第3話 Let’s 終活
終活を始めてから、1週間が過ぎた。
「うん。部屋がだいぶ奇麗になってきたな」
私は、溜め込んでいたものをどんどん捨てた。短くなった鉛筆、書けなくなったペン、まずはそういうものから始まって、古いプリントだとか、自由帳に描きかけていた自作漫画だとか、とにかく目につくところから順番に。
母は、たたんだ服をタンスにしまいに時おり私の部屋に来る。だけど、私の部屋の物が減っていることや、ごみ箱のごみが増えた事には気に留めなかった。ただ宿題は終わったか、ドリルは済んだか、ドリルは最低5回やれ、このいつもの3セットを言って去るだけだ。私が真面目に部屋を片付けていたので、何も言う用事がなかったのだろう。
私は机周りの整理のあとに、秋良の部屋に向かった。
「秋良。今、いいかな?」
「何っ」
妙に警戒する秋良に、私は60色の豪華な色鉛筆セットを差し出した。
「あげる」
「なんで? これ、お姉ちゃんが死んだ叔父さんにもらった大事なやつじゃん」
そう。私は小さいころ、とても絵を描くのが好きだった。それを見た叔父さんが、お盆に会いに行った時プレゼントしてくれたのだ。子供には過ぎたものだと父が断ろうとしたけど、私がケースにしがみついてそれを妨害した。叔父さんは大笑いしながら、そのまま私に色鉛筆セットを渡してくれた。
その直後に、叔父さんは山で木に挟まれて死んだ。この色鉛筆セットは私の中で叔父さんの代わりになり、使うことができなくなった。
「結局、もったいなくて使ってないからさ。秋良なら使ってくれるでしょ」
「いやいいよ、だってお姉ちゃんの宝物でしょ」
「だって私、もうすぐ死ぬもの」
途端に、秋良の顔がくしゃっと歪んだ。今にも泣きそうな顔をしている。
「お姉ちゃん……こないだは、ごめんなさい……」
「ううん。お医者さんにも、全部聞いたから」
えぐっ、えぐっとしゃくりあげる弟の頭を、私はそっと撫でた。
「お姉ちゃんは今、生前整理をしてるんだ。死んだとき誰も困らないように、準備しているの。でも、お父さんお母さんが知ったら、秋良が私に言っちゃった事がバレて怒られちゃうから。秋良は知らんぷりしていてね」
秋良はこくん、と頷いた。鼻水がだらだら出て汚いので、机の上のティッシュで拭いてやる。
「秋良にもお手伝いを頼みたいの、いいかな」
「うんっうう、おねぇぢゃーぁん」
「今泣くなってばー」
私は秋良を抱きしめて、よしよしと背中を撫でた。初めて、弟を愛おしいと感じた。
終活を始めて1か月が経過した。
「……こんなに何もないんだけどなぁ」
私は、自分の部屋の押入れを見て呟いた。
秋良がおさがりとして着れないような服は、ボランティアの古着回収に出した。昔読んでいた絵本も、おもちゃも、施設に寄贈したり壊れているものは捨てたりした。
寄贈するときは親の名前がいる場合もある。その時は母に頼んだ。母は面倒くさそうにしていたが、先に荷物をまとめておいたので、案外あっさりサインしてくれた。
母は、やっぱり私に何も言わない。
父は私の部屋にはこないので、何も知りようがない。
「まあ、勉強も進んでるし。いっかな」
部屋が片付いたおかげで、私は勉強に集中できるようになっていた。将来が断たれたらやる気がなくなるかと思ったが、最初っから私には夢がない。では何故勉強しているかというと、面白いから。学校でも、これを言うと変な顔をされてしまうんだけど。もし将来があるのなら、学者とかになったかも知れない。
トントンと、ドアがノックされた。
「どーぞ」
「お姉ちゃん、持ってきた」
秋良は、父のコンデジを手に提げていた。
「ありがと、じゃあお願い」
私は椅子に座り、背を伸ばした。秋良は私の正面でカメラを構える。
「じゃあ行くよー、3,2,1」
カシャ、という音がする。秋良が、私に撮った写真を見せた。
「どうかなあ」
真正面を向いた、硬い顔の私が写っている。
「まあいいんじゃない? 見栄えが悪い場合は、葬儀屋さんが合成でなんとかしてくれるから」
「そうなの?」
「ひいおばあちゃんのだって、合成だよ」
「えええ!?」
私達は、今遺影を用意している。家のアルバムや写真フォルダを確認したら、なんと私の写真がほとんどなかったのだ。特にここ3年分はまったくない。これでは、お葬式の時に遺影に困ってしまう。
「てか、僕もそんなに写真なかったような」
「小さい頃は、お互いにいっぱいあったのにね」
確かに、うちは旅行にも行かない。両親もインドアだ。だけどこの写真の少なさはどうなんだろう。
「僕が明日死んだら、遺影は小学校の入学式のになっちゃうよ」
「じゃあ、今撮る?」
「……それはいい」
秋良は複雑な顔で、首を横に振った。
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