第6話 戦士たちの叫び

 木立の遠く向こうから、ADAMの咆哮が聞こえる。悲しみと怒りの籠った声だ。地面に伏せたADAMの死体から、二本のコンバットスピアを引き抜く。いま殺したADAMは、体躯が小さく、表皮がつるつるとしていて、皺がまったくなかった。月齢三か月ほどの若いオスだ。いま聞こえたADAMの咆哮は、彼の親兄弟のものかもしれない。

「シーラ隊長、どうですか」

 ヘルメットの中に響く声。ロゼからの無線だ。

「前方に何体かいる。他はわからない。私が先行する。警戒陣形で前進しろ。全方位を気を配りつつ、いつでも密集陣形に移れるように」

「了解」

 ロゼは言った。流石はベテランだ。ADAMの大規模繁殖地攻略という大作戦のさなかでも落ち着いている。だが、他の小隊員たちはそうでもない。ニナからは明らかに恐怖の感情が伝わってくるし、ヘレンは緊張で集中できていないように見える。レタとヒルダはおびえてはいないが、少し興奮し過ぎているようだ。

「後ろを警戒する意味がわかりません。こっちはあいつらを包囲してるんですよ。後ろにはあの超重戦車も控えてます。前方に戦力を集中すべきですよ」

 レタはいった。レタの言う超重戦車はBCFの虎の子で、50cm艦載砲を乗せたゲテモノだ。動きは遅いし、地面がしっかりしているところでなければ走ることもできないが、投射できる火力は言うまでもなく絶大。あいつの主砲ならば20㎞離れたところに居るADAMを仕留めることも可能だ。しかし、味方を巻き込む可能性や、伏兵との突発的な戦闘、射角のことを考えるとそれほど信用できるものではない。私がそのことを指摘しようと口を開く前に、ロゼが割り込んだ。

「ADAMが挟み撃ちしてくることなどないと?」

「そうです」

「それでお前の前任者は死んだ」

 ロゼが静かな声でそう言うと、レタは押し黙った。そのわずかな身じろぎで、強化装甲服パワードアーマー越しにも、恐怖が伝わってくる。

「でも、ADAMには大した知性はないとアルゴスが――」

「知性のあるなしは関係ない。すこしの油断が死に直結する。なにが起こっても対処できるように警戒しておけと言ってるんだ。ですよね、隊長?」

「ああ、ロゼの言う通りだ」

 私は余計なことを言ってしまいそうになるのをぐっとこらえて、首肯する。

「ADAMはそこら中に潜んでいるぞ。奴らはすぐ増えるからな」


 確かに、繁殖力は知性と並んでADAMのもっとも優れた点の一つだ。ADAMは約半年で成体となる。実にヒトの四十倍の速さ。いまだに、ADAMとの戦闘初期に受けた打撃を癒せず、男も女も、子どもですら見境なく徴兵している人類側とはまったく違う。自動複製型装甲化兵力(Automatic Duplicating Armored Manpower)の名に恥じぬ繁殖力と言えるだろう。

 ある多国籍企業が秘密裏に開発していた生体兵器。それがADAMだ。その存在に社会が気が付いたのは、逃げ出したADAMたちが繁殖し、手遅れになってからだった。

 ADAMは知性なき怪物ではない。人類とほぼ同等の知性を持つ生き物だ。この事実はアルゴスによって伏せられている。いま人類と対峙している敵が、人間に似た身体を持ち、人間と同じだけの知性と、人間以上の繁殖力と身体能力を持った生き物であるという事実は、社会に不可逆的な混乱をもたらす。それが、アルゴスの予測だった。

 ゆえに、戦術騎士たちにすらADAMの真実は知らされていない。知っているのは上層部と、私や隻眼のシンディのような古株だけだ。もしくは、ロゼのような疑い深く、観察力に富んだ戦術騎士たち。彼女らは、ADAMがどういう存在なのか勘付いている。

 アルゴスは社会の安定と、ADAMの知能を見誤って死んでいく戦術騎士たちの命を天秤にかけて、社会の安定を選んだ。思うところはある。だが、いまの社会は、一度バラバラになった人々を、ADAMへの敵意とシタデルで暮らすという一応の安心とで、なんとかまとめている状態だ。なにかあれば、簡単に崩壊するだろう。それはだけは、避けなければならない。


 口笛を吹く。なにかを言ってしまわないように。私は部下たちにADAMの得意とする戦術や、ADAMの咆哮に意味があることを教えてやることができない。納得しているつもりなのに、特に戦闘中はつい言葉が漏れてしまいそうになることがある。部下たちが私のわかりやすいごまかしをただの奇癖と思って受け入れてくれるのは幸運なことだ。私は知らなくて良いことを知り過ぎた。

 昔流行ったラブソングの口笛を吹きながら小隊より少し先を進む。隊長である私を失ったり、他の小隊員へのカバーが遅れるリスクはある。しかし、それを加味してもやはり私が斥候に出た方が小隊員の生存率は上がるのだ。部下たちは感じ取れないADAMの攻撃の予兆を私なら感じとれる。

 そして、またADAMの咆哮が聞こえた。ひと際長い遠吠えのような複数の声。これは私が『ウォークライ』と呼んでいるものだ。仲間たちを鼓舞し、敵に恐怖を与えるための鬨の声。ADAMの攻撃が来る。

「ADAMが来る。たぶん二体」

「聞いたか? 接敵準備!」

 ロゼが叫ぶと、小隊員たちが見事な密集陣形ファランクスを取った。練度が目に見えて上がっている。やはり、実戦経験を積んだ者は違う。今回も生き残ることができれば、彼女たちはより強くなれるはずだ。

 ADAMの足音が聞こえてくる。かなり大きい。成熟した個体だろう。私はコンバットスピアを握りなおす。数秒後、近距離レーダーにも赤点が表示され、二体のADAMが猛烈な勢いで迫ってくるのがわかる。そして、茂みを突き破って二体のADAMが姿を現した。私はその姿を見て驚愕した。

 ADAMが、コンバットスピアを持っている。二体のADAMは私たちの姿を認めた途端、スピードを落とし、二足で立ち上がった。右手にしっかりとコンバットスピアを持ち、姿勢を正してこちらを見据える姿は、今までのADAMとはまったく異なるものだ。その仕草からは戦士としての誇りと決意すら感じられる。それを見て直感する。この二体は強い。

「退避しろ」

 私がそう言っても、小隊員たちは動かなかった。無理もない。ADAMが武器を――しかも、戦術騎士の武器を持っているなんて、悪夢以外の何物でもない。

「後退しろ。あいつらは私が相手をする」

 そう言ってやっと、小隊員たちは密集陣形ファランクスを崩し、後退を始めた。

 アルゴスによれば、ADAMが十年以内に道具を使えるようになる確率は、三十万分の一だったはずだ。アルゴスめ、見誤ったか。

「いや、人類がババを引いたのか」

 槍持ちの二体のADAMは小隊員たちを追いかけるつもりはないようだった。二体の瞳はまっすぐ私だけを見ていた。私を倒すためには一体では無理だとわかっているし、二体ならば私を倒せると確信している。慢心はなく、自信に満ちている。

「ふふっ」

 私は自分の口の端が持ち上がるのを感じた。悪い癖だ。だが、私がこういう性格でなければ、到底この年まで戦い続けることなどできなかっただろう。久々の強者の予感に、闘志がみなぎり、全身が震える。

 無線を切り、コンバットスピアを二体のADAMに向けて、私は言った。

「さて、新人ポストヒューマン諸君。手合わせ願おうか」

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緩やかな騎士たちの決闘 デッドコピーたこはち @mizutako8

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