第4話 カウントダウン

 あれから数か月。私は中学生になった。

「先生。私の余命宣告は変わりませんか」

 中学の制服を着て問いただす私に、医師は難しい顔をした。

「生存確率は上がってきてると思うよ。体も少し大きくなったし、血小板の量も65%くらいになってきた。だけど、正直微妙だね。生理の重さも予測できないし、回復速度も減速ぎみだ」

「そうですか。ありがとうございました」

 私は静かに頭を下げて、診察室を出ようと立ち上がった。

「ほずみちゃん」

「はい」

「その、大丈夫かい」

「はい。準備も済みました。大丈夫です」

「――そ、そう」

 私は改めて頭を下げ、学校指定のバッグを持って廊下に出た。



 家に戻って自室に入ると、真新しい教科書とノート、参考書以外は何もない机にバッグを投げた。

 ――虚しい。

 私の終活はとっくに終わっていた。遺書も用意して、ベッドマットの下に隠してある。場所だけ秋良に伝えた。あいつにばかり負担をかけて、申し訳ないと思っている。

 私と秋良は、今ではほとんど話さなくなってしまった。私と顔を合わせても、辛そうな表情で黙って去っていく。私は今になって後悔していた、一人で背負うべきだったと。母を手伝っても会話はなく、父はまっすぐ秋良を構いにいく。

 私は、アルバムばかり見るようになった。わざわざデジタル写真を印刷して作っただけあって、どの写真も素敵だ。幼い私も秋良も純粋に笑っていて明るい。まさか将来、病気と孤独が訪れるとは思ってもいない顔だ。

「そんなもの見てないで、部屋で勉強してきなさい」

 母が、非難の意思を声に乗せて叱ってきた。

「やる気ない」

「文句言わないの!将来の事を考えなさい!」

 私の中で、黒い炎が上がった。将来などないって一番知っているあんたが、私を追っ払うためだけにその言葉を吐くのかよ。

 私は黙ったまま部屋に戻り、ベッドマットをはいだ。そこにある三つの封筒を、すべて破ってごみ箱に入れた。

 ――残す言葉なんてない。私なんて、死んだらそれまでよ。




 翌日、私は妙なだるさを感じながら登校した。

 教室に入ろうとすると、今朝はやたらに騒がしかった。

「おーい、大野が生理だってー」

 私よりも背の低い男子が、白い何かを掲げて走り回っている。小さくなって泣いている女子、大声で笑う男子、そんな男子に怒鳴る女子、黙って見守るその他大勢。

 私は、教室を一周してきたチビ男子に足を引っかけた。びたんっ、と派手な音を立てて倒れたそいつから、白いものを奪い取る。

 ナプキン。

「うわやっべ」

 逃げるチビ男子を一瞥し、私は泣いている女子に近づいた。

「あなたの?」

「違う……」

「?」

「それ、私のなの」

 怒っていた女子が手を出した。

「あのバカが、落としたのを勝手にこの子だって決めつけてさ」

「そう。今、生理なんだね」

「そうそう。もう、お腹痛くてイライラするのに、ほんっと止めて欲しいわ」

 私はナプキンを渡した。目の前の女子は元気で、男子に向かっていつものように怒鳴っている。


 ――これが普通の人なんだ。でも私は、死んでしまうんだ。


 虚しさが余計に増した。まるで下腹から地面に引きずり込まれる気がして、胸の中で一気に恐怖が爆発した。やばい、叫びたい。

 耐えきれず、荷物を投げ捨て走り出した。誰かにぶつかったのも無視して、トイレに駆け込んで個室に鍵をかけた。

「ああああああああああああああああ!」

 トイレの個室じゃ誰にでも聞かれてしまう、だけどそんなの構っていられなかった。


 後悔なく死のうと思った。

 豊かな予後を送ろうと思った。

 誰にも迷惑をかけず、最後まで笑ってあの世に逝こうと思っていた。

 だけど待っていたのは、圧倒的な虚しさだ。

 満たされない孤独だ。

 普通に生きられない劣等感だ。


「死にたくない!私、まだ死にたくない!!」

 個室のドアを誰かが叩いている。それでも私の錯乱は止まらない。

 その時、下腹に重い痛みを感じた。最悪の予感を覚えて恐怖する。

 そろそろとスカートをめくると、太ももの付け根にじわりと、血。


 ――あ、死んだ。

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