事後処理とイタリアン

 再度帰還した我が城の扉を開けると、適当に白衣を投げ捨てて、ソファーにぐったりと腰を下す。


「疲れた……」


「お疲れ様です……が、白衣をハンガーに掛けるくらいしたらどうですか?」


「ああ、ありがとな」


 文句を言いつつもしっかりと白衣をハンガーにかけてくれるこの娘は天使ではなかろうか。またはオカンという説も無きにしも非ず。


 俺は素直に感謝の気持ちを抱きつつ、天使兼オカンの少女に尋ねる。


「夕飯何食べたい?」


「いいんですか?」


「ああ。検案書とかもろもろ書き終わったらだけどな」


「ありがとうございます! ちょうど行ってみたいイタリアンのお店があったんですよ」


 そういうのは彼氏とでも行けよ……と言いたいのを堪えつつ、嬉しそうに話す城田を眺める。


 が、その言葉が途中で止まった。


「どうした?」


「その……先ほど後で説明するっておっしゃっていた」


「ああ、腸管の火傷の件ね」


「はい。自分で考えたのですが、どうにも分からなくて……」


 長くなりそう……とは思ったが、今思うとそうでもない気もする。


 俺はまず、前提から尋ねた。


「今回の事件は魔法使いによる犯行、この前提は良いか?」


「はい。筋肉が焼ける程強い火力ではないこと、火災以外で全身に熱を与えられたこと、現場の火が局所的だったことなどから、赤魔法ルフス系統の火の魔法が使われたと考えられます」


「その通りだ。火の魔法だとファイアーボールみたいに火を打ち出して相手に与える魔法が多いだろ?」


「はい。可燃性が高くなるよう改変したのかと思いましたが……」


「それだと筋肉が焼けていないのに体内まで火が通っていることが説明できない」


「そうです。だから分からないんです……」


 魔法の改変、という着眼点はいい。


 毒と同じように、魔法も日進月歩で作られている。


 だから、俺達魔・法医学者はあらゆる魔法を柔軟に発想しなければならない。


 そのために必要なのは、基礎を完璧にすること。


 毒で例えるなら、フグ毒において、神経の基礎的な構造を理解していれば神経毒となって人を殺したということが理解できる。それと同じだ。


 俺は午前の続き、と言わんばかりに説明を始めた。


「魔法の起動手順は分かるか?」


「えっと……」


 顎に人差し指を当て、空を見ながら、城田が答える。


「法臓で座標を指定して、貯蓄してあるエネルギーを魔素エネルギーに変換、魔法を形成、実行する、ですか?」


「うーん。惜しいけど、肝心な部分が違うから大幅減点だな」


「ええ、そんなぁ。先生とのデートがぁ……」


「お前、夕飯食べに行くことデートって認識してるんじゃないよな? 違うよな? 後、別に変な回答しても夕飯は連れて行ってやるから安心しろ。何度も言うがバイト料の代わりだ」


「ならよかったです!」


 何か誤魔化すように断言する、若干頬を染めた少女を眺めながらも、余計なことは考えまいと説明に戻る。


「魔法を実行する際は、座標を指定する、または対象を指定する、だ」


「……そう言えばそうでした。でも……つまり?」


「犯人は被害者という個体を対象として魔法を放ったということだ。対象が人の場合、体表面すべてに熱を加えることになる」


 未だに分からないという顔をしている城田を見ながら、まだ授業でやっていないのかと気づいた。助手として仕込んできたせいで医学の基礎が抜け落ちていたらしい。



「消化管は人体の外部になるんだよ」



「あっ!」


「ついでに言うなら肺が歪な形状をしていたのも、熱による部分的な肺構造の変化による気腫と熱傷による水分の貯留が原因だろ。もっとも気腫に関してはヘビースモーカーならCOPDとかの基礎疾患があった可能性も否定できないが……」


 俺は淡々と補足説明を続けながら考える。


 それにしても、本当にもう少し一般の学生として基礎医学を学ばせるべきかもしれないな。まだ一年生だから仕方ないとはいえ……。内界外界の話しは微生物学の教科書に書いてあったような。


 記憶の引き出しを探っているとふと気づいたように生徒から質問きた。


「先生、質問です」


「どうした?」


「魔法の行使において、座標ではなく対象を指定場合、距離に比例して難易度は上がります。更に全身に熱傷を負わせるような熱を加えるのは相当な魔法の実力が必要だと思います!」


 先ほどの反撃、と言わんばかりに堂々とした質問だ。だが、これには簡単な抜け道……というよりも、実は本人の発言の中に答えがあったりする。


「お前も言った通り、対象を指定する魔法は距離が遠ければ遠いほど難易度は上がる。だが、逆に言えば、近ければ近いほど簡単になる。黄魔法の初期の練習で粘土の形を変えるのは記憶にあるんじゃないか?」


「ああ、なるほど。つまり犯人は」



「「被害者に触れるほど身近な人だった」」


 綺麗に重なった声に可憐な笑みを浮かべる城田。


 これはちょっと線引きを気をつけないとな。


 そう反省しつつも何となく顔を見るのが恥ずかしいので、自分の職務室、教授室に入る。


「ああ、店の地図を印刷しといてくれ。バイト代だから若干高くても構わん」


「はい! 楽しみにしてます」


 声だけで分かる満面の笑みを決して目に入れない様に心掛けながら手早く書類作成を始めた。


 疲れているはずなのに、妙に仕事が捗るが、褒美があるとモチベーションが上がるのは教師も生徒も変わらないらしい。




 翌日、被害者と年の差のある恋人だった女性が殺人の容疑で逮捕された。


 俺の職務に犯人の逮捕は含まれていないから、知ったことではないがな。


 そろそろ時間か、と思い立ち上がる。皺のついた白衣はいつの間にかアイロン掛けされており、清潔感のあるものになっていた。


 まあ、こちらも俺には関係のない話だ。


「……さて、今日も講義へ行きますか」

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魔/法医学者の現代魔術録 春野仙 @harunosen

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