怒りのヤイト拳!
「久しぶりだね、ケン君。そしてチューリン君は初めまして。一応は自己紹介をしておこう。太陽系ブロック、地球は日本の関東方面担当、銀河連合警備隊所属、隊長補佐のフッコです。以後お見知りおきを」
フッコは大真面目に言った。
そうそう、確か前もこんなことを言っていたっけ。
チューリンは呆気にとられて声も出ないようだ。
「それと今日は色々と手伝ってくれる私の従者を紹介しなければ。セバスチャンッ!」
フッコが叫ぶと倉庫の奥から執事服を着た老人がヒョコヒョコと歩いてきた。
やや猫背で白髪頭でヒョロヒョロに痩せている。
「ヒヒ、イキのよさそうな小学生は久しぶり。こりゃ腕がなりますわい、ヒヒヒ」
セバスチャンなる従者は両手の指をポキポキ鳴らしながらしゃがれ声で満足そうにつぶやいた。
ぼくもチューリンも一言も口をきけなかった。
聞きたいことは山ほどあるが、質問ができる雰囲気ではなかった。
「ケン君にチューリン君。色々と聞きたいようだから話してあげよう。こうなったのはケン君の叔父さんである
ここでフッコはため息をついた。
「旦那さま、こいつら全然理解していないようですぜ。イヒヒ」
しゃがれ声でセバスチャンがつぶやいた。
「わかった。もっとわかりやすく話すから心して聞くように。世の中には死んだ方がいい人間がいる。政治家や経営者、芸能人、スポーツ選手なんかに多い。彼らは乱れた不規則な生活をしているせいか体調不良や病気になりやすい。因果応報、宇宙のバランスの妙だ。そのまんま放っておけばいいものをスエヒコが片っ端から治してしまうので困る人達が大勢出てくる。つまり宇宙のバランスを乱している元凶はスエヒコだ」
「そう、そう、スエヒコのために泣いている人たちに頼まれてのう。銀河連合は彼らの頼みを正式に受理したんじゃ。ヒ、ヒヒヒ」
フッコの説明にセバスチャンが補足した。
「そうだ、例のものをお見せしよう。セバスチャン、ここへ」
「へぇ旦那様」
セバスチャンはキャンプ用のキャリーカートを奥から転がしてきた。
「何が乗っているかわかるかな」
フッコが問いかける。
「え~と、パッと見たところ電動丸ノコ、スレッジハンマー、
思わず声が震える。
最凶最悪に悪い予感がする。
「ケン君の推測通りだよ。スエヒコ本人は手強い。もちろんその気になれば殺せるけど彼の治療能力は魅力だ。銀河連合医療部門に迎え入れたい。だから今からケン君を拷問してその動画をスエヒコに送る。そうすればさしもの彼も銀河連合の傘下に入るはず。ちなみにケン君の拷問を担当するのは
「ヒヒヒ、この道ひとすじ45年。もっとも拷問師なんて国家資格はないから間違っても進路調査に書いちゃいけないよ、イヒヒヒ」
どうもこの2人は本気のようだ。
当たり前のように残虐行為をやる凄みがあるッ!
「セバスチャンの拷問師としてのこだわり、たっぷりと堪能してくれ」
「本当はもっとちゃんとしたかったんじゃが本物の手錠はこの前の拷問で使っちまってね、手元にないのさね。まあ、小学生ならオモチャの手錠で充分じゃわい。ヒヒヒ」
ちゃんとなんかしなくて適当でいいのだが、飽くまでも本気らしい。
「ウッ、グスッ、ヒ~ン」
隣からはチューリンのすすり泣く声が聞こえてくる。
無理もない。
いくら体が大きくてもまだ小学5年生。
「なあ、お二人さん。チューリンは関係ないだろ。返してやってくんないかなあ」
あいつらの言うことが本当なら、チューリンは完全にとばっちりだ。
「う~ん。ケン君だけを誘拐するはずだったんだ。元々はね。たまたま偶然一緒にいたのが運の尽き。ケン君を守ろうと必死で抵抗していたのが健気でね。まあ、せっかく連れてきたんだ。使いみちは色々ある」
「それに旦那様と儂の顔は見られちまいました。このまま無事に返すなんてありえませんて、ヒヒ」
そうだったのか、チューリン。
守ってくれたんだな、ぼくのことを。
学校で出来た初めての親友。
ぼくに正面から向かってきた愛すべきバカ。
前にケンカを売ってきたのは親友になるための儀式だったに違いない。
そして、いつも憎まれ口を叩いてくるマッキーも僕を守っていた。
あの予言はいつも当たっているし、小説の下書きを読んだおかげで自分の至らなさがよくわかった。
こんなぼくを好きになってくれたミーナは物好きにも程があるが、おかげで楽しい日々を送ることが出来た。
正直に言うとミーナみたいな可愛い女の子と仲良くなれて誇らしかった。
でも、そろそろ愛想を尽かされるのだろう。
権八っつあんはコワモテで誰からも恐れられていた。
ある日、つまらないことで技をかけてしまった。
だけどそれについてはなんにも言われなかった。
退院した時は授業をつぶしてレクリエーションの時間にしてくれた。
叱るべき時は叱る、いい先生だ。
石松はどうしているだろうか。
初めて出来た親友。
石松のおかげでぼくの技は磨かれた。
山ザルとか人間とか、そんなの関係なく親友になれるのを知った。
そして師匠。
病弱なぼくを導き、励ましてくれた大恩人。
生まれ変わることが出来たのは師匠のおかげ。
その教えはぼくの血肉となっている。
ぼくは沢山の人に守られ助けられてきたんだな。
思い返せば素晴らしい人生だった。
これで安心してあの世へ……。
「よし、準備OK。始めよう」
フッコの声で我に返った。
奴は拷問の様子を撮影しようとスマホをこちらに向けている。
「ヒヒ、目玉からにしようか、指からいこうか、それとも足に五寸釘を……。決めた、足からだ。鎖は邪魔だから取ってやる。ヒヒヒ」
セバスチャンはやる気満々だ。
しかしこれで足が鎖から解放された。
といっても拷問からは逃れられない。
「なのに全然怯えていないのがつまらないな。なあ、ケン君。君には恐怖心がないのかな。それともまだ現実だと理解していないのかな」
フッコが問いかけてきた。
「知らないのか。腹式呼吸を毎日やってれば横隔膜が鍛えられてちょっとやそっとじゃビビらなくなるんだ。ぼくはビビっていないだろ。師匠の教えの証明だ」
せめて弟子としての格好はつけたい。
“助けてーっ! 師匠ーっ!”なんて死んでも言うもんか。
「ふ~ん、なかなか元気だね。ま、拷問が始まればそうはいかないが。しかしちょっと一服したくなってきたな。吸いたいな。私はタバコを非常に吸いたくってたまらない。スー、プカプカ。喫煙による精神安定が必要だ。セバスチャンッ! 拷問前で悪いがタバコの用意を!」
「へぇ旦那様」
セバスチャンはタバコとライターを持ってきた。
確か伊豆の治療院でもおんなじ台詞を聞いたような気がする。
だとしたら、フッコは相当なニコチン中毒なのかもしれない。
フッコがタバコを口に咥えると甲斐甲斐しくライターで火をつけた。
気持ちよさそうにタバコを吸うと、煙をぼくの顔に向けて吐き出した。
「ブッ、ゲホッ、ゲホッ。タバコは苦手なんだ。ぜんそくの発作は起きるし、他にも色々とトラウマがあるから勘弁してほしい」
「ほう、それは面白い。拷問を本格的に始める前にまずは軽く煙で責めて……。ん!? 両手の甲に火傷の痕があるな。そうか、タバコを押し付けられてたんだな。いわゆる根性焼きか。かわいそうに」
「イヤだッ! ここにタバコの火を押し付けるのだけはやめて、お願いっ!」
「いいねえ。その懇願する姿。やっと本性があらわれてきて最高だ。セバスチャン、やれ」
「へぇ旦那様」
フッコから吸いかけのタバコを受け取ったセバスチャンはようやく拷問ができるのでニッコニコしている。
「ヒヒ、ちょっと熱いがガマンしてなあ、ヒヒヒヒ」
セバスチャンは容赦なくぼくの手の甲にタバコの火を押し付けた。
「アッ、熱っつい~! ギャアアア~、し、死ぬぅ~!!」
ぼくの叫び声を聞いてフッコもセバスチャンも満足そうに笑っている。
「もうヤダーッ! お助けぇ~っ!」
な~んてね。
手っ取り早く敵を仕留めたいと思う時。
必要以上に敵をいたぶりたいと思う時。
こういう時、わざと自分の弱点をさらす戦法に引っかかってしまう。
この戦法は『師匠戦法その1』だ。
ヤイト拳発動の条件。
要は熱が肌の下に達すればいい。
その手段はお灸の他にも火の付いたタバコ、ドライヤーから出る熱風、真夏の太陽によって熱せられた小石などでも構わない。
夏休みに実験したから間違いない。
今回は火の付いたタバコを肌に押し付けられるケースだ。
とても熱いっ!
が、その熱さこそがヤイト拳を発動させる。
やがて、とうとう熱が肌の奥に達する。
キタキタキタキターッ!
力が全身にみなぎるのを感じる。
「アッチイィイーッ!!!」
ヤイト拳発動。
バキッ。
左右に両手を引っ張りオモチャの手錠を引き千切った。
両手が自由になり、高く跳躍。
拷問道具が乗っているキャリーカートの中からスレッジハンマーを奪う。
ぼくは体が完成していない小学生だから大人に対しての攻撃力はゼロに等しい。
足りない部分は武器を用いて急所を狙うことで補う。
下手な慈悲心は死を意味する
ベキッ。
セバスチャンの弁慶の泣き所、すなわち
フッコがぼくに襲いかかってきたが今のぼくにはスローに見える。
そのまま体を回転。
遠心力を利用してスレッジハンマーをどこでもいいからぶち当てた。
グシャッ。
ヒジで庇わなければヒジ関節は砕けなかったのに。
フッコのような筋肉ダルマには急所攻撃しか効かない。
ズンッ。
足先で金的を蹴り上げると鈍い音。
たまらず前かがみになるフッコ。
これはチャンス。
体を縦方向に回転させ勢いのついたスレッジハンマーを脳天にぶち込む。
ゴスッ。
これまた鈍い音。
しかし油断は禁物。
もう一度回転してスレッジハンマーを側頭部に一発。
ガツンッ。
当てた拍子に宇宙人マスクが横方向に回転してズレた。
ついでにマスクの前後を逆にしてフッコの視界と呼吸を奪ってやった。
フッコが完全に伸びているのを確認して一安心。
ここまでかかった時間が約1分。
ヤイト拳の効果が終わりぼくが気絶するまで残り2分。
チューリンを解放するには充分な時間がある。
「待たせたな、もう大丈夫だ。まったく、チューリンはぼくがいないとダメだな、ワハハ」
まだヤイト拳のパワーが残っているのでチューリンにかけられているオモチャの手錠を引きちぎり、足首を縛っていたチェーンをほどいてやった。
顔が涙と鼻水で汚れているチューリンは泣き疲れているようだった。
長い間拘束されていたせいでまだ立てない。
なんとか上半身だけ壁にもたれかかっている状態だがいずれ回復するはず。
一方のぼくが動ける時間は残り約1分といったところ。
すべて終わった、と安心しきっていたのが悪かった。
チューリンは急に斜め右を向いて、
「おシャカアローは超音波っ! ギギギィイィイギギキィ~~~ッ!!」
突如、不快な奇声を発した。
黒板を爪で引っ掻く音の
その時、左のふくらはぎにグサッという衝撃の後に遅れて痛みが走った。
見ると矢が刺さっている。
後ろを見ると耳を両手で押さえたセバスチャン。
その足元にはボウガンが落ちていた。
事情は大体わかった。
ぼくとしたことが……。
「オレ様のおシャカアローのおかげで奴の狙いは狂ったのさ。どれ、急所は外れているから死にゃしねえ。まったく、兄弟はオレがいねえとダメだな。さあ、いっちょうセバスチャンの野郎にとどめを刺してやろう。兄弟は安心して寝ててくれ」
「ワハハハ」
さっきまで泣いていたくせに。
いつもの調子を取り戻したチューリンに思わず笑ってしまった。
それから先はよく覚えていない。
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