第2話:信じれるのか
―5―
「あー……そのあれ。なんだ、聞きたいんだけどさ」
授業を終えてカバンに持って帰るテキストやノートを集めながら、横目にこんなたどたどしい声とせっかちな人間程苛つく回りくどい言い方でいいのか。駄目だろ。でも一つ聞かなきゃ不安なことがあるんだ。さっきまでの俺が怪しくあなたを見てニヤけてたか。
「別に?君、その前から顔色悪そうだったから」
あぁ、良かった。それに俺の顔も見てくれて心配もしてくれていたんだ。この事実だけで調子の悪いのが飛んでいきそうだ。
「それに、みんな心配してたよ。人が倒れるなんてめったに無いんだから。あとそれから」
それから?なんかマズイこと言っちゃったか?
「その、授業中なんで顔を隠すようにしてたのかなって」
「まー、その件はその……顔を打っちゃってヒリヒリしててさ。いや、今はもう大丈夫だよ?」
彼女にとって俺はただのクラスの中の背景だ。そんな俺が馬鹿みたいなニヤけた表情をさらけ出そうと下手くそに隠そうと怪しまれるのは避けられない。だが逆に正直になってもこれはこれで気味が悪いだろ。
「なんか、本当に面白いよね釜田くんって。みんなが言ってたけど本当にその通りでちょっと嬉しいかも」
「おもし……ってっははー、そうかなぁ。そうだね。じゃあ、また明日。あーそうだ、心配してくれてありがとう」
あぁ。こう優柔不断で途中で止めるから変な奴、或いはただ見てると面白いだけの存在という関係で止まるんだ。
‐6‐
『クソだな。何考えてんだこのド阿呆が』
今回の顛末を教えろと谷口から催促されて反したらこのメッセージ。
「ど阿呆言う方もドアホだ。それにあわてていたしそれ以上の返しがなかったんだよ」
『しゃーない。仕切り直しといきましょ』
仕切り直しの機会がまだ俺に来るのか?なんて疑問を代わりに布団に包みたい気持ちで寝ころび布団に抱きついた。一瞬彼女を抱いていると意識してしまったんであまりに気持ちが悪い自分を呆れたため息を吐きながら恥じた。
「どうすればいい?』
『馬鹿に付ける薬付けりゃ少しはマトモに話せんじゃないの?』
さっきから俺を貶しているような言い方だが、こいつから言われるのはなにも気分が悪くもならない。距離の問題だ。長く付き合って距離が近ければ皮肉も言い合えるんだ。
皮肉を言われたり格好だけにせよ蔑ろにすることされることに耐え切れなかったのは「自分は特別だ」という自分にしか認識出来ない薄っぺらな自尊心からというのもあるが、単純にえり好みしてる。
そんな風に夜の闇に似合う憂鬱さを抱く。あの子のことを考えるとまた胸が張り裂けそうだ。本当に壊れてしまうんじゃないかと。実際にぶっ倒れたがもっとひどいことになりえる。なんでここまで考えてしまうんだろ。おかしいだろ、人間なんてごみ収集場が埋まるくらいに存在してるのに一人に対してなにもかもを恐れてここまで頭と神経を使ってしまうだなんて。
「彩音……さん」
彼女と抱き合いながら慰められたいという願望なぞ気持ち悪いことはわかってる。でも空想の中で甘えてみたっていいじゃないか。いややっぱ気持ち悪い、その空想を良い形で現実にせず妄想だけで止まろうとしたら尚のこと。だからこそもう少し行動を起こすのもありか?だがどうすれば上手くいく?
‐7‐
「やっとわかったぞ。なんて盲点だったんだ。いいか、彼女と友人たちを」
「信用しろだろ。盲点でもないし人との付き合いなんてこんなもんだろ」
だが、歓迎はされないかも。せっかく身内で楽しんでるのによそ者が来たら迷惑で歓迎さないかも。それこそ気まずい思いをするだけじゃないか。
「ああいう連中が一番入り易い。人との接し方をよく理解しているのさ。なんと思われても馬鹿で結構だ」
「お前が言うと説得力あるけどんむ……でも抵抗があるし結局」
結局のところ失敗したらという不安に帰結する。例え砂粒のような小さい可能性でも。成功してもその先にまた失敗の可能性が芽生えていく。つまりキリの無い考えに苛まれるのが嫌だ。
「お前なぁ、プライドくらい捨てちまえ。保身なんざクソ喰らえだ」
「俺は……遠慮しておくよ」
自分の心身を危険に晒したくないという意味ならばあまりにも汚い。
「あっそ、俺は俺は行くけどな。心配するな、成功して上手く行ったら湯川さんのことは俺が面倒みてやるよ」
皮肉を躊躇いなく言える軽々しさを言える仲で俺のような何でもない奴と親身に接してくれてむしろあいつがあのグループに最初からいなかったことをまだ信じられない。
信じすぎているし警戒心が無いのか。根が明るいだけなのか。ただの向こう見ずか。俺が指針にするべき手本かつ鏡とするなら乗るべきだし、このチャンスを逃せばこいつすらも俺の側から離れる予感がする。俺のことを理解しているっていうのはこの提案に乗る前の俺の考えを理解しているから?
そもそも受身で居るのがおかしい話なんだ。もう一切身の回りで自分に都合よく回ることが無くても変じゃない。だったら行動して清々しく失敗してしまえ。後腐れが無い分こっちのが断然マシだ。だからといって自信が増すわけでもないし当たって砕けろというのはごめんだけど。
‐10‐
「ははーー!それでよ、俺は言ってやったんだ、そこまでにしねえと俺のいきりん棒将軍がおっ立つぞ!って……あー、はい。ちょっと踏み込み過ぎたね」
「将軍?百姓の間違いだろ」
しばらく日にちが経ち、まさかここまで好く交じれるだなんて思いもしなかった。人の集まりっていうのはカーストで成り立っているのが共通しているのは間違いないけど、結局は適合できない人間が浮くか晒し者にされるかという問題だ。しかしカーストの中で晒しものを作る集団を一度見てしまえばそれに信用出来なくなるし簡単な行動にさえ億劫になる。自分が双方の経験者なだけにそのグロテスクさには理解を持っているつもりだ。臆病になる原因を作るのはいつも無自覚な悪意。いや、俺にも無自覚な悪意以外の原因を作っているんじゃないのか?
そんな演繹(えんえき)に対して反面教師になるよう自分を戒めた割に―もう何十回目だよ―また気分が良かったんで授業でノートを取る合間ペンを回したりと抑えてはいてるが不審な程に気持ちよくなっていた。彩音さんが隣に居ることを忘れているようにそれは続いたがむしろ見られたかったのかもしれない。
自分がここに居ることの主張、彼女が自分に対して喜んでくれるか、認めてくれているか。羞恥なんかどうでもいい。そう、俺はここに存在している。過程がどんなであっても。なにも出来なかった『もしも』の自分のような人を顧みずに自分の世界に誘いたかった。
その誘いに彩音さんが乗ってきているのかもしてない。願望でもあるが本当に俺の感情を共有して嬉しいと思われているのかも。
昼休み、俺達コンビは彩音さんが元から居るグループと仲良く雑談や携帯をいじりながら日常的ななにかをしている。みんなどこか集団の中で別々のグループを作っていて自分だけ心をどこかおいてけぼりにされているような無機質な部屋のような感覚。しっかりしろ、なにかしなきゃ影が薄くなる。この人たちの性格が良かろうと結局なにか面白く在らなきゃ存在感が無くなっちまう。違う、そういう不信を抱いていくのはやめたんだろ。それ以上のもっともどかしさがあるじゃないか。
そう、結局は彩音さんのことに終始する。今日だけに限れば配られたものを渡されたり授業の確認以外だと彼女が俺と一対一で喋れた事はこの程度なんだ。彼女の中で俺が存在していた自信がない。
毎日存在を主張しないとなにもかも無意味に帰す。なにか良い方法は無いものか。そういえばこの人ってなにか今日飲んでたかな。
「なぁ、溝口。飲み物買いにいくか? 行かないんだな。じゃあ湯川さん一緒に行く?」
彩音さんに喋ること前提な上擦りじゃないか。それを見せてないつもりだろうけど。ああ、もう台無し。だが、昔だったらもっと酷かっただろうな。
「えー、喉渇いてないし別にいいかな」
ほら、遠慮された。だからってなにもするなというわけじゃない。どちらにせよなんか行動を起こさねば彼女との距離が近くならない。自分から相手へ動かなきゃどうにもならないって今までの生活ですでに学習している。都合いいことが起きないなら自分からやってしまえ。
「まぁまぁ、あーそうだ。なんならおごろうか?」
お前は援交の親父か。馬鹿な真似をなんでやすやすとやっちまうんだ俺は。ちったぁタイミングを見極めろっての。ほら、チャイムが鳴ってしまった
「まじウケるんだけど」
「それ言ってぶっ転がされないだけで運がいいと思えよ谷口」
「利用された身で言うのもなんだけど、無理があるよ」
前進への不安はまだしも後退してしまう不安は抱かずに済んでっている、これが分かっただけでも収穫なのかもしれない。
‐9‐
「人生はチョコレートの箱みたいだ」というのを映画で聞いたことがある。開けてみなければ中身が分らない。確かに蓋を開けて一つ食べてみるとかなり美味かった。だからって残りが美味いというわけではない。そんなチョコレートが溶けてネチョッとしそうな夏の昼下がりにまたうだうだ悩んでいる。
夏休みに彩音さんたちと遊ぶ機会は確かにあったけどそれは一か月の間にたった数回程度。友達ならもっと会っていい筈なんじゃないのか?しかしどれくらいの頻度が適切なのかもわからない。
谷口に相談しても「まちまちっていうかそんな細かいこと気にするか?こっちは爺さん家の畑仕事がまだ終わらんので手伝ってくれたら考えてやる」って言う。こう翻訳しよう。「考えすぎだ」。
だからといって今の近すぎないけど互いに心地よく思えるかもしれない距離を崩すのことを恐れずに行けるほど人間に対しての恐怖を克服したわけでもない。新しい関係を築くことで不慣れになって挙句関係自体が崩れてしまえば本末転倒じゃないか。それでも彼女の中に毎日俺が存在していたい。しかしこれ、最早ストーカーの思考じゃないか。
もうどうすればいいのかがわからない。暑さと湿度でどうにも頭がままならん。こんなに頭が熱で暴走したら勢いで行動するだろう。
‐10‐
「あ、釜田くん!この前借りたノート返すね。これで宿題が進んだからほんっとありがとう」
俺が率先して貸した。そうさ、熱暴走の結果自分の為にもとい彩音さんのために夏休みの宿題の為のノートを作った。小賢しいことしてる割にそんな頭も良くないのに向こう見ずかよ。とはいえ自分の知識を相手に教えるというのは自分の勉強の整理にも役立ったので結果的には『賢くない馬鹿』から『賢しい(さかしい)馬鹿』になれた。
しかし、なぜこんな押し付けがましいことを受け入れてくれたんだろう。まさか本当に役立ったの?結局自分用に作っていると錯覚したまま作ったこれを。
「お礼になんかさせてよ」
自分の正気を確かめた。ノートを作っては貸しただけでお礼?なにか奢ってもらうとか?この機会をそんなのに費やしちゃ駄目だろ。じゃあなんか面白いことしよう?曖昧だな。そうだ
「あー……そうだね。んー、あーつまり」
「うん?」
やけくそだ、もう言っちまえ。なんにでもなれ。
「そこまで言葉にしづらいの?」
笑いながら言ってくれてるのが幸いだけどまさか俺が迷っているのがバレているのか?
「どっか行かない?俺たち二人でって……ごめん、やっぱ忘れ……いや、お願いします」
「あぁなんだ、そういうことだったんだ。恥ずかしがらなくてもそのまま言ってくれればいいのに。気持ちはわかるけどね」
‐11‐
人間が本当にわからない。何考えているのか。自分もそうだし受け入れてくれえたあの子のことも。笑える。この期に及んでついに彩音さんすら信じられなくなってきている。誰をどう信じればいいんだ。
現実に思えるか?自分のこの感覚がもしかしたらなにか仮想空間だのなんだのかもしれん。
もうわからない。いっそあの子を好きにならなければよかったんだ。そうすれば悩むこともなかったのに。胸が張り裂けそうになるほど好きで、話す時も未だに緊張するくらい好きなら。フラれたり気味悪がられたり嫌われたら俺はもうマトモに生きていけるのかな。
大概にしろ、不信はもう振り切れていいはずだろ。俺が彩音さんを好きになったのは見た目が最初に印象に残ったわけだけど、交流していくうちに人間性にも惚れていった。わけ隔てない優しさ、明るい笑顔に何事もポジティブに捉える様。人の倍感受性があって悲しい人と悲しみ合うことで理解しようとする姿勢。包容力があるんだと思う。時々、あの包容力や体に包まれたいと思うし。つまり、ようやく彼女について深堀できるところまで行ったのならもう恐れは捨てるべきステージに入ったんだ。
だからって実行できるものか。彼女を信じようにも彼女の持つ状況はどうなんだ。恋人の有無、好きな人の有無、壷を買わされるか、やはり幻覚か、なんだかんだ。
そんな正気を取り戻す目覚ましに携帯の着信音が鳴っていた。正確には通知の音。音の鳴る長さで分かる。何を設定したか誰からメッセージが来たかそんなこともわからず正気を保ちながら携帯のスクリーンを起動させる。あの子からだった。
『さっきの話の続きだけど』
続きを見るのが怖かった。そもそも夏休みなら帰省するかもしれないし予定が合わないこともおかしくない。色々とキャンセルされる未来に恐れながら目に通すと最初に見えたのは笑顔の絵文字だ。安心感となにか解放されたそれだ。
『いつ出かける?来週なら木曜日から空いているから!』
これはなんかの冗談か?それともマジなのか?
「本当にいいの?」
『別に断る理由も無いし。それに、一緒に観たい映画もあるし』
待ってくれ、あまりにも予想と違い過ぎる。だからといって、この答えが欲しかったんだろ?だったら。
『ちょっと待ってて。今、プランを考えるから』
『一緒に考えるよ(笑顔の絵文字)』
もしかしたら人って信じた方がメリットが多い。改めて―その回数はおそらく二桁目はゆうに越えている―分かった夕暮れ。
‐12‐
《俺にもわからんぞ》
「なにもわからん……」
《我が子を仙陣の谷に突き落とすような答えで悪いけど、自分で考えるしかねえよ。ちなみに、どんなプランなんだ》
ありきたりなデートと言うべき。単純にショッピングモールでデートだ。駅で待ち合わせてそこまで歩き、まず映画を観てそれからショッピングや飯を食う。本当にそれしか考えてない。彩音さんはそれだけ考えてたら十分って言ってたけどやっぱり不安だ。ただ、観る映画だけは決めていた。というより、向こうが決めてくれた
《うーん……買い物はもうイエスマンになったりする方がいいんじゃあ……?あと映画なら感想を言い合うとか。そうだ映画はどんなの観るんだ》
宇宙SFの映画だ。硬そうな内容ではなく予告の限りだと80年代のディスコ音楽が流れては辺境の星に独り取り残された宇宙飛行士がノリノリで生き残ろうとあれこれしていくお話だ。どういう発想でこれを作ろうとしたんだ。
《あーそれね。面白かったよ》
「話が変わるけどいいか?どうして俺なんかと親身に付き合ってくれるんだ?」
正直、これが聞きたくてこいつに話をしたかった。
《うーん……?まぁ、いや、単純に近くに居たからだよ》
「そうじゃなくて、出会ってからどうしてって意味で。それに他にも多く友達……いや、人も居るのにそれでも楽しいのか?俺って」
耳に息吹が聞こえる。溜息が来た。
《パズルのピースが異常なくらいくっついたからだよ。飯の時間だ、もう切るぜ》
それ以上伝えたいことがあるように思えたのは気のせいか?いや、今までの思考を省みればわかる。不安の中からいいかげん出ろということだ。もういいかげん馴染めたしいつも気持ちいいはずだっていうのに未だに根拠があるのか無いのか不透明な不安を抱え繰り返し思いながら怯えながら行動している。でも、仕方が無いじゃないか。
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