第二話 妄想ジジイ、ラノベを書く(ラブコメ編)
「今度はバッチリじゃぞ、
早朝から俺の部屋に乱入してきたのは、またしても祖父の
「なんだよ。休みの日くらい、ゆっくり寝かせてくれよ」
「いい若いもんが何を言っとるか。さあ、起きるんじゃ」
そう言って多米造はすごい力で、俺の布団を引きはがした。本当に八十過ぎなのか、このジジイは。
「前回は少し勘違いがあったからのう。今度は大丈夫じゃ!」
覚めきらない体を無理に起こす俺に、多米造は興奮気味にそう話す。
先日彼が書いた作品は、適当なタイトルをつけて投稿サイトに掲載してみたものの、一ヶ月以上が経った今でも全く読み手がついていない。まあ、予想通りの結果だ。
だが、この爺さんにはそれが大層不満だったらしい。俺のパソコンの画面を睨みつけながら「
それからしばらく彼が部屋に閉じこもっていたのは、おそらくまた何かを執筆するためだろう。そう予想していたものの、まさか日曜の朝五時に叩き起こされるとは思わなかった。
「さあ、読んでもらうぞ」
そう言うと、多米造は
「どこに入れてんだよ!」
強引に手渡されたその広告は、生温かく湿っていた。俺は嫌々ながらそれを指先で摘まみ、そっと裏返す。
タイトルは「かわいいと評判の年下の幼馴染がなぜか俺になついて離れないのだが」と書かれている。前回と比べ、格段の進歩。俺は驚きを隠せなかった。
「へー、なんかそれっぽいな。今度は恋愛ものか?」
「そうじゃろうとも。今回のわしは一味違うぞ」
自信ありげに腕を組み、椅子に腰を下ろす多米造。俺はかすかな期待を胸に、物語の本文に目を向けた。
出だしの内容はこうだ。「遅刻、遅刻!」と言いながら、玄関を飛び出す耕一。その視界の片隅に、不意に何者かの影が差し込む。それは隣家の門柱の間から現れた、
「おい」
「なんじゃ?」
「また俺が主人公か?」
「うむ、今回は恋愛ものじゃからな。あまり感情移入し過ぎて、鼻血を出さんように気をつけるんじゃぞ」
「ぐっ……。ところで、この見目麗しい赤ん坊ってのは?」
「タイトルに書いてあるじゃろ? 年下の幼馴染じゃよ。ほれ、お隣の
「アホか! 赤ん坊相手に恋愛もクソもないわ!」
「甘いのう。
言う事だけは一丁前だと思いつつ、俺はさらに読み進める。
次のシーンでは、急に泣き出した赤ん坊を主人公が抱きかかえて必死にあやす。すると途端に赤ん坊は泣き止み、嬉しそうに笑い出した。
「まさか、これが恋の始まりとか言うんじゃねえだろうな?」
俺の問い掛けに、多米造は不敵な笑みを浮かべる。
「ふふ、赤ん坊が泣いた後で笑っておるじゃろ? これぞ、かの有名なツンデレと呼ばれる手法よ」
「……はあ」
俺は大きく息を漏らすと、何も言わずに続きを読んだ。
赤ん坊を抱きかかえた主人公の前に、マロンという名の女が現れる。次の瞬間、彼女は主人公に向かって得体の知れない物体を口から吐き出した。紙一重で
「なんじゃこりゃあ! これのどこが恋愛ものだ!」
俺は堪え切れずにそう叫んだ。
「ええか、耕一。よく聞け」
身を乗り出す多米造に、自信が揺らぐ気配はない。
「まず第一に、これは三角関係というやつじゃ。耕一とミヨちゃんの仲に,マロンが嫉妬しておるのよ」
「嫉妬どころか、もはや異能バトルだろうが! そもそも、このマロンて女は何者だよ?」
「隣の
「それでマロンかい! 赤ん坊とババア相手に三角関係って、俺の守備範囲は宇宙よりも広大か!」
「まだある。第二に、マロンが口から吐いた物が重要じゃ」
多米造はそう言って指を二本立てる。
「正体はもちろん入れ歯、いわゆる投げキッスというやつじゃな」
「違う! 投げキッスはそんなんじゃない!」
全力で否定するが、目の前のジジイは聞く耳を持たない。彼は三本目の指を立てながら、こう続けた。
「最後に三つ目。壁に身を打ちつけたマロン、ずばり壁ドンじゃ」
この作品はホラーかもしれない。隣の婆さんとの絡みを想像してしまった俺は、もう吐き気を抑えるだけで精一杯だった。
それ行け!妄想ジジイ! 藍豆 @Aizu-N
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