第3話 少し何か進みそう。そんな予感?
うっすらと陽気を感じられるような季節になったとは言え、朝はまだ寒い。布団の中は大変心地よく、思い切らなければ永遠に出られることはないだろう。やっとの思いで布団をはぎ取り、冷え切った空気と対面する。「おはようございます。」
制服に着替えて朝ご飯を食べ、足早に学校へと向かう。昨日はいろいろあってよく眠ることもできなかったのか通学路を行く中あくびがポロポロとこぼれる。この冷たい空気がなければ歩きながら眠ってしまいそうな勢いだった。そう、昨日はなんだか変な一日だった。不思議なあの子との出会い。いや、出会いってほどでもないか…まだ話してもないし。それはともかく、何か一点をじっと見つめるそのきれいな瞳に私の意識は自然に引きずり込まれていたのだ。
それは、初めての感覚だった。
教室に入ると松井がいた。「おっ、めいめいじゃん。おっは~」と何やら懐かしい挨拶をされたので「おっは~」と軽く返しておいた。ところでその羊みたいなあだ名はどうにかならんのか。私そんなに学校で寝てるかな。という茶番はおいておいて…
すっと窓際の最前席に視線を移すと、今日はいてくれた。逃げられてしまったら困るのですぐに行動に移った。「印南さん、だよね?」後ろから声をかけると彼女はビクッと動いた後おどおどした表情とともに私の方を振り向いた。ちょうどいたずらがばれた飼い猫のようだった。
今日はなんだか変だ。そう、学校に来てしまったのだ…。何が変かって?私にとっては学校に来ていること自体イレギュラーなことだから、二日連続で学校に来るなんて恐るべきこと。学校につき、いつもと同じように自分の座席に座る。もちろん、私の周りに誰かが来るなんてことはない。と思っていた。
「印南さん、だよね?」
後ろを振り向くと見慣れない子が立っていた。まぁ最も、誰に声をかけられても同じことを思うんだろうけれど。でも、その声は昨日聞こえた私の名を呼ぶ声そのものだった。
「そう…だけど。」
私がいつもの通りもじもじしていたら、
「私は武田。よろしくね。」
自己紹介があった。相手に名乗らせておいて私が名乗らないのもなんだかなぁと思ったのでこちらも「私は印南。」と短く自己紹介を済ませた。その後しばらくの沈黙が続き、そのまま会話が終わってしまいそう、そんな予感がした。いつもなら早く会話が終わらないものかと思っている私だが、なぜだか武田さんとはもう少し話をしていたいと思ってしまったのか、「あっ、えっと…」とよくわからないを言葉を発して、もう少し会話を続ける努力をしていた。しかし、こちらから何か気の利いた話題を振れるはずもなく、絶望的な状況だった。そうこうしていたら武田さんのほうから会話の口火を切ってくれた。私はこういう性格なので助かった。
「ねぇ、あだ名とかないの?」
「人とかかわること少ないから、あだ名なんてつけられたことないよ。」
「じゃぁ、つばきちゃんね。」
「えっ、あっ…。」
「あっ、私の事はめいって読んでくれていいよ。」
「じゃぁそういうことで。」
と、それだけ言い残して彼女は自分の席に戻っていった。
「めい…か、いい名前。」
桜の花咲き誇るあたたかな季節。私の冷え切った心にも温かい春の風が吹き込んできた。なんだか、今まで暗闇の中で見渡せなかった明日からの学校生活に光が差し込み、少し先が見渡せるようになった気分。
「今年は少し楽しくなるのかな。」
そうつぶやいたとき、窓から桜の花びらが舞い込み、私の机にふわりととまった。
何気ない日常に私は何を求めるか。 鬼頭 くるみ @puni_houcoco
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