世界で一番好き

浅桧 多加良

世界で一番好き


 僕はまだ幼い頃の事を良く覚えている。家は貧乏ながらもみんなが楽しく過ごして居た。確かに不自由は有ったけど、そんなのは気にならなかった。


 今日もお母さんの朝ごはんから始まって学校に通って、友達と遊んだ。毎日が充実している。


遊びから帰ると優しいお母さんが待っていて、僕の事を迎えてくれた。とても優しくていつも僕の事を想ってくれている。お母さんのごはんは美味しくて仕方がない。だからまだ幼い僕はお母さんへ飛び付いて、


「世界で一番好き」


 そう言っていた。


 そして僕にはお姉ちゃんが居て、普段は喧嘩もするし、意地悪な事ばっかりをしてくるお姉ちゃんだから、仲良しとは言い切れない。けれど、そんなお姉ちゃんでも時々とっても優しい時が有る。僕が怖がっていると自分も怖いだろうにしっかりと手を握ってくれる。それにお腹が減った時はふと自分のおやつを分けてくれたときだってある。学校で顔を合わせるとニコッと笑ってくれたりなんかもする。そんなときは、


「世界で一番好き」


 そんな風にお姉ちゃんに伝えた。


 次にお父さん、ずっと仕事を忙しそうにして僕が起きている間には帰ってこない時も随分有った。でも休みの日にはあちこちに遊びに連れてってくれたり、僕に困った事が有ったらお父さんが解決してくれた。なんても頼りになるお父さんで楽しい人でも有ったから僕は、


「世界で一番好き」


 いつもそんな風に言っていた。


 ある時僕には弟が生まれた。


 それは不思議な存在でしかなくて、可愛いけれど、僕へのみんなの愛情は減ったような気分も有った。それなのに僕はちっとも寂しくない。どうしてなのかと考えると、弟が居たからだ。弟の事を見ているだけで、僕は嬉しくなってしまう、


「世界で一番好き」


 そんな弟だから。


 年を取り僕は青年になっていた。そんな時には祖父母が歳をとって一緒に暮らすようになった。


おばあちゃんはとても優しくて子供の頃から随分と甘やかしてくれた。そして僕の事を誰よりも周りに自慢をしている。そりゃあ家族の事はみんな自慢をしているおばあちゃんだったけれど、それでも僕には一目置いてくれていた。そんなおばあちゃんは、


「世界で一番好き」


 な存在だった。


 おじいちゃんの方は一言でいえば頑固で、もうそれは男の子は強くあるべきなんて考えだから、僕には厳しくしていたのに、随分と年老いてボケ始めると僕に対して優しく接する様になった。それは僕を誰かと間違えているのではないかと思ったけれど、それは違ってちゃんと名前はそれぞれの事を呼んで良く覚えていた。なので、これが本当のおじいちゃんの心なのだろうと思って、


「世界で一番好き」


 と伝えた。


 それからも数年が過ぎると僕は最高の恋をしていた。相手はとても可愛い人でもうそれは離したくなくなる程に好きになっていた。いつまでだって眺めて居られるし、彼女の願う事は全て叶えてあげたくも思っていた。それに。彼女が僕の事を好きって言うと本当にこの人の為なら死んでも良いとさえ思って僕は、


「世界で一番好き」


 と伝えて結婚した。


 そんな二人の間に生まれた子は途轍もなく可愛らしい女の子で、どんなしぐさをしても、周りの子の三倍は愛しかった。彼女は直ぐに僕の宝物になってそんな子からパパなんて呼ばれた日にはもう飛び上がって喜んだ。誰よりも愛しているわが子だのだから、


「世界で一番好き」


 は合言葉の様に彼女に伝えた。


 しかし、そんな娘でも歳を重ねると段々と変わってふとしているうちに結婚するなんて言い始めた。僕をそれを許したくなかった。こんなに愛している子供なのに自分以外に守れる者なんて本当に居ないと思っていたから。しかしそれは間違いだった。彼女はそれはもう僕が文句を言えない良い男を連れてきたから、どうしようも無かった。彼とは随分と仲も良くなって思う存分、


「世界で一番好き」


 と言っても良い義理の息子になった。


 もちろん次は孫になる。娘たちににはなかなか子供が生まれなかったけれど、歳をとってからの孫娘は他と比較は出来ないくらいに僕に喜びを与えた。もう、これだから、他の爺さんの甘さが僕にも良く解った。どんなにしても孫は可愛いから間違いなく、


「世界で一番好き」


 な存在になった。


 思えば僕の人生は世界で一番好きな人間ばっかりになってしまった。それでもその誰もが更新された訳では無い。本当にみんなが世界で一番好きなんだ。間違いなく二番になったりはしない。孫も妻も母も全ての人間が僕にとっては一番好きな者なんだ。大抵の人は僕の、


「世界で一番好き」


 の言葉を聞くとボケた爺さんがまた言ってるなんて思うだろうが、それは間違いなんだ。僕は本当に みんなの事が世界で一番好きなんだ。


 だから今は幸せだ。もう僕の命は尽きようとしているけれど、周りには僕の世界で一番好きな人たちが集まっている。両親や祖父母は当然もう亡くなってしまったが、僕の横にはちゃんと妻が居て、娘と孫に年上の姉と弟だって居る。こんな幸せな事は他にはない。


 僕はもう自分で呼吸することも難しくなったけれど、最期にこの言葉を残そうと思っていた。


「みんなの事が本当に世界で一番好きだよ」


 それをちゃんと言えて僕はもう悔いなんて無くなった。から終わりにしよう。みんなが泣かない事を願っている。


おわり

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世界で一番好き 浅桧 多加良 @takara91

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