告白死 薬屋の冬祭
一田和樹
薬屋の冬祭り
その広場の演台に立つことは死を意味していた。
演台に立てばなにか告白しなければならない。内容はなんでもよいが、たったひとつルールがある。その場にいる誰も知らないことを話さなければならない。もしも、誰か知っている者がいれば、石を投げつけられる。広場に集まった者全員が石を投げ続ける。それは話者が死ぬまで続く。
もちろん誰も知らない話を語り続けることは不可能だ。いつかは話がつきる。
一度演台に立ったら死ぬことは話者の義務であり、殺すことは集った者の義務となる。
村の冬祭の昼下がり、演し物や露天に飽いた人々が広場に集まっていた。小さな村だから演台にあがるのはだいたい知り合いだ。聞かなければよかったと思うことも多い。それでも怖いもの見たさで人々は広場に吸い寄せられる。
奇妙な笑みを浮かべた薬屋のミタルが演台に立った時、広場にざわめきが起きた。
私はこの村で薬屋を営んでいるミタルでございます。ご存じの方も多いでしょう。さて、本日お話しするのは私のささやかな愉しみです。
自分で言うのもなんですが、私は生まれついての天才でした。幼い頃から野草を見分け、暗記し、その効能を確認して遊んでいました。長じて薬屋となり、妻と娘を得ました。みなさんのお役にも立ってきたという自負はあります。
でもね。ある日、私の薬で治った方がご家族と幸福そうにしている姿を拝見して思ってしまったんです。こいつの幸福を壊してやったらさぞかし愉快だろうってね。魔が差すといヤツです。バカなことだ。やってはいけない、そう思ったのですけど、気がつくと毒薬を調合し、その家の水甕にたらしていました。家族が死に絶えると、ひどく後悔しました。うしろめたさでいっぱいでした。でも、すごく愉しかったんですよ。幸福な連中が無様に死んだことがぞくぞくするほど気持ちよかったんです。
病みつきになりました。薬も改良して、すぐに死ぬのではなく、苦しみが長引いたり、四肢が腐ってもげるようなものにしました。貧乏人のクロアイさんの娘さんが四肢を失った時は親御さんが泣きながら娼館に売りに行きましたよね。そんな娘を買うヤツは頭がおかしいか、性病持ちくらいでしょう。申し訳ないことをしたという気持ちで胸がつぶれそうでしたが、全身がしびれるような快楽でくらくらしました。だって貧乏人って不幸が似合いすぎるんです。
いつかばれる、早くやめよう、と思いながらもやめられませんでした。みなさんが悪いんですよ。全然気がつかないんですもん。私の毒薬で苦しんでいる家族を私にみせて薬を調合させるなんて……思い出すとおかしくて腹が痛くなる。
正直者でみなさんが大好きだったマウルさんが失明した時は、山に捨てましたよね。マウルさんが泣いて捨てないでくれって叫んでるのに、ご家族やみなさんは泣きながら山に捨てました。笑いをこらえるのが大変でした。空っぽの涙だな、偽善者ども、って思いました。ウソ泣きしながら、ざまあみろって思っていた人も絶対いたはずです。
うるさい人がいますね。きっと私のせいで不幸になった人でしょう。いいじゃないですか、一回の人生で幸福と不幸の両方を味わえるなんて素敵でしょう。私のせいで不幸になった人の前で笑ってやりたい、ってずっと思ってたんです。夢がかないました。
いま、私は最高に幸福で不幸です。昨晩、妻と子供と食事しながら幸福を感じて、それで気がついたんです。
「ここに幸福な家族がいる」
妻と娘はひどい苦しみの後に手足が腐って取れました。身が引き裂かれるほどにつらくて苦しかったです。私が苦痛にもだえるふたりを抱きしめて、すべてを話すと、ふたりは許してくれました。夜が明けると私はふたりに化粧をし、台車に乗せて街外れの娼館に連れていって引き取ってもらいました。ふたりは穏やかな笑顔で去ってゆく私を見送ってくれました。狂っていたのかもしれません。私を許し、すべてを受け入れてくれたのだと私は信じています。娘が美しい声で人魚の歌を歌っていました。死ぬほどの後悔にさいなまれながら、騒がしい冬祭りの街を抜けてここまで来ました。ふたりは私と同じように最高に幸福で不幸なはずです。だって私はふたりを愛しているし、ふたりだって私を愛しているんんです。愛を信じているなら、この地獄は至福の楽園になるはずなんです。
ミタルは笑いをこらえられなくなり、くすくす笑い出した。やがて、両手を広げると、ひときわ大きな声で言った。
「そして私はここにいます」
それは誰でも知っていることだ。この広場では石を投げる合図となる。怒号とともにあちこちから石が飛んだ。雨のように降り注ぐ石にうたれてミタルはすぐに血塗れになって横たわった。それでも石はやまない。石にうたれて、びくびくはねるミタルの死体はまるで笑っているかのようだった。
了
動画がYouTubeにあります> https://youtu.be/RN8jr05Rx28
告白死 薬屋の冬祭 一田和樹 @K_Ichida
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