第3話:信じる


‐13‐


 デート―勝手な解釈―前日、どうにも気分が上向きにならない。ジメジメして低気圧特有の頭痛が来ているせいもあるか。夢に見たことを明日実行するのにタイミングが悪い。実感は起きないしまた頭痛と言う感覚があってもやはり正気を失ったあとの幻覚なのか。

 信じたいならもういっそのこと彼女がいつ何時どうしているか、いつもどう考えているかを理解するために付きまとえっていうのは論外だ。

 特に彩音さんに対しては都合良く信じている。この人は俺を裏切らない。俺に親身になってくれる。都合のいい性格を想像しているんだ。その割りに俺自身は彼女に好かれないのかもしれないと考えている。

 もう、全部洗いざらい話しちまうか。曝け出しのメタファーのようにハンバーガーの包装を開けると田舎から帰ってきて日に焼けた数日限定のいなかっぺ大将というには不釣り合いなここのファストフードをおぼんに乗せてこの席にやってきた。


 「よくわからん、たかが遊びに行くだけなのになにをそんな緊張しているんだ?」


 そうか、これで終わりじゃないんだ。明日の後にもまだ何百日もあるのになんで全部終わるような気持ちで居るっておかしいだろ。これが始まりといえるのに。


 「こんな雰囲気だから言うけどさ、なんであれお前けっこう変わったよな」


 「あぁ、自分でもそう思えるよ」


 嘘だ。成長というのはおそらく人を信じることに関してだろうけど俺は未だにこいつと彩音さんに対して都合の良いまま信じていて都合のいい被害者意識を持てるように信じすぎずにいる。結局のところ、自分が求めているものをそのまま我が儘に欲しているだけだ。


 「まぁ、俺がなにも言わなかったら俺達浮いていたままだったよな」


 「『達』?違うよ、俺だけだろ」


 俺は居ようと居まいがみんなどうにでもなる。こいつが居なければたぶん生きていく中で何も変わらない人が居るからこそどこでもやっていけるという話だ。一緒に居る時間が多いからこそ他の人がこいつと一緒に居るとどうなるかが粗方察することが出来る。


 「なあ、谷口」


 思いのたけを吐き出した。今まで付き添ってくれたことへの感謝、きっかけを作ってくれたことへの感謝、俺を見捨てなかったことへの感謝。


 「神様仏様なんたら様って?その通りだな」


 「調子に乗ってもいいさいくらでも」


 微笑みを返した。冗談めいた口調も含めて。


 「正直、俺自身も俺がここまで行動的になれたのに驚いてんだ。たまたまそこに居たお前が話しかけやすそうだってちょろく思えたんでってだけだよ」


 そんなわかりきったこと今更気にするつもりはないけど谷口にとっては怒られているような沈黙が間に流れた。


 「なんて言ったけど、今はお前が人間として好きだ。お前がいい気分になったら俺も嬉しいしなにより面白い。十分だろ」


 そんな真顔と冗談抜きな態度で言うか?こっちが照れるさ。


 「別に理屈じゃねえときもあるんだ。直感的にこいつは好きだこいつ嫌だとか。もっとこう、なんだ……期待したっていいはずなのに時々見てて苦しいんだ、お前」 



‐14‐


 待ち合わせは駅の改札前に10時ちょうどだが既に20分早めに来た。待たせてしまったら申し訳がないし。それに、心の準備もできる。と考えていたが緊張―さながら死刑執行前―で息が少し苦しい。というか呼吸が速くなっている。

 本当に今日でいいんだよな?携帯のスケジュール表にはちゃんと今日と記しているし付け足して時間も書いた。これで合っているはず。大丈夫のはずだ。ちゃんとしているはず

 大丈夫だ。今日はうまく行く。上手く行く。仲が良くなれる。もう起きてから何十分何時間もしつこく願いと暗示をかけている。


 「ワッ!!」


 「ううぇああああ!??!」


 一瞬誰かと思った。振り向くと彩音さんだったと分かった。驚いたより嬉しいドキドキだ。今なら、いやどんな時にでも彼女にされることは何でもうれしい。


 「っちょ……驚かさないでよ」


 「いやぁ、こんな早く来るとは思わなかったし、気付かないだろうからちょっとねぇ」


 気付かないはずがないさ。あなたのことを1日でも忘れることは。はい、全然気付いてなかった。かなり支離滅裂になってきてないか。


 「あの……今日はよろしく……お願いします。湯川さん」


 「ちょっと懐かしくてね。ほら、はじめて話した時も敬語だったじゃん?それを思い出したから」


 その時以上の緊張感を抱いているがこれも可笑しく思ってくれるのかな。だなんて考えているがもうそういう誰がどう思っているかだなんて俺にとっては小さすぎる。なにせ彼女以外はもう何も見えてない―ピンボケのように蚊帳の外にしているが適切か―


 「じゃあ、行こうか!」


 この時期に使うには季節はずれだが触れた感覚としては気持ちが良く温かく、柔らかい手に握られた。初めて味わう感触だ。血が繋がってない人と心が繋がっているからこその手を繋いだ感触、これをずっとモノにしたいという独占欲が体に走った。だからこそ体内からなにかムラムラしてしまうことはどうなんだ。そういう沸点が低いのは流石に制御出来るべきだが身体が勝手に反応してしまうことはどうにも出来ない。


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泣いてる。涙が乾いてかゆくて拭ってるがまだ出てきそう。デート中に何かが起きたわけじゃない。ただ、観た映画の内容が素晴らしかった。

 たしかに置いていかれた宇宙飛行士が帰るために工夫していき故郷の星からも救援するためにあの手この手を尽くしていく映画だった。置いてかれた奴は常時明るく在ろうとし80年代音楽にも悪態は突きながらもそれのおかげでへこたれずにいた。飛行士と故郷から救援しようとするキャラ達は互いに知識を総動員してどうやって成功させるかを科学もとい培われてきた英知を使っていく。

 自分に響く部分もあったからこその今の涙混じりの感動だが響く人はかなり大多数じゃないのか。運頼みでも神に願うわけでもなく自ら勝ち取る姿、自らを強く在ろうとする姿、そして知っていようが知らない人であろうがその人の為になんでも使って見せるし命も張る。善意と英知と行動力への賛歌が描かれている。これで刺さらない人間が居るのか?

 今までのように誰かに頼るわけでも待っているわけにも行かない、なんであろうと何を使おうと強く逞しくあれ、どんな形でもいいから人のためにやれるならしろ。理数系は偉大。受け取った時はアバウトな教訓になってしまったがそれでも人生を変えられてしまうような作品だったのだ。


 「大丈夫?もっとティッシュあげようか?」


 「大丈夫、もう治ったよ。本当に良すぎて……」


 まだ泣いてた。思い出すたびに涙が出ては今居る喫茶店の紙ナプキンで鼻をかんでいる。でも薄情ながらこの感情に飽きてきた。


 「感受性強いんだね。ここまで喜んでくれると眺めていてけっこう嬉しいの」


 「それ、俺も言いたいと思ってたんだ。いや、自画自賛じゃなくて、湯川さんにさ」


 感情を分かち合えていることもそうだが、こんな風に自分の感情を彩音さんに許容されていることに今は言いたいけど形に出来ない。ならばまず簡単に形に出来るところから。


 「俺、湯川さんの良い所はそこだと思ってたんだ。一度一緒に感情を分かち合いたいと思ったし」


 今日のために台本を作ったわけではない。


 「へぇ、嬉しいよ。そう言ってくれるなんて。あたしも釜田君といっしょに一対一で遊んだり話してみたかったんだよね。だから、OKしたの」


 「あ、ありがとう。でも、実は俺ってまだ一度も女子と一緒に遊びに行ったことが無くてさ。いや、それはいいんだ。つまり、このあとどうすればいいかがわからないんだよ。でもこのあとどうしたいかリードするべきだろうし、いや違う。だからつまり……なんだろう」


 正確には一度も女子と一対一で遊びに行ったことが無い、だが結論としてはあんまり変わらない。それにしても、食べる姿がかわいい。おいしそうに食べてるチキンのバーガーがその倍ほど旨そうに見えるのでそれを頼んでおけば良かったと思えるくらいに見栄えがすごい。宣伝のアイドル顔負けだ。こう直球に褒めたいがもっと上手な言い方があるだろうけど何も出力できない。


 「男の子と一緒に遊ぶのと同じ感覚でいいと思うけど?」


 「そうだね……それじゃ、あー。服の……」


 彩音さんが俺に抱いているイメージは面白くて良い奴で普通の奴なんだ。それを崩しちゃいけないんだ。だから理想以上を保たなければ。


 「服を買いに行くとかは?」


 「ん、そうしようか!」


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 眩しい。光のせいじゃない。でも、輝いている。あまりにも似合いすぎなんだ。清楚な服から雰囲気が盛り上がってる服まで、とにかくなんでも似合っている気がするのは俺がイエスマン気質でいるからか?


 「ねぇ、さっきから似合ってるってだけしか言ってなくない?」


 「お世辞じゃないよ!でも、俺ファッションに疎いからそれ以外に何言えばいいのかわからないだけかなぁ」


 ばか、後ろ向きになるな。楽しい場が台無しだ。


 「うーん、じゃあそう。似合ってるかあたしと見てみる?」


 そう言われた瞬間、隣に迫られて立て鏡を一緒に見ることに。近いので緊張が伝わりかねない。というか伝わってるよな?

 どう似合うか一緒に言っていった。清楚、涼しそう、季節に合う、少し視線を気にした方がいい、動きやすそう、俺が言ったのは機能性に関して。とことん自分にファッションがわからないと理解した。


 「もともとの体格や顔が良いんだしなんでも似合うよ」


 ボソッと言った一言が彼女に聞こえてしまった。


 「あーその下心は別に……」


 「そういう言い方で褒めてくれるの、なんどかあってもそんな慣れてないからちょっと照れて笑っちゃって」


 やばい、めっちゃかわいい。守ってあげたい。くすぐりたい。

 何を言えばいいか分からず自然と笑うしかなかった。

 そして、結局彩音さんが気に入った服を買った。俺の居る意味がわからなくなったけど、選んだ服が偶然にも一番彼女に似合うと思った服だった。立つ場所が花畑なら役不足なくらい可憐だった。想像したら写真撮影のノウハウを習いたくなってきた。もしかしたら、この瞬間に自分を形成できている。彼女のためになにかを学びたい、自分がどうしたいかを久々に決めることが出来ている。


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 全然わかんねえ。さっきの服とは違い一切理解できない。どうすればいいんだ?重さ?かっこよさ?画質?機能の多さ?どれを優先して選べばいいんだ?というか高すぎるだろ、電化製品なのか本当にこれは。軍の横流し品を売っているとかじゃなく?


 「どう?わかる?あたしはさっぱり……」


 「すんません……俺もさっぱりだわ。自分から誘ったのに……」


 不甲斐ねえ。とにかくどうすればいいんだここから。店員に聞くとか?


 「店員さんに聞いてみるとかは?」


 「いや、予想外に高すぎるし買うほどのお金が無いから相談すると却って申し訳がないし」


 んじゃあなんでここに行こうと誘ったんだ馬鹿。彩音さんを写真に収めてみたいからだろ。いつの日か、綺麗な画質で彼女の姿を記録に残せたらどれほどいいことか。


 「うーん、じゃあ!もう!」


 試し撮り出来るカメラを渡された。なんで?少し理解できなかった。


 「予行練習!ほら、撮ってみて!」


 うん。そう言われるとすごくどうすればいいか迷うし分からない。今日初めてカメラを真面目に使おうとしたからとかではなく自分がどうしたいのかという明確なビジョンをいつも立てられていない。それが今になって響いてきた。彼女のどういう姿が理想的なのか、どう経ったら見栄えるのか。好きな人に対してそんなことすら考えていなかったんだ。


 「えっとじゃあ……人の邪魔にならないところで、そこに立って。ポーズはなんでもいいよ」


 自分から言っていて思考放棄してるように思える。内心パニック状態の中、次の瞬間に心臓が張り裂けるくらいかわいいことをしでかしてくれた。


 「それは?」


 「河で小さい魚を取った時のポーズ!」


 理想なんかじゃない。その場限りの思いつきな姿を見てそんなさりげない姿でも胸の奥に絶対に忘れないように収めておきたい。記録じゃなく記憶に。そんな彼女の姿が目の前にあった。


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 今日だけで一生分の幸せがやってきたんじゃないかな。好きな人と一緒に感動を分かち合えて、一緒に買い物ができて、最後に一緒に写真を撮り合いっこしたり。だが、どこかの映画でこんなセリフがあったのを思い出した。「幸せとはCMみたいなもの」。これからが本編なんだろう。

 帰り道、海と川の役割を果たしているところにある橋で手をつなぎながら歩きたかった。なにもプレッシャーも疑いもない。こんなに健やかな気分は久しぶりだ。それなのに一部満たされない部分があってだいぶもどかしかった。


 「話すネタが尽きちゃったかな」


 「本当?もっと面白そうなこといっぱい経験していそうなのに」


 そうでもない。それは皆が持つ『人間に対しての』理想なだけ。俺もそうでありたいし彩音さんにそう思われたい。面白いがどういう意味での面白いかは置いといて、今までを考えれば経験から来る興味深い話が俺からは出そうに無い。

 それに、二人きりで遊びに行くのがこれで初めてだけど今までは他の奴らを交えて遊んだり喋ったり勉強をしてきたがそのときに抱いてた感情とかはどうだったんだろう。そんな疑問はここで聞くのがベストかも。


 「うーん……?そうだね、色々考えてそう?違うな、なにかに集中してるからかなにも見えてなさそうだった、かな?」


 「あっはー、否定できない。でも、そんなに考えていたわけでもないかな」


 「っていうと?」と返されたが俺にはあなたの考えてるほど利口な人間ではないと真実を答えた。それだけじゃない、あなた達とつるんでいる時はいつもどう嫌われないようにしていくか嫌われていないかを考えてたし彩音さんに対してもずっとどうやって自分の存在を残せるかずっと不安がっていた。そんなぶちまけたい本音がとうとう堤防を破って漏れてきた。


 「ごめん、話が全然見えないんだけど」


 「俺が馬鹿だったんだ。あなたに見てもらえるかとかずっと考えてばかり。そのくせして都合よく信用しててね。んあぁ、だから……」


 やめてくれ、そんな目で見ないでくれ。俺が悪かったから。叩かないで、見捨てないで、行かないで。なにかに心身どちらかに来る衝撃に備えるように目を瞑ってどんなことがあっても耐え切れるようにしていた。


 「けっこう……ップフフ!なんだろ、馬鹿なんだね」


 覚悟をしていた言葉の一つだった。その割りに物腰柔らかく人をからかうような口調でボールを受け止められるようにやさしく投げているようなだ。

 

 「馬鹿って……まぁ否定できないや」


 「それで、なんで皆を信じてくれなかったの?」


 自分でもこれは軽薄な答えと分かっているだけに言うのに躊躇いがかなりある。というか信用にかなり関わるような事を言うことになるからだ。


 「つまり、ステージが違うというか好かれたい優先度が違うというか。あーも馬鹿か俺。根拠がないから?」


 「ショージキな話、釜田くんもおんなじようなモンだよ。根拠が無いから怖いなんて、そんなの言ったら君も同じように他の人を傷つけてるじゃん」


 ぐうの音も出ない。おっしゃる通りでございます。他人を信用しただのしてないせよ結局のところ未だに自分だけの世界に生きているだけだ。


 「でも気持ちは分かるかな。あたしも似たような不安とか持ってないわけじゃなかったし君に好かれてるかデート誘われるまで分からなかったし」


 なにもかも見透かされて自分が見られたくない一心で隠してきた急所を見つけられたが、そこに共感が出来ると言われてるのかもしれない。

お前だけ苦しいと思ってたか戯け、とこの気持ちが見えていたらそう突っ込まれそうな顔つきと両肩をそれぞれの手で叩かれそのまま支えられた。


「未だに信用されきれてないのは少し残念な気分だったけど、それでも好き……っでいいのかな?そんな気持ちは伝わってるし君になんだろまぁ……そういうのを持たれるのはいい気分だし、つまりこういうことしていいっていうか」


また俺に都合のいいことが起きてる。結局なにも成長してねぇ。結局人の善性ありきの結果と過程だ。本当にこれまでの中で成長してるのか?しててほしかったがこのありさま。違う、本当に成長してないのなら彼女の好意を信じてハグをしてるはずがない。自己嫌悪じゃなく自分を信じて少しは開き直ってもいいはずなんだから。矛盾を持ってもいいじゃないか。根拠が無いからってどうなんだ、その人の好意を無駄にすればそれこそ俺が加害者になるんだ。


 「あ、ハグだけね。そこからはまだ早いから」


 「すいません、つい」


なにも保証も答えも無いからなにもかも億劫になっていただなんてそんなの外の世界に出ようとしてない無駄な人間だ。もういいかげん俺を好きでいようがそうじゃない人も信じていかなきゃならない時が来てる。俺みたいな人間が俺を信じられるようにまず自分自身が変わっていくべきだ。だから今だけ安心できて寄り添ってくれる人に身を委ねよう。


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