第四話「目覚め」Part1
「キース達から連絡は?」
医務室に戻ってきたレデリカは椅子に座り、リースに背中の傷を手当してもらっていた。
「あったよー。『周囲の安全を確保してから戻る』だってさ」
「そう。―――っ!いった〜…」
「あ、あともうちょいだからっ!」
傷口に針が刺さり、鋭い痛みが走る。
「…にしてもさ、ほんっと生身だなんて無茶なことしたね」
リースはそう言いながら皮膚と皮膚を糸で繋ぎ、傷口を縫合していく。
「そうだけど、じゃないと今頃ここは…」
「パチッ」と糸を切る音が聞こえ、リースは手を軽く肩に乗せる。
「…アーちゃんは連れてかなくて良かったんじゃない?」
それを合図に振り返ると、リースは壁を見ていた。その視線の先にあるのは、アメリアが眠っている治療室―――
「私だってここで待ってて欲しかったわよ。けど選んだ道を否定したら、アメリアが努力してきたことが報われなくなる気がして…」
そう言いながらレデリカは服を着、上着を着た。
「あっはは、まるで母親みたいだね」
「リースだって分かるでしょ?」
「まぁね」
ここにいる全員分かっている。個人が本気で選んだことを、否定する権利は誰にもないことを。例えそれが、望まないものであっても…
「
「何とか峠は越したわ。あの時もっと早く駆けつけられれば良かったんだけど…」
もし早く駆けつけられていれば、アメリアも
「私が間に合ってほんとによかったよ。流石にレデリカでも多勢に無勢だったかな?」
「多対一で不利なのは当たり前よ」
レデリカの呆れ声に「ごめんごめん」と笑うリース。
「それに、ほんと今回は予想外過ぎたからね」
「全くだわ。通信が全部ダメになるなんて今まで…」
通信機器が全滅するなんて今まで1回もない。しかも、通信障害にAGUは全く関わっていない事が分かった。なら恐らく、この事態を起こした原因はーーー
「そういえばさ。アーちゃんと一緒に救助した彼…なんか分かる?」
「いいえさっぱり。後で彼が持ってた携帯機器を調べてみるつもりだけど…」
救助した彼が持っていたものは、どれも
「それかここの新入生とかだったり?」
「名簿を見たけど、どこにも載ってなかったわ」
レデリカの言葉に、リースは腕を伸ばして言った。
「じゃあ今わかってるのは、彼が『
「そうね」
一つだけ分かっている事、それは
「あと問題なのは、彼は『害ある存在』なのかどうか」
「それが一番の難題だねー…」
リースはそう言いながら首を傾げた。
「レデリカはあの少年どう思う?」
「…正直、よく分からないわ」
…そう、分からない。あの青年はアメリアを誰にも見つからぬよう茂みに隠し、位置情報を発し、彼女の端末を奪うことなく自らを囮にしてTODLFを引き付けていた。本来ならそれが『害』そして『敵意』の無い大きな証明なのだが―――
「でも少なくとも彼、この世界と何かしら関係がある」
―――その事が唯一の引っ掛かりだった。何故、彼は
「レデリカもやっぱそう思うか。上にはなんて報告する?」
「…そうね。まずはこの事を支部長に伝えましょう。上に報告するのはそれからね」
「オッケー。じゃ、さっそくガル爺に言ってくるよ」
そう言うとリースはイスから立ち上がり、ドアに向かっていった。
「リース」
ドアに差し掛かったところで呼び止め、リースはこちらを振り返る。
「ん?」
「あなたが来てくれてほんとに助かったわ」
「そりゃあ…急に連絡できないんだもん飛んで行くよ。ま、一つ大きな貸しを作ったって事で
何故か妙に気になることを言い、リースはIDを端末に
「それにお礼ならあの少年に言いなよ。彼がいなかったらアーちゃんどうなってたか…」
「そうね。後で―――」
「―――…レデリカ」
そこで、突然後ろから声が聞こえた。振り返ると、治療室を隔てるドアを開け俯いているアメリアがいる。
「アーちゃん!」
「あ、アメリア!?」
レデリカは慌てて立ち上がりそばに駆け寄った。
「駄目じゃないまだ安静にしてなきゃ…!」
「………」
だがレデリカの言葉にアメリアは何も言わなかった。ただ何かを言いづらそうに、下を俯いている。
「…どうし―――」
「―――どわっはっ!?」
すると、いつもと違う様子に身体の具合を聞こうとした瞬間、リースの声が響いた。それと同時に机上にある棚から食器類がなだれ落ち、派手に音が響く。
「ちょっと大丈夫!?」
「―――くッ…この低身長まじ詰みゲーまじクソゲー…」
手にコップを持ち、食器に埋もれているリースはボソボソと呟きながら体を起こした。そしてレデリカ達を見て苦笑いする。
「いやーごめんごめん。ちょっと奥のコップを取ろうとしたらつい…―――ってえ通信?」
突然ポケットから電子音が響き、リースは端末を取り出して応答する。
「…せ―――」
「―――ぬわんだってっ!?」
せめてそこから出るよう促そうとした瞬間、今度はリースの絶叫にも近い声によって遮られた。
「そ、それで場所はっ!?う、うん!うん!分かった!今すぐ行くっ!!」
そう言うとリースは慌てた様子でドアまで走った。
「ごめん急用ができたから行くね!アーちゃん無事でほんとに良かった!!そんじゃまたねぇーーー!」
「あちょっ!……全く…」
せめて片付けてからにしなさいよって…
そう思いながらレデリカは床に膝をつき、食器を拾って重ねていった。
「………」
すると、すぐ後ろにアメリアの存在を感じた。
「ほーんと困ったものよね。ガラスじゃないからいいけど、それでもし割れてたら―――」
「―――ごめん…」
突然、小さな声でそう言った。
唐突な謝罪に驚いたが、すぐに何に対してなのか分かった。
「ごめん…約束守れなくて…」
『約束』…それは
「…ほんとよね」
そう言うとレデリカは立ち上がり、アメリアの前に立った。
「一体どれだけ心配したと思ってるのよ」
「ごめん…」
そう呟くアメリアに「ふぅ」と小さく息を吐くと、レデリカはぎゅっと抱きしめた。
「―――」
「でも謝らなくたっていいのよ。…分かってるから」
きっと、自身がアメリアと同じ状況に陥った時、全く同じことをすると思う。
「守りたかったんでしょ?」
「…うん」
TODOLFの出現位置の近くには、タワーの他に、周辺市街地を守る防衛施設『カリアの塔』があった。それを破壊されれば、またあの悲劇が生まれてしまう。だからアメリアは―――
「あなたは間違ったことはしてない。ちゃんと皆を守ったんだから」
アメリアの強さは誰よりも分かっている。だが、それでも逃げてほしかったと思うのは私が甘すぎるのだろうか…
「………」
「―――さて、そろそろ彼の様子を見に行かないとね」
レデリカは表情を緩めると、そう言ってそっとアメリアを離した。
「あなたはもうちょっと休んでたら?」
「…もう大丈夫」
「そう。無理はしないようにね」
「…分かってる」
―――ピピッ
そこで、治療室前にある機器から電子音が鳴った。
「どうやら終わったみたいね」
きっと今頃医療用カプセルのカバーが開き、彼の姿が現れているはずだ。
「少しの間席を外すけど、あなたはどうする?」
「…一旦部屋に戻る」
「了解。それじゃあまた後でね」
そう言ってアメリアの横を通り、治療室のドアを開ける。
「―――一つ言っておくわアメリア」
だが中に入る寸前、振り返り、レデリカが言った。
「あなたが応戦してくれてたから被害が出ずに済んだ。あなたが皆を守ったのよ」
「…ありがと」
最後に薄く微笑み、レデリカはドアを閉めた。
さて…
まだ仕事は終わってない。医療用カプセルの前まで移動すると、その隣にある物を見下ろした。視線の先にあるのは彼が持っていた私物。
「悪いけど調べさせてもらうわね。あなたは一体誰なのか…」
Multiple Worlds 赤輝 ウユキ @akateru
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