日常

「きょうは夕方、ジュディさんちのお手伝いに行くから、お夕飯はちょっと遅くなると思う」


 仕事に出かけるナギを見送りながら、ユメリアが言った。


「力仕事がいるなら、俺も時間の都合をつけて手伝いますよ」

「ありがとう」


 春は近いが、まだまだ寒い日が続いていた。ジュディは三日前に腰を痛め、床に伏せっている。


「どこかの外国では『魔女の一撃』なんて言うらしいね……」


というわけで、近所の女たちがかわるがわる家のことを手伝っていた。もちろんユメリアもそのひとりで、「ご恩返しができる」と張り切っている。


 そのなかで、ユメリアはひとつ気がかりなことがあって――。

 

 それは、ふだん付き合いがない女たちと顔を合わせると、みなが指輪を見ることだった。ナギからもらった指輪は、見るからに黒ずんできている。ナギもときどき、「その指輪……もう」と言いかけることがあった。そのたび、ユメリアは「そんなこと言わないで」とちょっとムッとするのだった。


 磨いても磨いても、きれいにならない指輪。それどころか、メッキがはがれてきている。ユメリアの手元を見るたび、ナギがあまりに悲しそうな顔をするので、ユメリアがチェーンを買って指輪を首から下げるようにしたのは昨日のこと。ネックレスがわりにして、服の下に入れている。


「こうすれば、ずっと身に着けていられるもの」


ナギはほっとした顔をした。


「新しい指輪を……」

「だめだよ。わたしはこの指輪がいいんだもの」


 そう言いながらも――。近ごろユメリアは、新しい指輪がほしい、と思うようになった。もっともっと永く光って、ナギ自身がそれを見て、笑顔になれるもの。自分が贈ったのだと胸を張れるもの。


 でも、そんな指輪はなんだか高そう。お針子仲間と仕事帰りにウィンドウをのぞいてうっとりする、高そうな宝飾店に売っているもの。


――いつか家を買うために、お金だって貯めたいし。


 だから、それはいつかの話。

 

 ユメリアは襟元から指輪を取り出し、そっと見つめた。服の下にまたしまって、スカーフを頭に巻く。


――お針子の仕事をして、それからジュディさんちへ行って……。そうだ、今日はお針子の仲間のセルマもお手伝いに来てくれるって言っていた。夕飯はどうしようかな。


 今日も忙しくなりそうで、でも、それがユメリアには楽しみだった。セルマやみんなとおしゃべりをしながら手を動かして、まだ腰が痛いくせにすぐに動きたがるジュディを止めながら家事を手伝い、ナギとその日にあったことを報告し合う。


「行ってきます」


 ユメリアは誰にともなくそう言って、扉を閉めた。

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庭師とその妻 丸毛鈴 @suzu_maruke

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