第638話 発現と発見

「じゃあ、行ってきます」


 死地へ俺を送り出す事に、後ろめたさがあるのか、皆の顔は暗いが、俺はそれに苦笑を返しながら、天賦の塔の門を潜った。


 中はやはり一方通行の通路で、魔物が襲って来る気配は感じない。


「んん?」


 が、それも侵入した一瞬の事で、俺はすぐに自分の異変を感じ取る。


(ミカリー卿に掛けて貰った、『毒耐性』と『催眠耐性』が解けている。予想の一つとして出ていたけど、外で魔法やスキルを掛けて貰って塔内に入っても、解除される仕組みらしいな)


 冷静に自分の状態を確認し、今度は何が起こるか分からないので、アニンを曲剣状態で出そうとして、出せない事に気付く。


(アニン?)


(うむ。どうやらこの塔内では、魔法やスキルの類は霧散してしまうらしい。我の一部をハルアキの外に出したそばから、それが掻き消えてゆく感覚がある。もしも我一人でこの中に突入していたら、身体ごと霧散し、死んでいただろう)


 こちらも冷静に事態を把握しているが、アニンからしたら、天敵のような塔だな。アンゲルスタのカロエルの塔を、化神族のアニンを使って攻略した事への当てつけか?


「はあ……」


 嘆息で息を吐き切り、ふと上を見上げながら、普段と感覚が違う事に気付いた。いや、前回からおかしかったのだ。ドアを開けた先に危険が待ち受けているなら、俺の『瞬間予知』が働いていてもおかしくない。なのに何も感じなかった。そしてそれは今もそうだ。


「こりゃあ、完全に体外とコンタクトするタイプのスキルや魔法は、使い物にならないと思っておいた方が良いな」


 これはまだ対策が足りなかったか?


(だがこれで、毒も催眠も、スキルや魔法によるものである可能性は低くなったな)


 アニンが気落ちした俺を盛り上げる為か、そこら辺の情報共有をしてくれる。確かに、周囲に毒ガスや催眠ガスが蔓延していたとして、それが魔法由来なら、掻き消えているだろう。まあ、塔側だけは有効の可能性もあるが。


(それに我はハルアキの外に出られないだけで、ハルアキの身体強化は出来るのだ。それはこちらのアドバンテージだろう?)


「ああ。是非ともジャスティンには身体強化系のスキルを覚えていないで欲しいところだね」


 アニンの言葉に対して、思わず皮肉が出てしまう。俺は今、結構テンパっているのかも知れない。


「すまん」


(なに。長い付き合いだ。お互い様だろう)


 アニンの優しさに気を持ち直し、俺たちは一方通行の通路を進んだ。



「ここも前回と同じか」


 行き着いた先は円形の大広間で、その壁に沿って階段が上へ続いている。時計とスマホで時間を確認するが、時間は塔内に入った時刻で止まっていた。


「全く前回と同じか。違うのはこちらの装備だな」


 俺は現在、カヌスのエキストラフィールドのガチャで手に入れた、摂氏マイナス二百七十度まで耐えられると言う、超耐寒服(フード付きつなぎ)を着ている。これを入手した時は、宇宙にでも行くのか? と思ったものだが、こうして使える場がやって来るのだから、世の中どう転ぶか分からない。


 まあ、超耐寒服は前回も着ていたので、そこは変わらない。変わったのは口元を覆うゴツいガスマスクと、腰にぶら下げられた剣鉈だ。ガスマスクは魔法科学研究所で作られたものなので、性能に関して疑っていない。心細いのは剣鉈の方だ。バヨネッタさんたちと旅を始めたばかりの頃に、ナイフの研ぎ直しを依頼した鍛冶屋で購入した普通の剣鉈なので、強い武器とは言い難い。ここまで使いどころがなかったと言う事実が、この武器の性能の程度を表しているだろう。


「まさか、これを使う時が来るとは思わなかったな」


(我が何かしらの影響で、使えなくなった時用の、サブの武器だったな)


「うん。こんな事態になるなら、普通の自動拳銃も手に入れておけば良かった。俺のガバメント、魔弾用なんだよなあ」


(今更嘆いたところで、ここでは『空間庫』も使えぬのだ。早速死に戻るか?)


「いやいや、先に進むよ。俺が死んだ理由も知りたいから」


 と俺は前回も上った階段を上り始めた。



 階段上りは順調……、とは言えない。前回と全く同じ轍を踏んでいる実感があるので、手応えがないのだ。


 一応、最初の方では壁や階段に細工がないか調べながら上っていたのだが、現在スキルも魔法も封じられている俺に、RPGのシーフやスカウトのような罠発見技術がある訳もなく、一段一段そんな事をしていては、腰も疲れてくるので途中でやめた。そもそも、これで何か前回と違いが出るかな? と思って始めた行為だったが、上り始めてすぐ上空に靄がかかり始めたので、無意味だったと結論付けた。


「はあ。アニン」


(何だ?)


「次来る時は、時計になれる訓練をしてから来よう」


 自分がどれくらいの時間、階段を上り続けているのか分からず、それがストレスとなって俺の口から、そんな発言がまろび出る。それに対して、溜息をしたような感覚が返ってくる。


(この塔内では、我はハルアキの体外で形を保てないのだぞ?)


「そうだね。でも体外じゃなきゃ何とかなるんじゃない? 例えば、胃の中とか?」


(無理のようだな。今、ハルアキの胃の中へ魔力を流したが、どうやらハルアキは不格好なくだとして認識されているらしく、口、喉、胃、腸、どれも無理だ。心臓にペースメーカーのようにくっつけるか?)


「それもアリだと思えてくるよ」


 それ程に退屈と言うものは人間の感覚を狂わせる。


 前回同様、くたくたになったところで、突然壁にドアが現れた。今度はいきなりドアノブを引くような事はせず、まず調べる。素人なので何も分からない事が分かった。一応スマホで写真も撮ってみるが、これが役立つ事はないだろう。


「じゃあ、ドアを開けるよ?」


(うむ)


 俺じゃあ気付けない事に、アニンが気付くかも知れない。なので俺の補完を頼みつつ、俺がドアノブを引く。



 ピピピッ、ピピピッ、ピピピッ……。


『『記録』された地点に戻りました。51/53』


 目を覚まして上体を起こすと、


「どうでしたか?」


 と下からダイザーロくんが尋ねてきた。


「死に戻ったよ」


「え!?」


 俺の発言に驚き、ダイザーロくんは手に持ったコーヒーをこぼしそうになる。


「それじゃあ、作戦失敗したんですか?」


「一回目はね。でも、何で俺が死んだのかは、予想が付いたよ」


俺の発言に、ダイザーロくんだけでなく、アニンも体内で驚いていた。

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世界⇔異世界 THERE AND BACK!! 西順 @nisijun624

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