崩壊のカウントダウン

 月の光がひらひらと舞うカーテンの隙間から漏れ、その光を頼りに、部屋の中をひたひたと歩いていく。

 日中の暖かな陽気とは違い、冷たい風が肌を刺す。

 そんなことにさえ嫌悪を抱く。

 窓をそっと閉め、カーテンで月の光を遮る。

 そんな事をしたところで、胸中に渦巻くこのどす黒い感情が消えることは無かった。

 何をしても満たされない。

 あの二人のせいだって事は分かっている。

 ベッドで仰向けになり天井を眺めると、あの日のことを思い出す。

 孤独の空間にいると、あの時の感情がより顕著に現れる。嫉妬だ。

 この感情から開放されたはずだった。ただあいつがまた私に、同じ苦痛を味わわせてくる。

 次こそは失敗しない。

 必ずこの地獄の迷路から抜け出してやる。


「このままじゃ終わらないよ」



────────



 学院内の停留所でバスを待っていると、不意に肩を叩かれる。


「鈴音おはよ、今日はバスじゃないんだね」


「うん、翔太さんに送ってもらったんだ」


「相変わらずラブラブだね」


「でしょでしょー、だって大好きなんだもん」


「はいはい、ごちそうさま」


 結衣は大きなため息をつく。

 さすがにしつこかったかな?


「結衣は今日は一緒なの?」


「うん、今日は魔法考古学受けるつもりだよ。それよりも鈴音も変わったね」


「そうかな?」


 自分の変化はなかなか自分では気づけない。

 普段通りのつもりなんだけど。


「前より女の子してる。前は服装も適当だったし、なんか急に女子力の塊みたいになってる。結構私の友達も急に可愛くなったって噂してたよ」


「そうかなー」


 きっとそれは翔太さんのおかげだ。

 翔太さんがいるから、少しでも可愛くなろうと努力できる。


「そういえばその愛しの彼氏はどこ行ったの?」


「うーん、そういえば何も聞いてないなー」


「そうなの? どこかの学生と浮気してたり?」


「ねえ、そういうこと言うのやめてよ」


 翔太さんに限ってそんなことあるはずない……よね?

 急に不安になってきた、胸がモヤモヤする。


「冗談だって、ごめんね」


 そう言って両手を合わせる。


「ほんとにやめてよねー」


 不安になるからそういうことはあまり言ってほしくはなかったけど、こうして冗談が言える友達がいるのは嬉しい。

 結衣とはこれからも友達でいたいし、もし翔太さんと結婚……できたら彼女にも祝ってもらいたいな。


「お、バスきたよ。行こっか」


「うん、そだね」


 バスの揺られながら、これからの将来について少し考えた。

 このままいけば結婚できるのかな?

 もう結婚できる年齢にはなっている。そんな未来も近いかもしれない。

 なんてまだ考えすぎかな。


「ねえ、顔が気持ち悪いよ」


「え? そんなことないでしょ」


「いや、完全にひとりの世界に入ってたよ。なんかちょっと怖かったわ」


「そんなことは……ないと思うよ?」


 少し自覚があったため、つい語尾が上がってしまった。

 妄想ばっかりしてるとそのうち変な目で見られそう······。


「ほら、またぼーっとしてる。着いたよ早く降りて。私ちょっとトイレに行くから、先行ってて」


「わかったー」


 とりあえず妄想は家だけにしよっと。



────────



「早く戻ろっと」


 あと十分で授業が始まるから、急いで戻らないと。

 鈴音も友達いないから一人で寂しいだろうし。

 トイレの入口を出ると、女性とすれ違う。


「あ、か──」


 突如口を塞がれる。


「ごめんね、ちょっとだけ静かにして貰える」


 あまりにも鋭い眼差しに、首を縦に振ることしか出来なかった。

 彼女は周りを確認すると。


「ちょっとだけ、私の目を見て」


 彼女の目は、惹き込まれそうなみ空色の綺麗な瞳をしていた。


「ありがと、もういいよ。あとこれを持ってて」


 そう言って渡されたのは、宝石のように紅く輝いている小さな石だ。


「これ、どうすればいいんですか?」


「そのまま持っててくれればいいよ。あと私から石を貰ったことは言わないでね」


「分かりました」


 何故だろう、彼女の言葉には従わなければならない気がした。


「それじゃあ」


「はい、さようなら」


 一体なんだったんだろう、なんで私だったのかな?

 去っていく彼女の背中を眺めながら、その理由を考えていた。



────────



 もうすぐ授業が始まるというのに、結衣がまだ戻ってこない。


「おまたせー」


「遅いよ結衣、もう始まっちゃうよ」


「ごめんごめん」


 結衣が隣に座ると同時に、教壇の横の扉が開く。


「はい、じゃあ授業始めるよー」


「え? えーーーー!」


 まさかの出来事に声を荒らげてしまった。


「はい、そこ静かに」


 周りを見渡すと、生徒全員がこちらを見ていた。

 自分がした行動を振り返る。うん、恥ずかしい。


「えー、今日から学院ここの講師となりました、渋谷翔太です。一応ここの卒業生になりますのでよろしくお願いします」


 室内が歓喜に満ちる。

 中には女子生徒の黄色い声も聞こえた。

 なんで翔太さんが学院の講師してるの?

 そんな話一回も聞いてないんですけど。


「ねえ、翔太さんってこんな人気あったっけ?」


「え? 知らないの? 翔太さんって結構人気あるんだよ」


「全然知らなかった……」


「センセー彼女はいますか?」


 一人の女子生徒が、椅子から立ち手を挙げて質問する。


「いるぞ、そこに」


 あ、指さされた。

 空気みたいな存在の私に視線が集まる。

 私の静かな学院生活が豪快に崩れ落ちていく。

「どっちから告白したの?」とか「いつからなの?」とか聞いてくるけどいっぺんには答えられないから。

 というかみんな今までほとんど話したことないのに、手のひら返しすぎでしょ。腱鞘炎になるよ。


「はいはい、質問タイムは終わり。授業終わってからにしてね」


 皆一斉に返事をして、この場は収まる。

 授業が終わったらどう逃げ出すか、そればかりを考えていた。


「翔太さんのバカ」


 口ではなんとでも言えるけど、実際はすごく嬉しかった。

 ちゃんとみんなの前でも彼女って言ってくれた事に。

 なんだか今日はいつもより授業が楽しかった。


「はい、じゃあ今日はここまで」


 挨拶が終わると翔太さんは奥の部屋へと入っていくので、それについて行く。

 ドアをノックするとすぐに返事があったので、中へ入る。


「翔太さん、入りますよ」


「いや、もう入ってるじゃん。返事くらい聞こうよ」


「いいじゃないですか、それよりなんで講師なんてやってるんですか?」


「なんというか、そのー……今後のために仕事就いた方がいいかなって思って」


 翔太さんの頬が少し赤い気がする。

 その言葉の意味を理解した。


「その……け、けっこん……です?」


「内緒だ」


「もー! 言ってくださいよ!」


 翔太さんの胸に飛びつく。

 温かくてすごく落ち着くな。


「ねえ、私もいるんだけど……あと後ろにも」


 後ろを振り返ると、結衣の後ろには大勢の野次馬がいた。


「わ、私帰る!」


 慌てて、部屋を出ていく。

 あまりの恥ずかしさに、悶えてしまう。

 私の残り少ない学院生活が終わった。


「完全にやらかした!」


 そう言いながら教室を出ていく。


「ちょいちょい、待ちなさい。私を置いていくな」


「ねえ、なんでもっと早く言ってくれないの······」


「いやー、あまりにいい雰囲気だったから何も言えなかったんだよ」


「めっちゃ恥ずかしいんだけど」


「顔真っ赤だよ」


 これから授業を受けに行くのが少し憂鬱だ。

 からかわれるのが目に見えている。


「そういえば真っ赤で思い出したんだけどさ、なんかこんなのがポケットに入ってたんだ」


 結衣が取り出したのは、赤く輝いている石だった。


「なんか綺麗だね、どうしたのそれ?」


「うーん、なんで持ってるか分かんないんだよね」


「ちょっと見せてよ」


 結衣が持っている石を、私の手のひらに置く。

 すると石がいきなり眩い光を放ち、目がくらむ。

 視界が鮮明になると、先程まであった石が無くなっていた。


「結衣! ごめんね! 石がなくなっちゃった」


「あーいいよ全然、なんで持ってたかわかんないやつだし。それよりもなんだったんだろ? 体に異常はない?」


 体はどこも痛くない、至って健康だ。


「うん、大丈夫だよ」


「それならいいけど……まあいっか、気にしても分からないね」


「そだねー。それよりも早く行かないと授業遅れちゃう」


「次は五十嵐先生だったよね、怒られる前に行こ」


 小走りで次の教室へと向かっていく。

 一体さっきのはなんだったんだろ。

 考えたところで答えが出るわけではなかった。

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