この一葉が散るまでに
多賀 夢(元・みきてぃ)
第1話 唐突な余命宣告
「……」
私は、口を閉ざした医師を正面から見据える。
困った顔をした初老の顔が、青白くなっている。
「もう一度聞きます。私は、死ぬんですね」
「えーと……それは誰に聞いたのかな。とにかく親御さんと一緒じゃないと……」
「死ぬんですね!!」
逃げ回っていた医師は、観念したように項垂れた。
「そうだよ。でもまあ、医学も進歩しているから、目安程度に考えて」
「ズバリ、今ならあとどれくらいですか」
「そんな事を知っても」
「教えてください!」
医者はもごもごと口を動かし、こう言った。
「最悪なら、1年程度」
私は顔が緩むのを感じた。医師が案じるように私をうかがったが、私は構わず尋ねた。
「その根拠とメカニズムを教えてください、無駄に分かりやすくしなくて結構です」
身を乗り出した私は、やっとランドセルが重いと気づいて肩から下した。
まだ小学生だからって侮るなよ。自分の病名と症状くらい、ネットと辞書と医学書でがっつり勉強したんだから!
私の名前は酒井ほずみと言う。家族は両親と弟。母はすごい教育ママで、父は弟ばかりかわいがっている。
小学校1年の時、私は何故か病院に連れていかれた。そして帰ってきてから、母にこう言い含められた。
「とにかくケガをしないようにね。体をどこかにぶつけるのも駄目よ」
しかし、注意されたのはそれっきり。普通に台所で包丁を持ってお手伝いをしたり、弟の靴下に空いた穴を針と糸で縫ったり。男の子に混じって河原で遊んだし、ブロック塀をよじのぼって落っこちたりも普通だった。体育の授業も普通に受けた。
変な味の薬を飲んでいたけれど、特に疑問に思わなかった。
鼻血が1時間以上止まらない以外、私の体は普通だったのだ。
しかし、弟の秋良と本の取り合いしてこう言われたのだ。
「姉貴はもうすぐ死ぬんだから、本とかいいじゃん!」
「はぁ!?誰が死ぬってぇ!!」
「姉貴だよ!!血小板なんちゃらで、大人になる前に死ぬってお母さん言ってたもん!!死ぬ人が走り回っちゃいけないだろ!!」
血小板なんちゃら。小さいときに聞いたことあるぞ、えーと、えーと。
「特発性血小板減少性紫斑病」
「それ!お母さんは姉貴に話しちゃだめって言ったけど、死ぬ病気だって言ってたから!」
私は本をしっかと捕まえたまま、秋良の頭に拳骨を落とした。
「駄目って言われたら言ったら駄目じゃん!」
「うわぁぁん!お母さんに言わないでぇぇ!」
「言わないでやるよ。本もやる」
私は秋良に本を渡し、家のパソコンを立ち上げた。それから、自分の病気について自力で調べた。理由ははっきりしないが、血液中の血小板が極端に減ってしまうこと、そのせいで出血が止まりにくくなること。主な死因は、脳内出血や失血死。
出血は確かに止まりにくい、だけどそれがなぜ『大人になれない』事に繋がるのか。私は両親に聞こうと思っていたが、父は弟にべったりだし、母は「お手伝いしなさい」「勉強しなさい」以外何も言わない。最近は私を避けてすらいる。
だから月一回の血液検査の後を狙い、医師を直撃したのだ。詳しい事を聞けるのは、もうこの人しかいない。
「まず、余命1年の根拠はなんですか」
「初潮だね……女性が大人になると、おなかから血がでるんだけど」
「知ってます」
学校で習った。
「ああそう……その出血が多すぎて、死ぬ可能性があるんだ。君はこの病気の中でも慢性でね。普通慢性になるのは大人が多くて、子供は稀なんだ。この病気での生理は、大人でも出血量が多くて辛いんだ」
「だから、子供の私では死ぬ可能性があるんですね。大人と子供では、血液の量も違うから」
「……そう。賢いね、健康でないのがもったいないくらいだよ」
医師は画面に向き直り、キーボードを操作して何かを表示した。
「これが君の血小板の量だよ。普通の人の半分くらいしかないが、これでもかなり回復したんだ。5年前は1/10以下だった。余命は3か月だった」
「へえ……」
立ち上がって、パソコンの画面をのぞき込む。駄目だ、数字ばっかりで全然分かんないや。勉強不足だ。
「回復の速度は上がっているから、生きられる可能性は上がってきてる。だけどね、生理はいつ起こるかわからないし、人によって程度も違う。だから『最悪1年』といっているけど、初潮はいつ来るか分からないから」
「本当は、明日死ぬかも知れないんですね」
私の言葉に、医師は神妙にうなずいた。私も深々と頭を下げた。
「ありがとうございました。よくわかりました」
病室を出てから、大股で歩きながら頭をフル回転させた。
もう時間がない。
悔いのないように、死ななきゃ。
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