぎて気が付いてないかもしれないけど、それぞれ『お前のために用意した』ってズバリ言ってんだよな。何で気付かないの? 難聴系&鈍感系主人公なの?


 まぁ、仲良く並んで、それぞれのチョコを美味い美味いと食べている二人を見られたことについては本当に良かったと思う。ただまぁ、文句があるとすれば、だ。てっきりここから告白の流れかと思ったら、びっくりするほど何も起こらなかった、という点だろうか。


 じゃ、また明日学校で! じゃねぇんだわ。どっちかの家に連れ込んで次のステップに進めよ! 爽やかに終わってんじゃねぇぞ!


 とはいえ、この調子なら年度内には決着がつくだろう。


 その時の俺は、まさかなんやかんやで来年度まで持ち越すとは思いもよらなかったのである。

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宇部作品の『書きたいところだけ』集 宇部 松清 @NiKaNa_DaDa

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