「赤髪の少女」Part Final
「はぁ…はぁ…くそッ…!!」
ユウキは草木を駆け抜け、銃声の鳴る方向へ突き進んでいた。
ほんと馬鹿みたいだ…!
自分ではなく他人の為に走ってるなんて。しかも銃声が鳴り響く場所に向かってるのだから死の危険が常にある。
「マジで命が幾つあっても足りねえよ…ッ!」
だがここで立ち止まれば、一生拭えない後悔に苛まれることになる。
助け出せたら絶対恨み言ってやる…ッ!
怖い。逃げたい。その感情が心を蝕み、自己中心的な事しか考えられない。
すると、突然何も聞こえなくなった。
最初から何も無かったかのように、辺り一帯が静寂に包まれる。
「―――!?」
ユウキは嫌な予感を覚えた。
「くそどこだよ…っ!!」
ユウキは走りながら、懸命に辺りを見回した。
銃声が聞こえない…つまり決着がついたということ。少女が勝ったのか、それとも…
「―――わッ!?」
すると突然、何か柔らかい感触につまづいて転んでしまった。
「って…!」
今の違和感に起き上がり後ろを確認すると、そこにあったのを見て身の毛がよだつような怖気を感じた。
「―――!?」
そこにあったの人の手だった。言葉にならない衝撃を覚え、後ずさりすると、今度は手に土ではない液体に触れた感覚が伝わってきた。それは粘り気があり、何故か生温かい。液体が流れてる先を目だけで追っていくと、その先にあったものを見て絶叫してしまった。
「うわァァァッ!?」
そこには四肢がない遺体があった。更に気付くと周りに同じような遺体がいくつもある。
「何だよ……これ…!?」
身体の震えが止まらない。恐怖が一気に心を取り込み、半泣きになりながら顔を俯けた。
人が…っ!
人が死んでいる。
草木を血に染め、原型を留めてない者。腹部を貫かれ、また抉り取られている者が―――
「ヴっ―――」
凄惨な光景と死臭が鼻をつき、異物が込み上げてきた。口を押さえ既で耐えるが、手に付着した血を見て嘔吐してしまう。
「…ハァ…ハァ…!」
過去の映像がフラッシュバックする。映像が脳裏に映し出され、その度に心臓を握り潰されるかのような苦しみが襲ってくる。
同じだっ…!
あの時と同じ。1度は押さえ込んだトラウマがまたぶり返し、涙が地面に零れ落ちた。
「嫌だ…!もう嫌だっ…!なんでこんな事にっ…!!」
―――ただ帰ろうとしてただけなのに。―――何も悪い事をしていないのに、何故このような仕打ちを受けなければならない。
「う…っ…!く…っ…」
逃げたい…っ!
ユウキから「助けないと」という感情が消えていく。
この状況を見れば当然だ。銃声と咆哮、そしてこの光景。何がこうしたのか分からないが、この悲惨な状況で少女が無事だとは考えられない。
そうだ。だからもう逃げたって………ーーーっ!
ユウキの中で感情が入り乱れる。
「―――ぁ……ぐ…っ…」
するとその時、どこからか声が聞こえた。
……声…?
「か……っ…ぁ…!」
その声は苦しそうで、まるで息がまともに吸えていないような―――
「―――!?」
顔を上げ、ふと声のする方に目を向けた時、そこにあった光景を見て心臓が跳ね上がった。そこにいたのは―――
「…何だよ……あれ…」
そこにいたのは、木の幹に叩きつけられている少女―――と、その少女の首を締め付けている悍ましい化け物だった。
「何なんだよ……あれ…!」
「ヴゥ"ゥ"ッ!」
化け物は唸りを上げ、少女は苦痛の声を上げている。
…このまま…じゃ…!
このままでは少女は殺される。だが自分に何ができる。自分じゃ何の力にもなれない。
俺じゃ無理だ…
少女の手から徐々に力が抜けていく。
…助けられない…助けられないよ…!
「俺じゃ…っ!」
―――だがその時、少女の顔が見えた。
………!
少女は泣いていた。何かを呟くと同時に、大粒の涙がいくつも頬を伝っていく。
ユウキの脳裏に、ある光景が映った。
崩壊したコンクリート壁。そこに張り付けられ、腹部から金属片が突き出ている妹がーーー
『ーーーお兄…ちゃん……!』
「真生……?」
妹の姿が少女の姿とダブる。そして更に重なるようにノイズ混じりの光景が―――
…そうだ。俺は
極限状態の中、ユウキはハッキリと思った。
もう誰も、目の前で殺させないって…
『真生っ!!』
散々思い知った。身近にいる誰かを、目の前で失う怖さを。
俺は
……駄目だ…
ユウキはこの状況を否定した。
…駄目だ…
もうあんな事。
「…駄目だ…駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だッ…!!」
ーーーッ!!
ここから先は、反射的だった。
ユウキは咄嗟に落ちていたナイフを拾い、何かに突き動かされるように駆け出した。
「やめろォォォーーーーーーーーーーーーーッッ!!」
こちらの声に気づいたのか、少女が一瞬だけ目を向ける。だがそれはほんの微かな動きで、今にも命が消えかける。
―――死ぬな死ぬな死ぬなッ!!
自分がどうしてるか分からない。ただユウキは勢いよくナイフを振りかぶると、化け物目掛けて振り投げていた。
「ヴァ“ァ"ッ!?」
ナイフは化け物の腕に突き刺さり、手を離すと鞭のようにうねり動かす。
「クッ!!」
少女が放されるとともにユウキが飛び込み、間一髪で抱きしめた。しかし受身が取れず、そのまま側面から落ちて滑っていく。
「……いッ…ッ…」
右肩と脇腹が痛む。
だがその痛みに耐え、ユウキはすぐ様起き上がると気を失っている少女を抱えようとした。
早く早く…!!
数メートル先から尋常ではない殺意を感じる。
少女を抱えるとユウキは全速でその場から離れようとした。
「ウ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ッ!!」
だが木々の中に入る寸前、鼓膜が破けるほどの咆哮がこだました。
「―――!?」
嫌な予感を感じ、恐怖に呑まれながらも振り返ると、化け物がこちらを凝視し不気味に佇んでいる。
そしてうねる腕からナイフが抜け落ちた瞬間、後ろの巨大な岩石を掴み上げユウキ目掛けて投げ飛ばしてきた。
「ざっけんなっ…!!」
すぐに木の幹に隠れ身を隠すと、すぐ真横を岩石が通過していく。
化け物は再び咆哮をあげ、重い足音でこちらに近づいてくるのが分かった。
…どうするどうするッ…!!考えろ俺ッ…!!
今動けば見つかる。見つかれば助からない。だがその時、少女の腰に着いている端末が目に入った。
……っ…
それを見て、1つの突破口を思いついた。だがそれは―――
「―――くそっ…!何でもっとマシなの思いつかねぇんだよ…!」
考えている時間はなかった。
ユウキはその端末を手にとりカバーを外すと、バッテリーチップを抜き取って少女のポケットに入れた。
これで
簡易的だが位置情報を発信した。
少女を茂みの中に隠し、どこからも見えないようにする。
「スー…ハァー……」
深呼吸をし、覚悟を決める。
ユウキの手には手榴弾があった。少女を茂みに隠す時に装備していたのを借りたものだ。
「やってやる…ッ…!」
恐怖で足が震え、だがそれを意地で抑え込む。
ユウキは手榴弾のピンを抜き、茂みから飛び出すと化け物目掛けて投げ込んだ。
「ヴァ"ッ!?」
手榴弾は化け物の眼前で爆発し、黒煙が辺りを包み込んだ。
今ッ…!!
「―――こっちだッ!!」
視界が遮られているうちに距離を離し、大声で化け物の注意を引く。
「ガァ"ァ"ッ!!」
すると狙い通り化け物はこちらを振り向き、猛然と迫ってきた。
そうだ、こっちに来い!!
このまま少女との距離を離す。
そうすれば標的は自分に切り替わり、少女が襲われる可能性は無くなるはずだ。もし今目を覚ましても、端末にバッテリーを入れて助けを呼んで逃げてくれれば…
「はぁ…!はぁ…!」
ユウキは時折振り返り、全力で走った。
マジでとち狂ってるのかよ俺…っ!
赤の他人の為に自己犠牲を選ぶなんて。それにユウキは木々の中に入り少しでも距離を稼ごうとするが、化け物は障害物をものともせず全てを薙ぎ倒しながら迫ってきている。
「っ!!」
少しづつ距離を詰められる。
死にたくないっ…!!
逃げれるだろうか。撒けるだろうか。家に帰れず死ぬ気は毛頭ない。
だがまだ少し。せめてあと少しだけ距離を―――
「―――!?」
突然地面を蹴る音が聞こえ、後ろを振り向いた瞬間、飛び出した化け物が腕を鋭利状に変化させ、ユウキに向けて突き出してきた。
何とか避けようとするが、動きが間に合わない。
化け物の鋭利状の腕はユウキの肩を深く切り裂き、その勢いで吹き飛ばされてしまった。
「ガ…ッ"…ァ"ッ!!」
左肩に猛烈な痛みが走る。立つことすらままならない。刺傷部分から血が溢れ出し、左腕を真っ赤に染め、指先から血が滴り落ちていく。
「ヴゥ"ゥ"ッ」
化け物の影がユウキを覆う。
「ハァ…ハァ……」
大量の出血により、意識がハッキリと定まらない。
くそ…くそっ…
視界がぼやけてくる。
朦朧とした意識の中で顔を上げると、化け物が鋭利状の腕を振り下ろそうとしていた。
もう逃げることはできない。できるのは、命を刈り取られる瞬間を待つことだけだ。
死にたく…ない…
だがいくらそう願おうとも、もうどうする事もできない。
そんな時、あることを思った。
あの子は…
あの少女は助かっただろうか。十分に距離を離せただろうか…
帰りたい…
あの思い出が蘇る。
身も蓋もない話なのに笑ってくれて、外に出れず引きこもっていたのに優しくしてくれて、向き合ってくれて、実の親のように思えて…帰りを待ってくれている二人の元に…
「帰りたい…!」
涙を含んだ声で呟いた時、目の前にいる化け物の腕が振り下ろされ―――
『―――真打ち登場ッ!!』
だが突如として声が響いた瞬間、奥から黒い機体が現れ、腕にある杭を撃ち込むと化け物に巨大な穴を作った。
轟音が響き、辺りに血が飛び散る。そして振り下ろされていた鋭利はユウキの横スレスレに突き刺さり、化物はその場に崩れ落ちた。
『はーっ!間に合ったーーッ!』
……助かっ…た…?
化物はピクリとも動いていない。目の前の謎の機体が倒してくれたようだ。
「………」
緊張が解けていく。それと同時に体から力が抜け、ユウキはその場に倒れこんでしまった。
『あ!ちょ、ちょっと!』
あの機体から声が聞こえる。何とか声を絞り出そうとするが、身体が言うことを聞かない。
やっ…ぱ死ぬのか…
意識が深い闇に沈みかけている。
頬に生温かい血液の感触が伝わり、肩から血溜まりを作っていることが分かった。
……ほん…と…馬鹿みたいだ…
まだやり残していることが沢山ある。だが感覚も、感情も全て感じなくなっていく。
だがそんな中ハッキリと浮かんだ我が家の光景。
……ごめん…ごめ…ん…
そしてその直後、ユウキの意識は深い闇にへと沈んでいってしまった。
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