第40話 二人きりの練習


 成り行きというか勢いというか、なし崩し的に決まった劇の練習、延長戦。

 もしかして由良に飽きて、僕に興味を持ってくれたんじゃないかって勘違いしそうなくらい、積極的に誘われた気がする。

 一つ問題があるとしたら、泉に知られるとひっついて来られる可能性があるなと警戒したのだが、杞憂に終わった。昼から、学校の友達同士で集まって遊ぶという。昨日はそんな話全然聞いてなかったので、突っ込んで聞いてみると、今朝になって急に決まったらしい。

「小学生だけか。外で遊ぶんだったら気を付けろよ」

「分かってるって。大丈夫、とびきりの美少女がいるわけでもない集団に、変質者がわざわざ声を掛けたりしないって」

「いや、そういうことだけを言ってるんじゃなくて」

 普通に車の往来なんかにも注意を払えよって。

「ていうか、兄ならかわいい妹へフォローしてくれていいんじゃない?」

「うん?」

 昼食はまだまだ先だというのに出掛ける準備を進める泉は、その手を止めてこっちに顔を向けた。そして自分自身を指差す。

「『そんなことはない、おまえは美少女に入るぞ』とか何とかさ」

「いや、安易には使いたくないんだよ、“美少女”って言葉」

「え? どして?」

 心底びっくりしたのかどうか、泉は舌足らずな言い方になった。こちとら、たいした理由はなく、ほぼジョークのつもりで答えただけに続けにくい。が、ここで打ち切るのも変なので突っ走るとしよう。

「“美少女”って一文字ずつ見ていったら、分かる」

「一文字ずつって、美と少と女?」

「ああ。『美しさの少ない女』になっちまうだろ」

「なーんだ、そういうことかあ。どっかで聞いた覚えあるわ。クラスの男子が使ってた気がする。得意そうにね。なんか、私達女子相手に、謎めかして変なアクセントで『おまえって美少女だな~』って感じで言うのよ。で、私達が『お世辞何回って気味悪い!』とか言いつつ、満更でもない表情をしたら、待ってましたとばかりに種明かしするの。さっき兄貴が言った『美しさの少ない女』ってのを」

 途端に兄を見る泉の目が見下すようなものに変わった。

「つまり、我がお兄様は、小学四年生男子と同じレベルってことになるわね。あー、悲しい」

「長々と解説した果てに、そこまで悪く言われるようなことか」

 内心辟易しつつ、悲しむ素振りで返すと、泉は「冗談だよ」と割と真顔でフォローしてきた。かわいいところもあるじゃないか。


 待ち合わせした場所――学校の西門前――に、待ち合わせした時刻より少し早めに着くと、ほんの十数秒後に三井さんも姿を見せた。

「え、早い! 遅れたつもりなかったんだけどな」

「いやいや、遅れてないよ。僕も君も早すぎ、それだけ」

 門を通って中に入る。グラウンドでは案の定、運動部の練習がそこかしこで行われている。この分だと、体育館も余分なスペースはなさそうだ。中庭からは音楽系の部活動だろう、音がよく響いて聞こえてくる。

「となると、教室を使うしかないか。自分らのクラスでやるのが一番安心ではあるけれども、この楽器の音で、タイミングによっては台詞がかき消されそう」

 思った以上に校内に人がいるんだと認識したこともあって、僕はやや後ろ向きな発言をした。人目に付きやすい状況下で、昨日の今日、三井さんと二人きりの劇練習は、ちょっとした警戒感を強いられそうだ。

「気にしなくていいんじゃないかな。台詞が暗記できているかどうか、お互いに声が聞こえるかどうかよりも、今は二人の息を合わせるのが最優先だという気がするの」

 と、三井さん。元々そういう考えを持っていたのか、それとも時間を無駄にしたくないから早く始めましょうという言外のニュアンスがあるのか……。ま、どっちでもいいや。三井さんがやる気になっているのを、僕の躊躇いのせいで妨げなくない。

 職員室で鍵を貸し出してもらって、いつもの教室に入って、机や椅子をいくつか動かしてスペースを作ってから、さあ練習スタート。

 さっきはお互いの台詞がどうこうと気にしていたけれども、そもそも二人だけなので通しでやるなんてできない。二人だけのシーンもそんなに多くなく、またクライマックスを除けば各シーンの長さも短い方だろう。一方、全体の出番数で言えば、狩人の僕は少なく、王女の三井さんとは雲泥の差。だから自ずと、僕が様々な役の台詞を言うことで、三井さんの出番の相手になるのが練習のメインとなった。

 そんな中、僕が最も力を入れた、というか独りでに力が入ったのは、やはり三井さん演じる王女と狩人によるラブ?シーン。思いを伝え、通じ合う様を台詞にあまり頼らず、演技で表現しようとがんばっている。先日二人きりで何度も演じてみて、徐々に手応えを掴めている気がしなくはないんだけれども、客観的に見ることができているかどうかとなると自信が完全には持てない。

 練習の様子を動画に撮るという発想がなかった訳じゃない。でも動画とて、結局は自分達で見て判断することになるのだから、一〇〇パーセントの客観性は無理だ。さらにいえば、動画を残しておいて由良に見られでもしたら、またどんないちゃもんを付けてこられるか分かったもんじゃないという警戒感も、心の奥にはあったのかもしれない。


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その恋、詰みから始まる? 小石原淳 @koIshiara-Jun

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