それから


「モア様」


「なぁに? ミモちゃん」


ワンピースを着たモアが振り返る。ミモは笑顔で彼女に飛びついた。


「紅茶、淹れたよ」


「うん。ありがとう」


抱きしめあいながら、微笑みあう。


「でもいけません」


「?」


「ふたりっきりの時は、ね?」


「そうだったねモ・ア・さ・ん」


二人は赤くなって笑う。


「あー、やべ、マジでテンション上がってきた。キスしていい?」


「え! お、お昼なのにしちゃうの!?」


「夜ならいいの!?」


「いつでもいいよ!!」


「くァー! たまんねぇぇええ!」


ミモはモアの胸に顔を埋めると、悶え始める。

汗もかかず、排泄もしないようにコントロールできる。

なによりフィギュアだから、病にはならない。






「――だから、まあ、戸籍がなくてもしばらくなんとかなるさ」


「どんどん親戚が増えてきますわね、お兄様」


月神コーポレーション。

扉が開いて、イゼとアイが入ってくる。

イゼは首に巻いたスカーフにストレートパンツ、アイはふわふわのスカートとベレー帽を被っているという違いはあるが、服装は同じだった。

オペレータースーツと名付けられており、腕にはエクリプスがある。


「なかなか似合ってるじゃないか。有名なデザイナーに頼んだだけはあったな」


「感謝するぞ月神」


イゼは満足そうに笑っていた。アイも恥ずかしそうにしている。


「ど、どうかなぁ? えへへぇ、アイも似合ってるぅ?」


「うむ! 愛らしいぞ室町。とてもキュートだ」


「あ、あうぅぅ」


アイはイゼを見て、真っ赤になっている。ルナはそれを見てうんうんと唸っていた。


「いいじゃない。舌でも絡ませないな。お兄様も私と――」


「ルナ、言葉には気をつけなさい」


月神は咳ばらいを行う。


「マリオンハートはまだ存在している。導くぞ、おれたちで」


四人はしっかりと頷きあった。






「いらっしゃいませなの!」


無邪気に笑う少女が、食堂にやって来た人たちに挨拶する。

それを窓の向こうから柴丸が見ていた。


『残酷でござるな』


テラス席。

芝生の上で、柴丸とシャルトは空を見ていた。

イブは廃墟の奥に倒れていた。記憶は全て食われている。


『アダムは彼女を巻き込みたくなかったのだろう』


『故に残酷でござる。その優しさがあって何故、彼は……』


『それが彼の答えなのだよ柴丸くん』


シャルトは目を細める。柴丸は複雑そうに唸った。


『シャルト殿。アダムは、本気だったと思うでござるか?』


『本調子ではなかっただろうね。彼は最後まで命に触れることを躊躇していた』


『では、アダムが本気だったなら……』


『本気だったよ。あれが、本気だったのだ』


自分が何者でありたいか。どうありたいか、最後まではアダムは決めきれずに終わった。それはきっと優しさからだ。


『複雑でござるな。心とは……』


『だから人は、少しでも近づきたくて詩にする。あるいは描こうとするのだよ』


柴丸、シャルト、ティクスには、アマテラスが精製したチップが埋め込まれている。

これによりマリオンハートの成長を抑制させている。


『我々にもいつか、理解できる日がくるのでござろうか』


『フフ、この世にはわからないほうが美しいものもあるのだよ』


柴丸は確かにと思った。

この戦いを経て見上げた空は、以前とは違って見えた。

果てしなく広がる青い空。感じたものの名前は、わからないほうがいい。





風が吹く。


「本当ッ、損な生き方してるわねー、アンタ」


無表情だったので余裕そうだったが、フルパワーで戦い続けた反動はあるのか、光悟はここ最近ずっと眠っている。

今もパピの膝で彼は眠り続けていた。

暇だ。ティクスも――


『ふふ、邪魔しちゃあ悪いね』


なんて、変な気遣いをして月神の所で検査を受けに行ったし。


「………」


パピは光悟の額にある傷を見て、笑った。


「お疲れさま。ありがとうね」


優しく髪をなでながら、パピは足が痺れるまではこうしていようと思った。





我ながらあまりにも哀れすぎる恋の仕方だった。

誰も共感できる人間がいないから、同じものを抱えていそうなものに愛着を感じる。

それでも屑にしか救えないものがある。

ダメ人間にしか分かり合えない痛みがある。

馬鹿なヤツ同士にしか舐めあえない傷があるのだ。


「ずっと前からファンでした。ずっとずっと、これからもずっと……」


「ありがとうございます。お名前は?」


その声優は、舞鶴の名前を聞くと表情を変えた。


「舞鶴ちゃん。今日は来てくれてありがとう! これからも、ずっと好きでいてね!」


その声色は、奈々実のそれだった。






「よお、酷い顔だぜ」


真っ青になっている舞鶴を、真っ青になっている和久井が出迎えた。


「男性恐怖症なの、よ。ここはオタクがいっぱい」


「あっそ、オレは人間恐怖症だよ。人がうじゃうじゃで最悪だ」


和久井は度重なる死に直面し、精神に大きな傷を負ったようだ。

さっそくポーチからいろいろな薬を取り出すと、ザラザラと飲んだ。


「効くまでそれなりにかかる。吐きそうだ」


「一緒、に、吐く?」


「冗談キツイぜ。ほら、さっさと行くぞ」


二人は逃げるように会場を出た。

そこでエグいオタクを見つけた。

何がエグいかはまあ省略させてもらうとして、とにかくエグいオタクがそこにいた。


「みきぽら、愛してんぞ」


オタクはサインを書いてもらったばかりの声優ポスターとディープキスをしていた。


「エモッ!」


「何一つエモくねぇわ。どうなってんだお前の感性。腐ってんのか?」


「腐って、ねぇわ。死ね」


死ね。

実際死んだ時の光景がフラッシュバックして、和久井は吐き散らした。

釣られて舞鶴も吐いた。フィギュアだったが、人間の真似をしている最中なので、物は食うし、排泄はされないし栄養にもならないが、消化はできる。


それがまずかった。

嘔吐もやり方をよく覚えているもので、ゲロゲロである。

吐き散らす二人を周りの人間はキモイだの最低だのと罵り、奇異の目で見つめた。

二人は写真を撮られてSNSにアップされる前に逃げた。

逃げて、逃げて、そしてさっきの馬鹿な自分たちの姿を思い出して傷ついた。


「なんか震えが止まらねーし、かといって寒いのに謎の汗ダラダラでるし、ストレスで耳鳴りも止まらねーし前立腺は炎症起こすし腕は痺れるし最近やべぇよマジで! 今日なんてアダムの夢見て起きたらおしっこ漏らしてた! あとEDだってよ! 死ね!」


「やばすぎて草ァ!」


舞鶴は両手で和久井の背中を叩いて大声を出す。


「わぁあああああ!」


「うぎゃぁぁあぁああぁあ!」


いろんなものがフラッシュバックしたのか、和久井は失禁しながら震え始めた。

耳鳴りがする。幻の痛みがする。腕が飛んだ幻想が広がって右腕が動かなくなる。


「やめろ舞鶴! 洒落にならん!」


舞鶴は和久井のポーチから強めの薬を取り出すと、それを口に含んでキスをした。

おそらく人生でこれ以下のキスをすることはないだろう。

和久井は口移しされた薬を飲む。強いだけあって、瞬く間に聞いてきた。


「最低最悪だ」


「どう、かん」


「いひゃひゃひゃ! ふひひひひ!」


「げひひひ! うへぇあぁあへへ!」


最低で最悪だ。それでも二人は顔を見て、腹がよじれるくらい笑っていた。


「私ね! 和久井のこと! 底辺だから好きになれる気がする!」


「なんだよそれ! よせよ。マジでそれはやめろ!」


「私以下でしょ! いろいろ! 好きよ! そういうの!」


また笑う。


「ははは……、で? どうだったんだよ? 会ってきた感想は?」


パッと見は可愛いけど、よく見たらそうでもない。

適当に枕でもして、それがバレて炎上してほしい

もらったサインは転売します。ゴチ!

そう言ってやるつもりだったが、できなかった。


そんなこと実際は、思ってたけど、思ってなかったからだ。

彼女はもうあのオチを知っているのだろうか?

自分が演じたキャラクターが孤独なカス女が作り出したイマジナリーフレンドで、それを宇宙人がより強固に色づけたものなんていうトンチキな台本をもう読んだんだろうか?


「手を、繋いで、ほしいかも」


和久井は断らなかった。

バカみたいなカップルがいると笑われてもよかった。

和久井にとっては嬉しかった。

舞鶴も、嬉しかった。


「いつか、虹色の花火を見に行こう」


二人は、お互いの手から伝わるぬくもりを信じた。





「ほい! おまち!」


家に戻ると、キッチンでミモがからあげを作っていた。

たくさんあった。いっぱいあった。食べきれないほどあった。

舞鶴はミモを見た。ミモは笑った。舞鶴も釣られて笑った。

舞鶴は、一つ、食べた。


「どう?」


「………」


もう一つ食べた。

すぐにもう一つ頬張った。

食べて、食べて、舞鶴はからあげを口いっぱいに詰め込んで、ボロボロ泣いていた。


「おいしい?」


舞鶴は頷いた。

何度も何度も頷いていた。

そのほうが少しでもミモに伝わってくれるかもしれないと思ったからだ。


「よかった。おいしいって思えるなら、マジで、よかったよね」


舞鶴は何度も何度も、何度も何度も頷いた。













「謝りに行くんだな」


舞鶴は頷いた。


「大丈夫、オレもついてってやるから」


舞鶴は頷いた。

二人は並んで歩く。舞鶴は緊張しているようだが、大丈夫だろう。

光悟は絶対に許してくれる。そういうヤツだ。アホみたいなヤツで、わかりあえる気はしないが、それでも傍にいられる不思議なヤツなんだ。

きっとどれだけ時代が変わっても、アイツだけは、変わらないでいてくれる。


「とりあえず、お前、もう悪い言葉を使うのやめろ。それくらい簡単にできるだろ?」


舞鶴は頷いた。

だって、それはきっと、とても簡単なことだから。


「でも、ときどき、気を付けるけど……、言っちゃう、かも」


「そしたら注意してやるよ。オレか、もっと敏感なやつがいるんだから」


舞鶴は頷いた。

二人はそのまま、太陽に向かって歩いていった。

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異世界の悪役令嬢を救うため、特撮ヒーローに俺はなる! ツカサショウゴ @tsukasa01

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