闇に消えゆく真実
鈴音を白いベッドに移動させる。
先程より息が荒くなっていた。
額に触れると少し体温が高く、顔が赤くなっていた。
ベッドの横ではログハウスの男性が木製の棚が付いている机で、魔法陣を書いている。
魔法学院の初代首席で、魔術発展に貢献した一人でもあり、鈴音と同じ魔眼の持ち主だ。
多くの魔術師を育成して排出したが、現在は三十九歳にして山奥で隠居生活をしている。
「師匠俺はどうすればいい?」
「とりあえずゆっくりしてればいいよ。大丈夫、何も問題は無い」
とは言うものの鈴音がこんな状態だ、大人しくすることも出来ない。
ソファーに座り、床をかかとで一定のリズムで叩く。
やはり落ち着かない。もう一度立ち上がると。
「気が散る、そのまま座ってろ」
声は落ち着いていたが、その威厳のある声に歯向かうことは出来ない。
師匠の言うことに従い、大人しく座る事にした。
窓からの木々が揺れる音と、鉛筆の先が削れていく音だけが聞こえる。
「よし、書き終わった」
しばらくして師匠が立ち上がる。
どうやら準備が出来たようだ。
魔法陣が書かれた紙を鈴音の胸部に置き、その上に両手を添える。
『我 ひと時の 安らぎを与えるものに問う 汝のその力 我に与えよ』
歪みのないその綺麗な線一本一本に、魔力が流れ込み赤く光る。
全てに行き渡ると、赤く輝く線は青色に変化する。
『
部屋全体を眩い光が覆い込む。
視界が戻り鈴音を見ると、白紙の紙の上には赤く輝く小さな石が乗っていた。
「やっぱりね」
師匠はその石を手に取ると、やれやれと言った表情をしていた。
石を机の上に置き、ハンマーのような物で何度も砕く。
耳を覆いたくなるような大きな打撃音が、室内に響き渡る。
粉々になった石は輝きを失い、そこら中にありそうな砂に変化していた。
「師匠、これはなんですか?」
「これはルナール石だよ」
ルナール石、初めて聞く名前だ。
「まあ一種の魔石だよ。まだ公開されてるものじゃないけどね」
「一般公開されてないということですか」
真剣な眼差しで彼の目を見つめる。
額から一滴の汗が流れていた。
「ルナール石は、元は魔力強化の魔石として研究されていたんだ」
一般公開されない理由がわかった。
ルナール石が世間に公開されれば、悪用されるのが目に見えている。
ただそんなものがなぜ……。
「まあ一般公開されてない理由は、気づいたと思うが魔力強化だから多くの魔術師が欲しがることになるだろう。ただ、発見されたのは二年前だ。もう公開されてもおかしくない。じゃあなぜ公開されてない?」
師匠は身近な背もたれの着いた椅子に腰掛けると、右足を組んで腕を組みながら座る。
理由を考えてみたが、答えが出てこない。
「分からない?」
「すいません、情報が少ないので」
師匠はやれやれといった表情でこちらを見る。
「もう少し頭を使わないと、それでも学院の首席か?」
言われたことは正しいが、馬鹿にされたようで少し腹が立つ。
「じゃあ復習だ。魔石の情報公開、管理をしているのはどこだ?」
「それは魔術協会です」
魔術協会とは、日本魔術中央協議会の略で、主に新種魔法や魔石の管理、情報公開や魔法による事業の管理などを行っている機関だ。
「でも今回ルナール石の流出が確認された、いちばん困るのはどこだ?」
沈黙が続き、一つの答えが浮かび上がる。
「隠蔽……」
曇っていた思考が鮮明になっていく。
この状況で一番焦るのは間違いなく魔術協会だ。
設立してからもうすぐで十五年経つ。
魔術関係におけるデータを厳重に管理している機関が、このような不祥事を起こしたら必ず問題になる。
「その通りだ。多分彼らはその真相を隠そうとするだろう」
「それじゃあ真実を明かさないと──」
「やめておいた方がいいよ」
師匠は言葉を遮る。
「彼らも馬鹿ではない、既に手を打っている。それは
師匠はそう言いながら右眼を指す。
彼が開発した固有魔術、『千里眼』だ。
今回の魔眼の暴走もそれで気づいたのだろう。
「じゃあどうすれば……」
「どうしてもと言うなら漏洩先を潰すしかないかな。きっとこの事も奴にバレているだろう」
「それは誰なんだ……」
「少しは自分で考えるんだな。なんでも聞くな」
「どうしたなんだよ!」
勢いよく立ち上がり、声を荒らげる。
きっと彼は何かを知っているはずだ。なのになぜそれを隠す。
だいたいなんでそこまで知っているのに、肝心なところを伏せるんだ。
「翔太、最後に一つだけ教えてやろう」
拳に力を入れ、息を飲む。
「今回の敵はもう一度現れる。案外君の近くにいるかもしれない。俺が言えるのはそれだけだ」
「それだけじゃ分からないぞ!」
「すぐに分かるさ、くれぐれも油断するんじゃないぞ」
師匠は魔力を展開する。
「大丈夫、お前は昔から強い。その力でそこの彼女を守ってやれ。事が済んだら俺にも紹介しろよ」
転移魔法を展開し、翔太と鈴音に向ける。
「それじゃあまた今度」
師匠に伝えようとしたことを伝えることができず、師匠の転移魔法によって家へと転移させられる。
────────
翔太を家へと転移させる。
「悪いな、翔太」
また、一人だけの空間になった。
誰かが家に来るなんて、久々の事だ。
そのためか、いつも以上に部屋が広く感じた。
「さて、続きを始めるか!」
一人で意気込み、再び机に向かう。
────────
いつもどおりの部屋だ。
師匠なりに気を使ったのか、鈴音はベッドの上で静かに寝ていた。
彼女を起こさないように、静かに扉を開けリビングへと向かう。
割れた鏡を物質魔法で修復し、ダイニングテーブルの椅子に座り頭を覆うように抱えた。
外を見ると、もうすぐ日が沈もうとしていた。
しばらくすると鈴音が目を覚まし、リビングに姿を現す。
「あれ? 翔太さんじゃないですか、というかなんで寝てたんですか私」
そう言いながら向かいの席に座る。
鈴音は今日の事を覚えていないのか?
それなら今日のことは伏せておこう。
「家に帰ったら鈴音が倒れてたからびっくりしたぞ」
「え! 本当ですか!」
「ここ一ヶ月ずっと朝が早いから疲れたんじゃないか?」
「うーん、別に体調は悪くないと思ったんですけどね」
鈴音は首を傾げながら、ここ最近のことを思い出す。
「というかもう夕方じゃないですか! すいません、折角のデートを……」
「気にするな、時間はいっぱいあるんだから」
そうだ、これからも一緒に生きていくんだ。
そのためにも今回の事件の真相が知りたい。
「身近にいる」と言っていたが、あれはどういうことなのだろうか。
「翔太さんどうかしましたか? そんなに難しそうな顔をして」
気がついたら今日の出来事で頭がいっぱいだった。
「いや、なんでもない。それよりも家まで送っていくよ。帰りが心配だからな」
「そんな心配しなくても大丈夫ですよ」
「鈴音が大丈夫でも俺が心配だ。朝はどうする?」
「明日までにはいつも通りになってますよ」
「じゃあ朝も迎えに行くからな、異論は認めんぞ」
体調に関しては問題ないだろう。
ただ、鈴音の身に何かがあったらきっと後悔する。
そうならないためにも近くにいた方がいい。
本当なら普段の生活も一緒にいた方がいいような気がするが、さすがにそこまですると、鈴音の家族が心配する。
「分かりましたー」
少し鈴音は不満げだったが仕方がない。
「それじゃあ帰るか」
立ち上がろうとすると、手を掴まれた。
「もう少し一緒にいたいです」
「だめだ、今日は安静に」
鈴音はご立腹だったが、今日はもう少しゆっくり休んで欲しいので、優しく手を解き家を出る支度をする。
彼女は頬を膨らませてこちらを見ていた。
膨らんだ頬を指で押すと「プスー」という音と共に息が漏れる。
「そんな顔しても無駄だぞ、帰るよ」
「はーい」
確かに今日は、鈴音からしてみれば一緒にいた時間が短く感じるだろう。
彼女が帰る準備ができたのを確認すると、家を後にした。
それから二日後、危惧していたことが起きてしまう。
暗闇から光を見つけるにはどうしたらいいですか? 謎の養分騎士X @taitann23
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