侵食していく闇

 携帯のアラームが鳴り響く。

 アラームを止め、目を擦りながら視界が鮮明になるの待つ。

 画面を見ると六時と表示されていた。

 今日も翔太さんに朝ごはん作らなきゃ。

 大きく伸びをしたら、思わずあくびがでた。

 三人寝ても十分くらいな大きさのベッドを降り、服を着替える。

 洗面所に向かい顔を洗い鏡を見ると、違和感を感じた。


「あれ? 右目ってこんな色だっけ?」


 明らかに色が変わっている訳では無いけど、変わっていると思い込むと余計に気になってしまう。少し赤いように見えなくもない。

 ただ体に異常はないから、きっと大丈夫だよね。

 いつも通りの時間に家を出て、バスに乗る。


──今日も幸せな一日になりますように。



────────



「翔太さーん、起きてくださいよ」


 優しい声が心地いい。

 目を開けると、鈴音が顔を覗き込んでいた。


「おはようございます」


「おはよ」


 体を起こし新たな一日を始める。

 時計の時刻は、七時を過ぎたくらいだ。

 リビングからは朝食のいい香りがする。


「今日もかっこいいですよ。大好きです」


 真っ直ぐ行為を向けられるのには慣れてきたが、鈴音の場合豪速球すぎて、未だに恥ずかしかったりする。


「ああ、俺も大好きだよ」


 鈴音は顔を赤くする。

 こういうところは何も変わってない。


「翔太さん今日も学院ですよね」


「まあこれでも一応講師だからな」


「未だに信じられないです」


 まあ急な話だ、無理はない。

 ただ、こうして働こうと思ったのも鈴音がいるからだ。

 大袈裟かもしれないが、彼女がいなければ学院の講師になんてなろうと思っていなかった。

 彼女に見合う男になりたかったからだ。


「じゃあ、早く準備しましょう。二日目に遅刻する訳にも行かないですからね」


「それもそうだな」


 洗面所に向かい顔を洗うと、次第に思考が鮮明になっていく。


「翔太さん、朝ごはんできてますよ」


「うん、今行くよ」


 テーブルの席に着くと、豪勢な朝食が用意されていた。


「今日は一段と気合入ってるね」


 今日の朝食は、エッグベネディクトだ。

 マフィンの上にベーコンとポーチドエッグが乗っており、卵黄で作ったソースとコショウが、より一層見た目に高級感を出していた。

 ベーコンとバターの香りが、優しく部屋中を包み込む。


「それじゃあいただきます」


「はい、食べてみてください」


 ナイフで切れ込みを入れると、黄身が溢れ出す。

 更に深く切り、一口サイズにして口の中へ運ぶ。


「どうですか?」


「うん、すごく美味しいよ」


 ベーコンの塩味とマフィンの小麦の香りを、滑らかな卵のソースで調和され、とても優しい味だった。

 コショウもいいアクセントになっている。


「最近あんまり凝ったものを作ってなかったんで、喜んでもらえて良かったです」


「大丈夫だよ、いつも美味しい料理をありがと」


 言わないと分からないことの方が多いんだ、こうして感謝の気持ちをしっかりと伝える。


「今日鈴音はどこの授業を受けるんだ?」


「今日は特にないですねー、完全に暇です」


「そっか、休みだったら遊びに行けるけど、さすがに休むわけにはいかないからな」


「寂しいです」


 鈴音は捨てられた子犬のような顔をしていた。

 そんな顔をされても困る。


「まあ、今日は二時間だけだ。それが終わったらお役御免だから、その後遊びに行くか」


「そうしましょ!」


「じゃあ、悪いけど先行ってくるね」


 椅子から立ち上がり、支度を始める。


「多分二時くらいになると思うから」


 そう鈴音に伝えて玄関へと向かう。


「それじゃあ、いってきます」


「いってらっしゃい!」


 手を振る鈴音を後に玄関を出ていく。




────────




「さて、片付けでもしますか」


 翔太さんが出ていくと、私はすぐに食器の片付けにかかる。

 なんか夫婦みたい。いや、もう夫婦なのでは。


「結婚かぁ……」


 つい独り言が漏れる。

 妄想が止まらない。誰もいないからいいよね。

 なんて考えながら食器を洗う。


「あれ? なんか目が痛いなー」


 洗剤でも入っちゃったのかな。

 目を軽く洗い、洗面所へと向かう。


「え……なにこれ……」


 そこに写っていたのは、右目を真っ赤にした自分だった。

 魔眼がここまで赤くなるなんて、聞いたことない。

 不安と恐怖が渦巻き、魔力に変換されるのを感じた。

 その瞬間、鏡に大きなヒビが入る。

 これから私が壊れてくのを示唆するように。


「怖いよ、翔太さん……」


 もちろん、そんなことを言っても誰も助けには来ない。

 あまりのショックに、少しづつ意識が遠のいていく。

 そのまま足から崩れ落ち、意識は暗闇の中へと消えていった。



────────




「はい、今日はここまで。しっかり復習しておくように」


 授業を終えると、足早に奥の部屋へと戻っていく。

 鈴音とデートに行くからだ。

 急いで準備をして、部屋を出ていく。

 車に向かう途中に鈴音へ連絡をする。

 しかし、連絡をしても一向に出る気配がない。

 どうしたのか、いつも早起きをさせているため、寝不足で寝ているのだろうか。

 それなら起こすのは忍びない。

 車の助手席にカバンを置き、車を発信させる。

 待たせてしまったんだ、今日は鈴音を楽しませよう

 それから三十分後、家に到着する。


「ただいま」


 返事がない、やはり寝ているのだろうか。

 普段感じないような、魔力を感じた。何かがおかしい。

 短い廊下を歩いていると、扉が開いている部屋が目に入る。洗面所だ。

 扉から覗き込むと、そこにはうつ伏せで倒れている鈴音の姿があった。


「鈴音!」


 慌てて近づく。意識がないが、呼吸はしっかりしている。

 洗面台の鏡が割れているのが、目に入った。


「鈴音ごめんよ」


 鈴音を仰向けにし、彼女の右目を開く。

 虹彩が真っ赤になっていた。


「これは、暴走?」


 ただ、普通の生活をしていれば絶対に起こらないことだ。

 なぜ魔力の暴走が……一人だけでは判断できない。

 とりあえず鈴音をこのままにしておく訳には行かない。

 彼女をベッドまで運んでいく。

 これからどうするべきなのか……結論が出ない。


「あっ」


 この状況を打開できる人が、一人だけいるかもしれない。

 急いで携帯を取りだし、電話をする。


「もしもし! 今時間大丈夫ですか?」


「随分お急ぎのようだね、翔太くん。三年くらい連絡を寄越さなかったのに急にどうしたんだ?」


 声の主は落ち着いていた。

 まるで連絡が来ることを知っているかのように。


「実は──」


「とりあえず、その子を連れてきな」


 言葉を遮り、そう伝える。

 もう既に状況を把握しているようだ。


「わかりました」


 鈴音の肩に手を置く。


空間移動テレポート


 転移が終わると、森の中に到着した。

 木々に囲まれ、とても人が住んでいるようには見えない場所だ。


「いきなり飛んできたら危ないじゃないか」


 大きなログハウスから、一人の男性が出てくる。


「さあ、早速始めようか」


 そう言って、鈴音を中に運んでいく。









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