夢うつつ、起きて花瓶を見つめるまで

影迷彩

──

 空は暗く、光が照りつかない山の森は薄暗かった。

 その山道を通って、数台のトラックが列をなして走行していた。

 ガタガタと響く音はトラックの古さを物語っており、荷台に座っている緊張した傭兵達を苛立たせる。

 枯れてきた森にはお似合いだろう、いい迷彩になってんだろうなと嗤い機嫌を紛らせる新兵は、隣で静かに俯いてる隊長に顔を向けた。

 隊長は、ふかふかの布団で寝ているかのようにぐっすりと寝ているようだった。


 「隊長、よく寝られますね」


 「ん? まぁこんなの、ただの安らかな眠りの中の夢だからな」


 隊長が返答したことに新兵は目を開いて驚いた。


 「お、起きていましたか!?」


 「いいや寝てた。寝ても起きても、夢に俺がいるってのは変わんねぇがさ」


 隊長は顔をあげた。目は細めたまま、うーんと背筋を伸ばしもせず、先程まで起きていたかのようだ。


 「えと……隊長、ここは夢とは思えません。自分達はこれから襲撃するのですから」


 「新兵、お前にとっちゃ今もこれからも、この古いトラックの中は現実だろう。だが、俺はこれを俺が起きるまでの夢だと思う」


 隊長は、腰のホルダーにかけた空の瓶に目線を落とした。


 「目が覚めたら、この瓶には花が活けてあって、俺はうーんと背筋を伸ばす。そしたら隣にはよ、俺が」


 トラックがずんっと急停車し、荷台に座っていた乗組員達は倒れそうになった。


 「こっから先は歩きですね。しばらく寝る暇もなさそうです」


 「いや、そう思う必要はない。最初から寝ているんだからな」


 隊長が先に降り、隊員達を誘導するとライフルを構え、トラックを捨てた。



 さっさと故郷に帰って、婆ちゃんの子守唄でぐっすりと寝たい。

 一旦止まり、野宿を始めた一同。雑談に新兵が帰ったら何をしたいか答えると、一同はクスクスと笑った。


 「いや、だって家庭ってのは一番落ち着くだろ!」


 一同が眠りについている間、見張りとなった隊長と新兵は暇潰しに語らう。


 「あまり大きい声をあげるな新兵。夜泣きなんて婆ちゃんが起きちゃって困るだろ」


 隊長は顔を俯いてる。寝てるか起きているか、相変わらず分からない。


 「隊長には、帰って寝る布団はあるんですか」


 「新兵、俺は寝たまんまなんだ。俺の身体は、いい目覚めを待って、長い長い夢の中にいるのさ」


 新兵は顔をしかめた。襲撃作戦を前に、張り詰めた兵士とは思えない。


 「隊長は、寝てからもう何年経つんですか?」


 「あれこれ10年以上。俺の故郷を教えてやろうか」


 隊長は、自分の故郷のおおよその位置と距離を新兵に教えた。それは自分達を雇った国より遥か遠く、戻るには何ヵ月ものの距離と面倒な量の出国手続きが必要であった。


 「隊長、どうしてわざわざこんな夢の中に入ったんです?」


 「始めはなぁ……話すと長くなるぞ」


 隊長は前置きし、腰にぶら下げた空の瓶を手に持って新兵に見せた。


 「こいつを俺に贈ってくれた女を探している。空色の髪の、あの頃は絵本にかかれるような、ほっぺの丸い可愛い少女だったな」


 隊長は当時の彼女の顔を思い出す。いや、思い出すというより、常に目の前に浮かび上がる少女の鮮明な幻影を見つめているだけだった。


 「俺は盗人でな。欲しい物は手当たり次第に奪った。アイツの持ち物を引ったくろうとした時、彼女は俺にこれをくれたんだ。『これに花を活けてくれるような、思いやりのあるような人になってね』だと言ってな。」


 空の瓶は外装がハゲかかっていて、少し欠けた場所が見られながら、常に大事にされてることが分かるぐらいに艶やかであった。


 「その時の笑顔に俺は惚れ改心しようと思ったさ。だがそうする前に積み重なった前科で投獄されちゃってな。出所した時には彼女は町から消えていた」


 隊長は空の瓶の底を覗きこんだ。深い深淵のような瞳は、ゴールのない旅路のようだった。


 「俺は彼女を追って故郷から去った。家も家族もねぇから、何年旅しても後悔はなかった」


 「あの、なんで傭兵になったんですか……?」


 「金に困ったからな。字の読み書きが出来ねぇし、一つの所に少しでも留まりたくねぇから、さくっと目的地に行っては、ザクッと破壊するだけのこの仕事はいい稼ぎだ」


 隊長は空の瓶を覗きこみながらせせら笑った。


 「ただ、今回の仕事は失敗だな。戦科を上げすぎちまって讃えられ、国に居残ることを余儀なくされちまってる」


 「そ、そんなことって……」


 「だからさっさと襲撃終わらせて、この戦争を終わらせて、次の場所に旅する……それが終わるまで、彼女に会って一緒に花活けるまで、俺は覚めない夢の中なのさ」




 村の見張りの兵士は、首をかっ切られるまで彼の存在に気づかなかった。

 起きているか寝ているのか、そんな夢うつつな隊長の存在感は、現世になく気配が消えていた。

 見張りを全員殺した隊長の合図と共に、少数精鋭ながら訓練された隊員たちは村を襲撃し、兵士を皆殺しにして村人達を降伏させた。


 「第一ポイントの制圧完了。ここってどうすりゃいいんだ」


 「本部に報告しろ。重要拠点の一つだから、徹底的に叩き潰す」


 「お、ちょうど襲撃し終わった航空部隊が、村を残った焼夷弾でファイアしてくれるってさ」


 隊員達がそんなやり取りをしている中、新兵は血で濡れた銃剣の先を拭うと村を見回った。


 「隊長、どこですか。隊長ー」


 家屋の前に立ち尽くす隊長を新兵は見つけた。今まで見たことない、目を開いた表情だった。

 あ、起きた。新兵は彼の表情をそう読み取った。



 新兵の初任務はそこで終わった。

 村が空襲を受け滅びる瞬間、隊長の姿が消えたからだ。

 もしかしたらと思い新兵は空襲を受け塵となった村を捜索したが、そこに隊長の遺体はなかった。


 戦争が終わり、新兵は眠りにつこうと思う度、夢うつつであった隊長と、最後に見た隊長の顔を思い出す。

 今こうしているのは下らない夢で、もしかしたら目が覚めて本当に現実に出会うかもしれない。

 そう思うとうたた寝が始まり、例え乗り心地の最悪な車の上でも寝れるようになった。

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