第48話 エピローグ:讃美歌の中で
・・・あなたはむかし、私の持っていた、人に対してのかなしい、やるせない心を知って居られ、またじっと見つめて居られました。
クリスマスも目前に迫った12月某日。真子は店内の待合室でとある本を読んでいた。
それは『宮沢賢治全集 書簡』であった。
・・・保阪さん 私共は今若いので一寸すると、始め真実の心からやり出した事もいつの間にか大きな魔に巣を食われて居る事があります。何とかして純な、真の人々を憐れむ心から総ての事をして行きたいものです。そうする事ばかりが又私共自身を救うの道でしょう。
……真子は賢治の嘉内あての手紙を一通り読んだ。
そして、真子は本をパタンと閉じた。真子の頭の中で、心地良い余韻が残っていた。
賢治と嘉内の関係は、百年後の今もこうして残っているのだと思うと、真子は人生の壮大さと、不思議な運命の巡り合わせを感じた。
「真子!」
急に呼ばれたので、真子は振り返った。
そこには、清人の姿があった。
「待たせてごめん、やっと終わったよ」
「いいえ、気にしないで」真子は答えた。
「流歌ちゃんと真理亜ちゃんのクリスマスプレゼントって、そんなに人気のある物なの?」
「ああ、そうみたいだね。もっと早めに予約すれば良かったよ」
「クリスマス当日には間に合いそう?」
「まあ、何とか」
「それなら良かったわ」真子は微笑んだ。
店での用事を済ませると、二人は店を出て街中を歩き始めた。茅ヶ崎駅前の商店街はとても広く、大勢の客で賑わっていた。
「もうすぐ二学期も終わりね」
「そうだね。期末テストもやっと終わったし」
「本当ね」
「健次郎と善幸が、真子によろしく伝えといてくれって言ってたよ」
「何で?」
「真子に勉強会で教えてもらったおかげで、期末テストもかなり良かったみたい」
「あらそうなの」真子は笑顔になった。
「一花も言ってくれたのよ。私のおかげだって」
「そうなんだ」
そんな会話をしながら、二人は歩き続けた。冷たい北風が、商店街を吹き抜けていった。
「そういえばお母さんが、また清人に会いたいって」真子は口を開いた。
「え、本当?」
「お母さん、清人のこと凄く気に入ってるみたいよ」
「そうなんだ、それは嬉しいな」清人は照れ笑いを見せた。
「でも、うちの母さんも真子とまた話したいって言ってるんだよね」
「そうなの?」
「うん。まあ単純に宮沢賢治の話がしたいんだろうけど」
「ふふ、そうね」真子は微笑んだ。
清人は少し考えて、真子に
「今度また父さんのところに行くけどさ、父さんはちょっと癖が強いから気を付けてね」そう言った。
「平気よ、あなたと一緒だもの」真子はきっぱりと言い切った。
清人はまたも照れ笑いを見せた。そして、風がまた強くなってきたので
「真子」
そう言って、清人は真子に手を差し出した。
「ありがとう」
真子は清人の手を取った。
二人は手を繋ぎながら、商店街を歩いていった。クリスマス近く、商店街では讃美歌がいつまでも流れ続けていた。
参考文献
『宮沢賢治全集9 書簡』 筑摩書房
『新編 銀河鉄道の夜』 新潮社
『新編 宮沢賢治詩集』 中村 稔 編 角川書店
『新装版 宮沢賢治ハンドブック』 天沢退二郎 編 新書館
聖人彼氏と小悪魔彼女 白彦 @shirohiko
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