第2話 12歳のエンディングノート
死ぬことが分かった次の日曜日、私は母と一緒に県立図書館に行った。
(本当は一人で行きたいんだけどね)
学区外に子供だけで遊びに行くことは、学校から禁止されている。そんなの無視して子供だけで塾とかに行かせている家もあるが、うちの親はそういうルールはきっちり守る派なので融通がきかない。
「お母さん、新しい図書館って本当に大きいね!」
「ホントねえ!立派になったわね!」
そうなのだ。県立図書館は先月リニューアルオープンしたばかりで、ここには前の図書館にはなかった設備もある。たとえばAVコーナー。VRコーナー。そして個室。
私の狙いは個室だった。個室なら、これからやりたいことがバレない。
「お母さん、私ここ入ってみたい」
個室の一つを指さすと、母も好奇心で目をきらきらさせていた。
「そうねえ、キレイだしイイ感じね。お母さんも入るっ」
さすが新しモノ好きの母、チョロい。
「じゃあお母さんはは隣の部屋にいるから。だいたい2時間後に声をかけるからね」
「りょーかーい」
私は個室に入り、机の上にバッグを置いて場所を取った。それから児童書の方に行くふりをして、大回りをしながら一般書架の方に向かう。
「生活設計、冠婚葬祭、老後問題……あった」
私がが手にしたのは『絶対完ぺき終活マニュアル』だ。
うちは、テレビのチャンネル権が父にある。父はニュースか報道番組しか見ない。他の番組は『バカが見る番組』だと嫌っていて、おかげで私はクラスメイトの会話についていけない。
しかしそのおかげで、私は今やるべき事が分かった。それが【終活】だ。死ぬ前に死んだ後の事を考えて行動し、余命を豊かに生きる活動のことだ。
私は周囲を気にしつつ、そそくさと席に戻った。もし私が余命を知ったと知れたら、弟が母に怒られる。だから、この本を母に見られるわけにはいかない。
(全部は読めないから、まずは見出しを書き写してあとは拾い読みかな)
私は読書が好きである。子供向け小説も好きだけど、母が借りてくる育児マニュアルや自己啓発本も好きだ。そしてそういう本というものは、本文を読まなくても見出しで大抵言いたいことを言い切っている事を知っている。
私はこっそり卸した新品のノートに、鉛筆で見出しを急いで写した。それから各章をなんちゃって速読で読み飛ばし、必要な部分だけ抜き出していく。
(私が死んだって遺産はないけど、でも秋良に残してあげたいものはあるよな。お父さんお母さんにも、お葬式で困らないようにもしてあげたいし)
そうやって、自分なりの≪エンディングノート≫のあらましを作った私は、またこっそり本を元のところに戻し、児童書の棚からオー・ヘンリー作品集を借りてきた。
それを読みふけっていると、母が私の個室を軽くノックした。
「もう帰るわよ。その本借りるなら、手続しておいで」
「うーん。分かった」
私はさして面白いとも思わなかったが、演技のためにその本を借りた。
さて、帰ったら早速終活開始だ。
家に戻った私はなるべく普通に一日を終えた。そして皆が寝静まったのを確認して、ベッドにスタンドライトを引き込みノートを開いた。
まずはエンディングノートを埋めなきゃ。
「遺産は――お母さんがお年玉を管理してるから、お母さんに任そう。問題は物だな、学校は行かなきゃいけないから教科書とかはいるけど、去年のものなんてもういらないっしょ」
いらないものをピックアップすると、大量に出てくる。幼稚園の頃のスカートだとか、去年買ったけどもう入らない靴とか。服はボランティアに出すつもりだ。この前お母さんが大量に服を捨てたら、近所のおばちゃんがクレクレってしつこくて困ってたもん。私の服は穏便に処分するつもり。
「勉強道具は、秋良が使うから残しておこう。机とか椅子とかは、キレイにして売れるようにしとこうっと」
持ち物に関しては大体決まった。
次は、お葬式についてである。私は、人生で3回お葬式に出た事がある。
ひいおばあちゃんが、老衰で死んだとき。
母方の叔父さんが、山の事故で死んだとき。
2年生の時の同級生が、病気で死んだとき。
同級生の時は、クラスみんなでお通夜に行った。順番に末期の水をあげたのだけれど、それを見知らぬオバサン達が「大勢でぞろぞろ来るなんて非常識な」「さっさと終わらせなさいよねぇ」と、聞こえよがしに文句を言っていたのが忘れられない。
わざわざ来てくれた人に、イライラされるのは嫌だ。
――書いておこう。家族葬でひっそりお願いします。
「あと土葬か火葬か」
私の叔父さんは土葬だった。あまりにも山奥なので火葬場が遠く、土葬が許されている地域なんだそうだ。2メートルより深く墓穴を掘って、そこに棺桶を入れ、あとはガンガン土を戻してカッチカチに固めて、その上に墓石を立てている。
高温で燃やされるのも嫌だが、完全に封印されるのも嫌だ。
――私はノートにこう書いた。火葬も土葬も、正直どっちも嫌です。
「うーん。子供の身分でできるのは、こんなもんか」
私はノートを閉じて、布団の下に隠した。スタンドライトを机の上に戻してスイッチを消し、真っ暗な中ベッドに戻る。
「よし。明日から本格的に終活開始だ」
私は安らかな気持ちで目を閉じて、そのままぐっすり眠った。
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