澄み切った景色の中の冷たい恐怖

 行方不明になった大学の先輩が以前に語っていた、奇妙な思い出のお話。
 まさに怪談、といった趣の作品です。趣味で怖い話を集めている『私』が、後に失踪することとなる先輩から聞かせてもらった、幼い頃の不思議な逸話。冒頭ですでに「失踪」という不吉な結果が確定されているのと、伝聞という形式の扱い方がとても巧みで、するする物語に引き込まれてしまいました。
 お話の空気感が好きです。開放的な自然の風景に、空と水の青さを感じさせる描写。加えて、まるで幻想的な出会いのようなものまで描かれており、一瞬怪談であることを忘れそうになってしまうほど。
 ズンズンのし掛かってくるような怖さはなく、見える景色はとても綺麗なのに、だからこそ余計に恐ろしいものがあるような感覚。なんというか、絶対よからぬ存在だというのはわかっているのに、それでもつい何か幸せな結末を願ってしまうかのような、この読み手の願望のようなものを引っ張り出す力が最高でした。だって先輩、本当に何も悪いことしてないのに……。
 どちらかといえば郷愁や感傷を煽られるかのような光景に、いつしかついつい思い入れてしまい、であるが故に効いてくる失踪という結末の不穏さ。いわゆる怪異であるところのその存在に、でも美しく幻想的なイメージを抱いてしまっているからこその恐ろしさ。
 総体としては、優しく綺麗な物語でありながら、でもそうでなければ語り得ない種類の恐ろしさを叩きつけてくれる、鋭い技巧を感じる怪談でした。狙いどころというか、急所を静かに刺突される感じ。