エピローグ

騒がしい終わり方

 気が付いたら病室のベッドの上で寝ていた。

 そう、た病院こと仁志北にしきた病院の小児病棟の中。

 エアコンが壊れたまんまのあの病室。

 もはやぼくの定宿じょうやどになりつつあるのが怖い。

 やっと退院できたと思ったら元の木阿弥。

 右ヒザのケガで入院の後は左ふくらはぎのケガで入院。

 そんなサスペンス映画を見た記憶がある。


 だけど悪いことばかりじゃない。

 幸いなことに刺さった角度が良かったせいでボーガンの矢は骨まで達しておらず、腓腹ひふくきんが少しエグれただけ。

 刺さった矢の矢じりをお守りにしたかったのだけど警察が証拠品として持っていってしまった。


 それと師匠からの手紙が届いた。

 石松がボス猿にリベンジを果たし、新しいボス猿に君臨したこと。

 近い内に東京に往診するのでついでにお見舞いする予定であること。

 それらの内容が簡潔に書かれていた。

 短い手紙だが何回も読み返してはニヤニヤしている。

 また師匠と色々と話せるのが楽しみだ。


 フッコとセバスチャンはまんまと逃げおおせたらしい。

 チューリンが言うには警察と救急車を呼びに倉庫の外へ出て、再び倉庫の中に戻ったら消え失せていたそうな。

 

 警察は何回も何回も話を聞きに来た。

 ぼくはなるべく正確にわかりやすく、ありのままに起きた出来事を刑事さんに話した。

 刑事さんも根気よく耳を傾けてくれた。

「うん、銀河連合警備隊ね。金色の全身タイツに銀色の宇宙人のマスクを着用。それと拷問ごうもんか。で、お灸をえると強くなるヤイト拳!? へぇ~。スレッジハンマーをぶん回して犯人どもをメッタ打ちに。はいはい。そして中林拳のおシャカアローによってボウガンの矢が急所を外れた……と。スマン、何を言っているのか全然わからない。もう一度最初からお願いしていいかな」

 刑事さんの気持ちはわかる。

 こうして話していると自分でも信じられなくなるヒドい内容。 

 でも嘘はついていない。



「警察も理解できないような面白エピソード、次回作のネタとしていただきね。タイトルはどうしようかな? そうだ、『怒りのヤイト拳! ~銀河連合と全面戦争篇~』なんて面白そう」

 マッキーははち切れんばかりの笑顔でそう言うと、お見舞い用に持ってきたとり軟骨なんこつのから揚げを紙皿の上にあけ、口の中でコリコリとやり出した。


「そんなにはしゃがないでくれ。こっちは死にかけたのに」

「あの日、私の警告を聞かなかったケンが悪いくせに。これからは私の言いつけに従いなさい! 死にたくなければね」

 笑いながらぼくの瞳を見つめてくる美少女に思わず“ハイ”と答えそうになった。

 返事の代わりに鶏軟骨のから揚げを口に入れた。


「お、旨そうなものを食ってるじゃねえか。いっただきまぁ~す」

 病室に入るなり鶏軟骨のから揚げをむんずとつかみ、口の中に放り込んだのはチューリンだ。


「ちょっと! これはケンのためのものなんだから。少しは遠慮しなさい」

 チューリンをたしなめるマッキーに笑顔はない。

「いいじゃねえか、ケチくせえなぁ。兄弟のものはオレ様のもの。それにオレ様だってお見舞いを持ってきたぞ、ほら」

 そう言うとかばんから風呂敷に包まれた何かをドンとオーバーテーブルの上に置いた。

 風呂敷を解くとプラスチックケースに入った味噌が出てきた。


「これは何だ?」

 念の為、確認してみた。

「見ての通り味噌だ。檀家さんからの貰い物で悪いが、きゅうりに付けて食うとうめえ」

「……ちょうどきゅうりに味噌を付けて食べたい気分だったんだ。一応は礼を言っておく。ありがとう」

「いいってことよ、オレと兄弟の仲じゃねえか。ウシャシャシャシャ」

 テンションの低いお礼に対し気味の悪い笑い声で返された。

 もちろん持ってきたのは味噌だけ。

 きゅうりは持ってきてないけど、もうどうでもいいや。


「ところでマッキーよ。小説が一次選考を突破したって聞いたぞ。おめでとさん。で、次回作はもう考えているのか? もしアイデアがなけりゃ『燃えよ中林拳! ~地上最強の寺の息子~』ってのはどうだい? 気に入ったろう、なあ」

 どうもチューリンは本気のようだ。

「……まあ、スピンオフとして検討くらいはするけど……」

 マッキーがあまり乗り気でないのは丸わかりだった。


 ぼくも思うところはあったのでチューリンに続く。

「マッキーもぼくを取材するのはやめて自分をネタにすればいいんじゃないか。『はらえ毒舌電波巫女! ~神社の娘は鶏肉とりにくにこだわる~』なんて良さげなんじゃ、ブッ!」

 言い終わらない内にマッキーのビンタを喰らった。

「今のビンタは私じゃない。守護霊である雷電らいでん為右衛門ためえもんが激怒して私の体を操ってやらせた張り手なの。悪しからず」

 マッキーの発言はウソに決まっているが、彼女の怒りの地雷を踏んだことだけは確かなようだ。

「守護霊に操られたっていうならしょうがねえなあ、兄弟。ウシャシャシャ」

 チューリンもそのウソに乗っかって悪ノリをしている。


「ケンッ、ケンッ、ケンッ! 無事なのね。もう心配させないでぇ~っ!」

 ややこしいのがまた1人病室に飛び込んでぼくに抱きついてきた。

「これからは毎日お見舞いにくるから。安心してね」

「毎日なんて大変だからそんなに気を使わないで大丈夫だよ」

「ううん、ボクがケンに会いたいだけなの。って頬に手形が付いているけど! 誰にビンタされたの!?」

 激昂するミーナ。

 嫌な予感しかしない。


 この後の展開はお察しの通り。

 今はただ伊豆の山奥が恋しくてならなかった。


      ――劇 終――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

燃えよヤイト拳! ~地獄の小学生~ はらだいこまんまる @bluebluesky

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ