それ行け!妄想ジジイ!

藍豆

第一話 妄想ジジイ、ラノベを書く(異世界編)

「できたぞ! 耕一こういち!」


 そう言って遠慮なく俺の部屋に入ってきたのは、祖父の多米造ためぞうだった。よわい八十を過ぎたが、身体は健康そのもの。食欲旺盛で、好物は唐揚げとカニチャーハンだ。

 一方で最近は、頭の方が少し困ったことになり始めている。痴呆というわけではないのだが、様々な事に対して思い込みや妄想が強くなった。言い間違いや聞き間違いも日常茶飯事。たまに俺と妹の名前を間違えて呼ぶ。

 俺はパソコンの画面から目を離すと、ドアの方へと視線を向ける。本当は思春期の中学生の部屋にノックもなしに入ってきたこの爺さんに文句の一つも言いたいところだが、そこは敬老の精神でグッとこらえた。


「できたって、何がだよ?」


「決まっておる。羅乃兵衛らのべえじゃ。お前が教えてくれた羅乃兵衛とかいう読み物じゃよ」


「ラノベーじゃなくて、ラノベな」


「おう、それ。それのことじゃ。とにかく読んでみろ」


 そう話す多米造の手には、数枚の新聞折り込み広告が握られている。


「チラシの裏に書いたのかよ?」


「うむ。まだ試作段階じゃからな。さあ、読むんじゃ」


 俺は仕方なくそれを受け取った。

 出だしからいきなり「トコトコ。ブーン。キキー! ドン!」という擬音語まみれ。次に「うわー!」というセリフが続き、さらには「あなたは死にました」と誰かが言う。

 それらが古風にも、筆と墨で書かれていた。


「なんだよ、これ? 少しは状況説明とかないのか?」


「お前から聞いたとおりに書いただけじゃぞ。羅乃兵衛は擬音語とセリフばかりと言うとったじゃろう?」


「そりゃそうだけど、これは極端過ぎると思うぞ。これじゃ主人公がどんな人物か全くわからないじゃないか」


「主人公はお前じゃ」


「俺かい! いきなり殺すなよ!」


「仕方あるまい。似非えせ界転生はそういうものじゃて」


「エセカイ?」


 俺は机の上の辞書でエセという言葉を調べた。「似非=似ているが、じつはそうではない」という表記を見つけ、あながち間違いではないと感じた。


「それで? 死んだ主人公に話しかけているのは、女神様か? ありきたりだな」


「それは閻魔えんま様じゃ」


「地獄かよ!」


 とんでもないジジイだと思った。殺すだけじゃ飽き足らず、孫を地獄に落としやがって。俺はため息をつきながら、さらに先へと読み進める。

 閻魔が「あなたは中学生にも関わらず成人向け雑誌を見て鼻血を出した罪で、血の池地獄行きです」と言い、主人公は血の池に突き落とされるという展開。

 くっ、このジジイ……。なんで俺の鼻血のことを知っている?

 その後、主人公は血の池で溺れかけるが、上から垂れてきた血まみれの糸に掴まって九死に一生を得る。俺はチラシから目を離すと、こう問い掛けた。


「なあ。この糸につかまる話、芥川龍之介の〝蜘蛛の糸〟のパクリじゃないのか?」


「それは、血糸ちいとじゃ」


「は?」


「似非界モノといえば血糸じゃと言っておったじゃろう?」


「ああ、チートね。まったく意味が違うけどな」


 もう面倒くさかったので、俺はそれ以上ツッコミを入れなかった。再びチラシに視線を落とすと、続きを読む。

 主人公は血染めの糸を登り、再び現世へと戻るが、結局それらは全て夢であったという結末。


「なんだ、最後は夢オチかよ?」


「ユメオチじゃと? 最後のは夢想むそうというやつじゃが?」


「ああ、はいはい。無双ってことね。これで終わり? ずいぶん短い話だな」


「それもお前の話を参考にしたのじゃ。最近の若いもんは、長いと最後まで読まんのじゃろう?」


「ああ、まあね」


「どうじゃ? これで今年の芥川賞はわしのものか?」


「馬鹿も休み休み言えよ。まあ、せっかく書いたんだし、投稿サイトに載せてみれば?」


「どうやるんじゃ?」


 そうは言ったものの、パソコンや携帯電話が使えない多米造には無理だと思い直す。


「いいよ、俺がやってやるから。それで、この作品のタイトルは?」


 多米造はポカンとした表情を浮かべながら、俺を見る。


「何を言っとる? それがそうじゃ」


「は?」


「そこに書いてあるのは、全部タイトルじゃ」


「なっ? この文が全部だと?」


「最近の羅乃兵衛は、ほとんどがそうなのじゃろう?」


 その多米造の言葉に、俺は反論できなかった。

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