第5話 その手を私も持てますように

 ぼーっとした頭の中に、ガンガンと音が響いていた。

『だから言ったじゃないの!逃げないで向き合ってって!』

『黙れよ、そういうお前はどうなんだ!ほずみを怒鳴ってばかりじゃないか!』


 両親が、遠くで怒鳴りあっている。もう、何があったのさ。仲良くしなさいよ。


『あなた言ったわよね、父親の自分から、詳しく説明をするからって!』

『する気だったって言ってんだろうが!でも必要なかったんだろ!?自分で医者に聞いたんだからさ』

『そういう問題じゃないでしょ!結局秋良に逃げてるもんだから、その結果がこれじゃない!』

『だから、お前はどうだったんだって言ってんだよ!勉強と手伝い以外に、こいつと

 関わろうとしてなかったじゃないか!』

『だって!あなたが余計な事を言うなよって言うから!』


 ――うん。オチはなんとなく分かった。それで二人は私に冷たかったのか。

 やれやれ、エンディングノート作っておいて良かった。こんな親じゃあ、私が死んでも責任の擦り付け合いで葬式も出せないよ。悪い死後の典型だね。


『もう! お父さんもお母さんもやめてよ、場所を考えてよ、ここ病院だから!』


 あー、秋良が一人で頑張っている。これは申し訳ないな、いい加減起きるか。

 私は目を開けようとした。頑張ったらうっすらと開いた。――ああ、やっぱり私生きてるんだ。妙に疲れて怠いけど。

「姉貴!」

 最初に声をかけてきたのは、秋良だった。そのあと、母、父の順で私に寄ってくる。

「ほずみ!? 分かる、お母さんよ!!」

「お父さんだぞ、おいしっかりしろ!!」

「……静かに、してくんない?」

 やっとの思いで声を出したのに、母は壮大に泣きわめいて私に縋りついた。

「ごめんなさい、ほずみがこんなに思い詰めてたなんて知らなくて!」

「何、の話」

 ああだめだ、頭がぼーっとする。なんかよく見ると、腕に点滴のチューブ刺さってんじゃん。ゆすらないで、針が抜けちゃう。

「これ、お母さんに見せたんだ」

 秋良が差し出したのは、私が書いたエンディングノートと、破り捨てたはずの遺書だった。きれいにセロハンテープで繋ぎ合わされている。


【秋良へ 終活、手伝ってくれてありがとう。いい弟を持てて幸せだったよ。お父さんとお母さんを助けてあげてね。長生きしてね、絶対よ】

【お母さんへ 将来がない娘でごめんなさい。その分、秋良をめいっぱい愛してあげてね。産んでくれてありがとう】

【お父さんへ お世話になりました。秋良と仲良くね】


 改めて読むと、私と関わりが薄い人間ほど文面が短いな。


「ああ、目が覚めたね」

 医師が、病室に入ってきた。聴診器を当てたり、私の目の下まぶたをめくったりして、軽くうなずいた。

「学校で初潮が来て、ショックで倒れたんだよ。出血の量は多かったけど、輸血は必要なかった。安心していいよ、君の余命宣告はこれで消えた」

 私は頭が真っ白になり、そのあと一気に涙が出た。

「先生、私、あのねっ」

「うん」

「怖かった、一人で死ぬの、怖かった」


 家の中で、ずっと一人だった。

 それまでだって、誰にも相談できなくて一人でこなしていた。

 だから死ぬまでの事も、死んだ後の事も、一人でするしかないと思っていた。


 突き放すために言われた『将来』よりも、厳然とした『余命』の方が信じられた。

 だけど一人ぼっちで、いつ来るか分からない死を待つのは辛すぎた。

 本当は苦しかった。むしろ自分から死のうかというほどに。


「先生、しか、本当の事、言ってくれなくてっ」

 しゃくりあげる私の耳に、父の「いやその、それは」という言い訳がましい呟きが聞こえる。先生、つまりこういう親なんですよ。

「そうか。この一年弱、よく頑張ったね。でも、君は一人じゃないからね」

 医師が頭を優しくなでてくれて、私の心は温かくほぐされていった。頼れる大人が一人でもいて、本当に幸せだと泣きじゃぐりながら。

「姉貴……おねえぢゃーん!ごめえええん!」

「秋良、姉貴呼びなのか、お姉ちゃん呼びなのか、どっちよ」

 抱きついてきた秋良の頭を、私も医師と同じように撫でた。どうか秋良の心にあった恐怖も、溶けて消えてくれますように。私の体が早く元気になって、私を助けてくれたこの子を私も守れますように。


 この温もりを長く覚えていられるように、命も長くなりますように。

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この一葉が散るまでに 多賀 夢(元・みきてぃ) @Nico_kusunoki

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