幸せの定義
付き合う相手によって、人は変わってしまうのだな…。
「やっぱり結婚するならイケメンじゃないとね。産まれてくる子どもが可哀想じゃん?あとお金ね。あたしもう外車以外には乗りたくいんだよねー」
身振り手振りを大袈裟にして話す女を前に、男はそう切なく思っていた。
小洒落たカフェテリアでお茶をするこの2人は以前は恋人関係であった。
何がきっかけで、どちらから別れを切り出したのか忘れる程に破局してから時間は経っていた。
この数年ぶりの再会を提案してきたのは女の方からであった。
男は多少の下心を抱きながら会うことに了承したが、既にそんな気分は毛頭に失っていた。
現在女は、実業家の金持ちと婚約しており、玉の輿に乗ることができそうという自慢でしかない報告を延々と続けている。
男はその報告の芯の部分である、"あなたと別れて正解だったわ"を既に見抜くと辟易してしまい、今すぐにでも帰りたい気持ちでいっぱいであった。
「ねぇあなたはまだあの会社で働いてるの?」
「ああ」
「長いわね。そろそろ課長クラス?」
「いや、まだ主任」
あらあら、と憐れみの視線を男に送る。
「でも長く続けてることは偉いわね」
2人は社内恋愛をしていたが、別れて間もなくして女の方から退職した。
事実は知らないが、その時には既に今の婚約者に乗り換えていたのではないかと男は推測していた。
しかし、今となってはもうどうでもいい話だ。
「お前は働かず主婦したいって言ってたもんな」
先程から上から目線の女に対する苛つきをグッと堪え、男は大人な対応を続けている。
「そうね、でも彼のお家凄く広くてお掃除が大変なの。家政婦でも雇ってほしいなぁ〜」
昔は安い国産車に乗って、380円の牛丼を食べに行って満足していたのに。
一泊1万円もしない安旅館に泊まり、田舎町を散策して自然を満喫していたのに。
可愛かった頃の彼女を思い出し、男は懐古の念に駆られていた。
しかし、今思えばあの時から彼女は無理をしていたのかも知れない。
今目の前にいる、お世辞にも美人とは言えない厚化粧でブスを誤魔化す、なのにやれ容姿が大事だの、結婚は金が全てだと口にしている女が、彼女の本性だったのだ。
そう考えると、男は別れて正解だったと思わざるを得ない。
「あなたもまだ結婚はしてないの?」
女は男の左薬指を眺めて言った。
「してないし、彼女もいない」
「あらそう。幸せになれるといいわね」
「いや、十分幸せだけどな」
「結婚もしてないのに?」
「結婚だけが幸せじゃないだろ。勝手にお前が思うくだらない幸せの定義を俺に押し付けんな」
男は1000円札をテーブルに叩きつけ、席を立った。
「ちょっと、どこにいくの?」
「外車以外には乗りたくないんだろ?知らなくて悪かったな」
男は店から出て行くと、彼女と付き合っていた頃から変わらない国産車に乗り込みエンジンを掛けた。
負け犬の遠吠えと今頃彼女はほくそ笑んでいるだろうが、あの女と付き合い続けていたら少なくとも今よりも不幸せになっていただろうと男は今日1日を通して思った。
「…ていうか幸せって何だろうな」
そう独り言を呟き、車を走らせた。
ありふれたLove Stories @nora-noco
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