第4話

 呆気にとられて目を瞬かせる私の背後に、誰かの気配を感じた。

 振り返るとそこには、殺人鬼のような目をした高橋が立っていた。


「た、かはし?」


 こんな怖い顔の高橋を見るのは中学以来だ。

 見慣れたルイスのライダースジャケットとブラックジーンズにロッカーズブーツ。

 格好も顔もアウトロー。

 高橋は私の視線に気づくとすぐに、しかめた顔を緩ませる。


「ずっとLINEを既読無視しておいて急に呼び出すとか、どんだけ自分勝手なんだよ、お前は」


 私の頭に大きな手を置いて、髪の毛にクシャッと指を立てる。

 急に呼び出しはしたけど、まさかこんなに早くくるなんて思っていなかった。

 鼻の頭にゴーグルの跡があるって事は、バイクを飛ばしてきたに違いない。

 違う。そうじゃない。そんな事はどうだっていい。


「高橋、私に何か隠してるでしょ?」

「で、どこに行くんだ? 飯か? カラオケか?」

「高橋っ!」


 とぼける高橋に詰め寄る。

 立花さんの最後に言った言葉。あれは、私に向けられたものじゃない。私を見てもいなかった。

 バイトの時とはまるで様子が違った立花さん。一瞬、別人かと思った。

 チャラい恰好で、露出が激しい美女を侍らせて、ひどい態度と言葉遣いで。


「もしかして私……また騙されてた、の? ラブレターをもらった時のように?」


 高橋は無言で私の手を取り歩き出す。急ぎ足の人の流れをかき分けるように。


「ねぇ、ねぇってば! 高橋! 離してよ。離してっ!」


 裏通りに入った人気ひとけのない公園の立木の前で、私は高橋の手を力の限り振り払う。

 手首に軽く痛みが走る。


「こんなところに連れてきてどうするつもりよ。エロい目で見るだけじゃなくて、今度は私を襲うつもり?」

「ばっ、あんな奴らと一緒に……あっ」


 やっぱり私は騙されていたんだ。あの時も、今も。それも最悪な形で。

 高橋が裏から手を回して私を助けてくれていたに違いない。

 高橋がいなかったら、いったい私はどうなっていたんだろう?


 目の前が真っ暗になる。

 私は馬鹿だ。壊滅的に男を見る目がない。

 お洒落に疎くて、引っ込み思案で、友達らしい友達もいなかった中学生の頃から何も成長していない。

 自分が情けなくて、恥ずかしくて、涙が込み上げてくる。

 私は公園の立木の前でしゃがみ込んで体を小さく丸めた。


「ううっ、どうして私の周りは変な男ばかりなの?」

「あんな奴、犬に噛まれたとでも……や、噛みつく前に逆に躾けてやったけど」

「高橋だってそうじゃない! いつも私をエロい目で見て。なんで私なの? 私じゃなきゃいけないの? 簡単に騙されるような女だからすぐにヤレるとでも思った?」

「馬鹿にすんな!」


 ビクッと肩を弾ませて、私は勢いよく顔を上げた。高橋の大声に驚いて涙が止まる。

 高橋はギュッと拳を握って私を見おろしている。


「俺は紗季に救われた」

「は!?」

「中学の時、カリメロに疑われた俺をかばってくれただろ?」


 カリメロの物言いが気に入らなかっただけだ。そんな事で救ったなんて思われると、何だか悪い気がする。


「だって、高橋の事、不良品だなんて……」

「あれ、俺がやったんだけどな」

「…………はぁ!? サイッテー!!」


 カッと頭に血が上って、ギリリと握りしめた左拳を高橋のお腹目掛けて振り抜く。

 痛い。骨が折れるかと思った。


「ご、誤解すんなよ。金盗んでねぇぞ。それなのに、端から俺を犯人扱いしやがるから……」


 だから殻は見つからなかったのか。

 あの時かばった私はいったい。これじゃあ、私も共犯じゃない。


「そんな事、初めて聞いた! 酷い。高橋もずっと騙していたなんて」

「騙してた訳じゃねぇって。言ったらもう、相手してもらえないんじゃないかって。俺、嬉しかったんだよ。紗季以外、みんな俺の事なんて信じてくれなかったから」


 信じなきゃよかった。だって、本当に殻は盗んだんだから。


「親も教師も学校の連中だって、誰も俺の話なんか聞きやしねぇ。俺を気にする奴なんてひとりもいなかった。柄にもなく、紗季に恩返ししたいなんて思っちまった。あんなヤンキーだった俺を信じてくれたお前を守りたかったんだ」

「私に散々勉強を教わって、私を散々エロい目で見て、私を散々振り回して、どこが恩返しよ。もうやだー! みんな嫌い。男なんて嫌い。高橋なんて大っ嫌い!」


 高橋が私の頭をグイッと胸に抱き寄せる。

 私の涙が高橋のライダースを濡らす。頬が冷たい。

 私は自然に高橋のライダースを握り締めていた。高橋に縋るように。


「私ってそんなに魅力ないのかな?」

「気にすんなって。お前は可愛いから」


 あ……思い出した。

 高校のラブレター事件の後、高橋に言われたセリフだ。


 そうだ。そうだったんだ。

 落ち込んだ私の気を紛らわせるためなのか、それとも本気だったのか、高橋が見てくるようになったのはあの日からだったんだ。


「そ、そんな事言って、私をエロい目で見たかっただけでしょ?」


 返事はない。


 ライダースで塞がれた視界の中、遠くから楽しそうな子供の声が聞こえてくる。

 ゆっくりと通り過ぎる車のエンジン音。空気を裂いて飛び去る飛行機の音。

 風で擦れる枝とシャラシャラ鳴る葉の音。軋むライダース。


「何か、言ってよ」


 高橋の触れている所がジンジンと痺れる。

 私は我に返って高橋の胸をグイッと押し返して距離を取る。

 高橋が見ている。あの目で、私の全部を嘗め回すような熱っぽい眼差しで。


 体中が熱くなる。

 絶交だって言ったのに。高橋は私をエロい目で見るのをやめない。

 ずっと、ずっと、やめない。

 でも、私だけを見てくれるのなら、その視線も悪くは……


 瑞穂ちゃん、ごめん。やっぱり、駄目だ。


 心の中で呟いて、高橋の瞳の中の私は静かに目を閉じた。





  Fin

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男友達が隙あらば私をエロい目で見てくるんですけど えーきち @rockers_eikichi

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