同族殺しの王

すかいふぁーむ

短編

「また出たんだってな……」

「ああ、これであの街二件目だったか? ほんとに勘弁してくれよ」

「全くだ。ヴァンパイアなんてもん、とっとと滅んでくれりゃぁ良いのによ」


 町外れの酒場。若い男たちの会話を耳に入れた。

 気になる単語があったので詳しく聞くために酒代を持って男たちのテーブルに近づく。


「なあ、その話詳しく聞かせてくれないか?」

「なんだぁ? あんた……いや、まあいいや。大した話じゃねえぞ?」


 一瞬いぶかしげに見られたが、こちらが持ってきた酒代を見て目の色を変えた。

 すぐ渡した金を革袋にしまい込み、こちらに向き直った。


「よくある話だよ。隣町の男がヴァンパイアだったんだよ。で、周りの人間が怒って石を投げ込んでたら返り討ちにあってな。改めてそのヴァンパイアに討伐命令が下ったとかだってよ」

「隣町……ブルームか?」

「ん? ああ……なんだあんた! ヴァンパイアハンターかよ。じゃあ頑張ってくれよ。あんなバケモンがその辺うろついてるんじゃあ俺たちも安心して飲めねえからよ!」

「ああ……」


 それだけ答えてすぐに酒場をあとにした。

 ブルームなら普通の足でも一日あればたどり着く。

 ということは、すでに他のヴァンパイアハンターが集まっていてもおかしくないのだ。


「間に合うか……?」


 そう願いながら夜道を駆け抜ける。

 俺の足なら、数時間もあれば着くことができるだろう。


 ◇


「くそっ! どうして……どうして俺がこんな目に遭わねえといけねえんだ!?」


 ブルーム郊外の森の中、一人の男が叫ぶ。

 だがその叫び声は小さい。

 周囲に絶対聞かせるわけにはいかないという事情と、それでいて叫ばずにはいられなかった葛藤が男の表情に浮かんでいる。


「俺は……黙って石を投げられ続けてりゃあ良かったのかよ……」


 力なくうつむいた男こそ、ブルームの街の話題の的。

 今まさに多くの賞金稼ぎたちが追い求めるヴァンパイア、レアンであった。


「俺が何をしたっていうんだよ!」

「あぁ?! そりゃおめえ、……おめえがヴァンパイアだからわりぃんだろうが」

「ぎゃはは。ちげぇねえ! お前みたいなバケモンがのこのこ人に混じって生きてることがおかしいんだよ!」

「くっ……」


 レアンのもとにたどり着いたのは二人組の男。

 いかにもあれくれ者といった風貌の二人はヴァンパイアを専門とはしていないものの、それなりの実績を持った賞金稼ぎだった。


「バケモンがどうして逃げ惑う!? お前たちのほうがよっぽど化け物だ! 何もしていない街人に石を投げ、それに怒ればこうして執拗に追い回される! お前に俺をバケモンと呼ぶ権利など……」

「っるせーんだよ。ゴミが」

「がっ……」


 足を抑えてその場に倒れ込むレアン。

 レアンを襲ったのは、ヴァンパイアを殺すために作られた銃。

 ヴァンパイアは生まれながら人よりも力が強い。普通に戦えば二対一であっても、レアンは力負けしない。

 だがそれでもこうして逃げ続けていた理由がこれだ。

 ヴァンパイアに対抗するために作られたあらゆる武具が、ヴァンパイアを殺すことを容易にしたのだ。


「くっ……そうやって……あいつも殺したのか……」

「ああ? 知らねえよ。そういやこの街にゃあもう一匹いたんだったな」

「そうだ。良いこと思いついちまったよ。おいおめえ、どうせ他にもいるんだろ? 三匹居場所を教えろ。そしたらおめえは見逃してやってもいいぞ」

「は……?」


 男の提案に目を丸くするレアン。


「一体何を……」

「物分りがわりぃやつだな?」

「俺に仲間を売れっていうのか!?」

「そうだって言ってんだろうが」

「ふざけるな! それにほかのヴァンパイアなんて俺は知らないぞ!」

「ああそうか、じゃあ死ねよ」


 男の持つ銃がレアンに向けられる。


「おい、気をつけろよ? こいつらは何してくるかわかんねえぞ」

「わかってらぁ。でももうこんだけ血失ってりゃあできることなんざねえだろ?」

「それもそうか」


 ヴァンパイアにはそれぞれ、固有の【スキル】と呼ばれる能力がある。

 それは【魅了】であったり、【超回復】であったり、【幻術】であったり……なんの力もない人間にとって大きな脅威となるものや、気味が悪いものになるのだ。

 だがその【スキル】のエネルギー源は血液であると言われている。

 そのためヴァンパイアは生き血をすする。それ故恐るべき、あるいは汚らわしい存在として忌み嫌われているのだ。


「最後に聞いてやるよ。おめえ、どんな能力持ってたんだ?」

「知りたいか?」


 足を撃たれたことで失った血液が多すぎて、息も絶え絶えになったレアンだが、それでもその目に闘志を燃やして男を睨んだ。


「あぁ? 何だその調子乗った目はよぉ!」

「やめろ! なんかおかしいぞ!」

「おかしいっ……え?」


 突然男たちが二人ともレアンの姿を見失ったように戸惑い始めた。


「うわぁああああなんだこれ!? なんなんだよ!」

「くそっ!? 一体なにしやがった……! やめろ! くるな……!」


 暴れだす男二人。

 だがその二人組よりも驚いていたのは、レアンの方だった。


「一体なにが……俺の【幻術】はこんな強力じゃなかった……ましてや血を失った状態ならなおさら……」


 困惑するレアンのもとに、一人の男が現れる。


「良かったよ。間に合って」


 獲物を見つけて嬉しそうに微笑む、ヴァンパイアハンターがそこにはいた。


 ◇


「くそ……結局俺は助からねえのか……」


 足を銃で撃ち抜かれたヴァンパイアが唸る。

 まあそう言いたくなる気持ちもわからないではない。今の俺はすっかりヴァンパイアハンターらしい装備に身を包んでいるからな。


「こうでもしないと周りのやつが面倒でな……いま回復してやる」

「回復……? って……」


 男の足に【ヒール】をかけて治療をする。

 その間に同業者の二人組には眠っておいてもらった。しばらくは起きないだろう。


「さてと……名前を聞いてもいいかな?」

「レアンだが……」

「レアンか。一応聞くんだが、他に生き残りは把握してるか?」

「なんで回復なんかしたのかと思ったら……それが狙いか」


 あれ?

 意図せず敵意を引き出してしまった。


「いやいや。まあ俺もヴァンパイアを追ってはいるけれど……」

「言うかよ! 知っていたって絶対にヴァンパイアハンターになんか!」

「ああ……誤解させたみたいだ……」


 仕方ないか。


「殺すならさっさと……え?」


 身を包んでいた仮初の衣装を脱ぎ捨て、本来の姿を見せた。

 同胞であればそれだけでわかるだろう。


「まさか……あんた……いや貴方は……」


 血色の悪い肌。

 尖った牙。

 蛇のような眼。


「ヴァンパイア……それも……上位の!」

「ああ。自己紹介が遅れてすまない。ヴァンパイアロード、カレルスだ」

「ヴァンパイア……ロード……」


 固まる若きヴァンパイア、レアン。

 無理もないだろう。


「だって……ヴァンパイアロードなんて……幻の……」

「現実だ」

「だったら!だったらどうして同胞たちが殺されるのを……! 救ってくれなかったんだ!!!」


 発されるのは悲痛な叫び。


「貴方が……貴方がいればあいつは……」

「救えたと、そう思うか?」

「ヴァンパイアロードは俺たちにはない特別な力があるはずだ! それを使えば……」

「そう。人間に対して君たちがそうであるように、私はヴァンパイアである君たちから見て特別な力を持つ。だがそれで、たった一人特別な力を持ったものが現れたからといって、事態は好転したか?」

「くっ……」


 打ちひしがれるレアン。

 無理もない話だった。同胞を、それも仲の良かった、いやむしろ、将来を誓いあったようなものを失った可能性すらあるのだ。

 そういった者にこれを理解しよという方が酷だ。


「それで……今更出てきて貴方はどうするつもりなんだ?」


 同胞を救うことを諦めたものへの憤怒。

 あるいは軽蔑を込めて、レアンが睨む。


「責任を取るのさ……君を殺してね」

「な……」


 目を見開き、再び臨戦態勢を取るレアン。

 だが全てが遅かった。


「あれ? どうして……」

「力が使えない、だろう?」

「一体何をしたんだ!?」

「殺したのさ。ヴァンパイアとしての君をね」

「そんなことが……」

「できる。私の能力を使えばね」


 戸惑う青年に説明を続ける。


「私の力は【強奪】だ。君は二度とヴァンパイアとしての力を使えない。だがその代わり……人間として行きていくことはできる」

「今更……そんな……」

「人間を憎む気持ちはわかる。だが君は知っているだろう? 人間が何も全て敵ではないということを」

「でも……もう俺は……」


 ちょうどよいタイミングで足音が聞こえる。


「くっ……力も失ったってのにまた新手が……」


 構えるレアン。

 だが姿を見せたのは……。


「いたぞ!」

「良かった無事だ……!」

「大丈夫だったか!? 少し遠いが二つほど向こうの街なら俺の親戚がいるんだ。匿ってくれる」

「どうして……?」


 囲まれたレアンが戸惑う。


「どうしてだって?! 当たり前だろう。俺たちはお前が悪いやつじゃないって知ってる。ヴァンパイアってだけでどうして殺されないといけない!?」

「って……なんか雰囲気が違わないか?」

「もしかしてヴァンパイアじゃないのか!? これなら教会で診断してもらえば無実だってわかるんじゃ!」

「ああ……それはあの人が……あれ?」


 俺はすでに街人が追いついた時に姿を消している。

 レアンからもらった【幻術】で。


「捨てたもんじゃないだろう? 人間も」


 それだけ言い残しその場を去った。

 ヴァンパイアは異能を失えば人と同じ力しか持たない。

 それを望みながら、どうしてもそうなれない者たちが多くいる。


「こんな世の中じゃなければ俺が迫害を受けていただろうけどな」


 ヴァンパイアが力を欲する時代なら俺の能力はさぞや忌み嫌われたことだろう。同胞たちに。

 だが……


「せっかく役立てる世の中なんだ……」


 次の同胞を殺すためにまた走る。

 それが王でありながら、何も出来なかった自分自身への贖罪だった。


「次は……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

同族殺しの王 すかいふぁーむ @skylight

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ