Epilogue

 霧雨の帳をくぐり、真昼の白い陽射しが淡く降り注ぐ。雲間から漏れ、天窓を通り、うっすらと部屋に撒かれる光。書斎だった。壁は全て作り付けの本棚で、重厚な背表紙の本が隙間なく収められている。ひっそりと閉ざされた部屋の中には、時を重ねた紙の匂いが満ちている。

 真白の薄陽が、三人の影を淡く描き出していた。長身の女性と青年、そして小柄な少女だ。抑えた声で、会話をしている。

「大船に見せかけられた泥船に、国民がこぞって乗るわけね」

 静かな声で言い放った声の主は少女だった。華奢な白い腕で、黒い銃器を組み立てている。まっすぐに伸びた長い黒髪を涼やかに束ね、瞳は黒曜石を思わせる鮮やかな漆黒。桃花心木マホガニのテーブルの上には、解体した銃身が鈍色の光を弾いている。

「その泥船を削除してくるのが、僕たちの仕事だよ」

 少女の言葉を継いだのは、少女とよく似た雰囲気の青年。早くも銃の整備を終え、弾倉の準備に取り掛かっていた。

「相変わらず、言うわね、貴方たちは」

 苦笑を浮かべて嘆息したのは、長い金髪を後ろですっきりとまとめた女性。細身のスーツが、凛とした雰囲気によく似合っている。部屋の最奥、重厚なデスクに凭れ、女性はやれやれと肩を竦めた。

「それじゃ、行こうか……惟」

 青年が少女を呼ぶ。頷いて、少女は静かに席を立った。さらりと揺れる黒髪が、白いうなじに影を流す。

 降り注ぐ白く淡い陽射しが、青年と少女の瞳に温かな光を広げる。


 部屋を出る刹那、青年はジャケットのポケットに手を入れた。中に入ったシーグラスを確かめる。

 チェスの勝負は、今も青年の勝ち越しだ。


 まだ負けてやる気は、さらさらない。


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Climb To Hell ソラノリル @frosty_wing

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