第39話 またまた!?

「いやいや、この話を広海君がしたのは、ソフトクリームを落としたっていう話を僕が突っ込んで聞いたからで。広海君がぺらぺら言いふらしたんじゃないことだけは分かってあげてくれ」

 僕は広海君のフォローに回った。説明に多少は装飾が加えられているが根本的に事実に相違ないし、問題あるまい。

「岡本君、広海にも優しいのね」

「誤解させたら、あの子に悪い。それと、ついでだから言うけど。僕が口を挟むことじゃないと分かってるけど、敢えて挟む。結婚相手の金銭感覚は知っておくべきだと思う」

「――確かにね」

 一瞬目を見張ったが、三井さんは表情を戻すと僕の意見を肯定した。

「関西暮らしの長かった岡本君が言うのなら、なおさら確かだね」

「関西人イコール金にがめつい的なイメージで語られると嫌がる関西人もいるよ。僕は平気だけど、商売上手と言われて怒り出した人を知ってる」

「本当に? 商売上手って褒め言葉に聞こえるけど……念のため、人を見て気を付けなくちゃ」

 三井さんと会話してて楽しい気分を味わっていた。が、はたと話が脱線気味だなと気付く。しかも三井さんの受け答えが脱線のきっかけになっているような。僕の方はできる限り由良の様子を探りたいのだけれども、もしかして三井さん、積極的には話したくないって気分なのか? だとしたら無理矢理聞くのは避けたいんだけど、明確なサインが三井さんから出てる訳でもなし。願望を込めた僕の考えすぎかな? 判断が付かなくて次の言葉が出て来ないでいる。

「どうしたの? 急に静かになったみたい」

「そう? 何でもあらへん」

 結局言葉を戻してしまった。困ったときの関西弁頼みや。

「ただ、練習、どうしよるんかなってふと思うて」

「劇の練習ね。いいよ。今からでも」

「ええの? 前、練習する日をわざわざ土曜日って指定してきたから、今日の日曜は予定があるんだろうなと思ってたんやけど、違ったか」

「なくはなかったんだけど……」

 途端に言いにくそうにする三井さん。僕はこれまでの成り行き・状況、そして目の前の三井さんの態度を総合して、ぴんと来た。

「あ、由良さんと予定があったとか?」

「まあ、そういうこと。仕事があるからってキャンセルになったわ」

 本来のスケジュールでは、由良が今日の何時に戻ってくることになっていたのか知らないが、デートするつもりだったんだろう。それをあっさりなかったことにするとは、由良の奴、女子の気持ちを分かってないな。

「そう言っておいて、昨日の“惨劇”の再現は嫌やなあ」

「“惨劇”って、由良さんが急に戻ったこと? さすがにそれはない、と思う」

 くすくす笑いながら答える三井さん。僕にとっては笑い事じゃないんだけど、“惨劇”と言い表したのがよほどおかしかったらしい。

「心配なら、今日は家の外でしましょうか、練習」

「家の外? どこで?」

 思わず、その場できょろきょろしてしまう。まさか往来で劇の練習をやるはずないのに。

「やだ、岡本君。学校だよ。行けば開いてるはずよね」

「学校かぁ。けど、体育館なんかは運動部が使うとる可能性大やろし」

「恥ずかしがらなければ、グラウンドでも教室でもできるわ」

「グラウンド……」

「恥ずかしい?」

「いや。劇に出ると決めた段階で、そこはクリアしとる。せやけど、皆に見られるところで練習するいうんは、ネタバレにならへんかとそれが心配で」

「うーん、どうなんだろうね? 自分達が思っているほど、他人は自分達のことを気にしていないし、逆に自分達も周りの話や動きなんてたいして気にしていないんじゃないかしら」

 その点は確かにそうだろう。仮に聞き咎めても、長時間に渡ってずっと聞き耳を立てるなんてまずあり得ない。そもそも……ネタバレを心配する台詞を吐いた僕が言うのもなんだけど、劇としての大きな仕掛けは由良の登場以降であるのだから、僕と三井さんとの練習を盗み聞きでも覗き見でもして、一部誤解してくれた方が後々驚かせられるという矛盾をはらんでいるんだよな。

「分かった。三井さんがOK言うんやし、その誘い、断るなんてもったいなくてできんわ。でも、ほんま、今すぐは無理なんとちゃう?」

「そう、だよね。岡本君にも準備があるだろうし……またお昼からでいい?」

「昼飯を食ってからってことやね。いいよ、それで」

「お昼……思い出した。予定が変更になったから、お母さんがぶつぶつ言ってたっけ。あなたがいない間に友達と豪華ランチに繰り出すつもりでいたのにって」

「ん?」

「お昼ご飯、広海だけじゃなく私の分も用意しなくちゃいけなくなったのをぼやいているの。申し訳ないから、私達、外で済ませるのはどうかな。ファーストフードになると思うけど」

「えっ」

 短い応答二連発になったが、状況は理解している。あまりの唐突な流れに、心構えができていないだけだ。

 三井さんはいつものように手首を返す動作から、腕時計を見て言った。

「このあと、そうね――四十分後ぐらいに学校で待ち合わせて、練習してから外に出てお店で食べて、また学校に戻る。どう?」

「わ、分かった。それで行こう」

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