悪夢のような現実
奇妙な夢を見ていた。
なぜかチューリンと仲良く一緒に下校している。
好きなプロレスラー、好きなマンガ、好きな食べ物の話題で盛り上がっている。
だから後ろから近づく気配に気が付かなかった。
背後からいきなり抱きかかえられたかと思うと、ハンカチのような布で鼻と口をふさがれた。
ぼくをなんとか助けようとしていたチューリンが健気だなぁ、なんて思った。
それにしても変な夢だった。
徐々に脳が、肉体が目覚めてくるのがわかる。
もうすぐ目覚ましが爆音で鳴り響くから鳴る前に止めないと。
そうしてからトイレと洗顔を済ましたら
ミーナと仲良く一緒に。
……ん!?
いつまで経っても目覚ましは鳴らない。
というか何かがおかしい。
目をこすろうとしたが上手くできない。
それでもなんとかこすって目を開けると……。
なんじゃこりゃぁ~ッ!!
ぼくの両手は手錠をはめられている。
両足首は鎖で拘束されている。
というか、ここはどこだ?
見たところ、どこかの倉庫の中のようだ。
隣にはやはり両手両足を拘束されているチューリンが寝ている。
ぼくたち以外には他に誰もいないらしい。
少なくとも今は。
これはなにかの悪夢にちがいない。
そのうち目覚ましが鳴って起きればいつも通りの日常が始まる。
「今朝、チューリンと一緒に誘拐される夢を見ちゃってさ」
学校でぼくは夢の内容を語る。
「えぇ~、ボクは夢に出てこなかったの?」
きっとミーナならこう言うはず。
「その悪夢、たぶん正夢になるわ。これから滝に打たれれば大丈夫」
マッキーは勝ち誇った顔でこう言うのだろう。
「夢の中でも兄弟と一緒なのは嬉しいぜ。でもどうせだったらもっと楽しい所にしようや。サウナで汗を流した後に焼き肉ってのはどうだい、兄弟」
冗談ではなく本気でオヤジくさいことを言うのはチューリンに違いない。
じゃあ、もう一眠りしよう。
変な夢だった。
ぼくは目をつぶる。
でも眠れない。
……待てよ。
もしかしてこれって……。
両手にはめられた手錠の感触。
両足を拘束している鎖の感触。
寝ている地べたの冷たさ。
隣で寝ているチューリンのイビキのうるささ。
すべての感覚がリアルだ。
感覚が現実と変わらない夢は明晰夢というらしいが……。
これは違う。
もしかしてものすごくヤバい状況なのでは!?
「おい、チューリン。起きろって。どうもマズイぞ」
ぼくはヒジで隣のチューリンを小突いた。
「う、う~ん。誰だ。
案外、チューリンは大物なのかもしれない。
「寝ぼけるなって。本当にヤバいぞ」
ぼくはチューリンの肩に噛み付いた。
「ウッ、痛ぇっ! 何しやがるっ! って……。なんじゃこりゃぁ~ッ!!」
拘束された自分に気づき絶叫するチューリン。
そうだ、それで正しい。
この状況で叫ぶ一言は「なんじゃこりゃぁ~ッ!!」しかあり得ない。
「いいか、落ち着いて聞いてくれ。状況から判断するとどうもぼくらは何者かによって誘拐されたようだ」
「おう」
「誰が誘拐したのか、目的はなんなのか、ここがどこなのか、今が何時なのか、すべてわからない」
「おう」
「以上だ」
「なっ!?」
「ただ、幸いなことにこの倉庫らしき場所には誘拐犯はいないようだ。逃げるなら今がチャンスなんだけど、手足を拘束されてはなあ」
「待てや、兄弟。この手錠はよく見ると駄菓子屋で売っているようなオモチャの手錠じゃないか。こんなもん、中林拳最終究極秘奥義・
「チューリン、がんばれ! ぼくのヤイト拳を破った中林拳でなんとかしてくれ!」
「ハアハア、やっぱダメだ。これは中林拳が弱いからじゃねえ。腹が空いてるからだ」
負け惜しみには聞こえなかった。
今日は午前授業だったはず。
給食はない。
体感では誘拐されてから1~2時間しか経ってない気がする。
しかしそんなことを考えていると腹が減ってきた。
「手首にはオモチャの手錠。足首には鎖。芋虫のように地べたに寝かされている。これが今のぼくたちだ。なんとか逃げる方法を考えないと」
あきらめてはダメだ。
「そりゃそうなんだが、腹が減ってはなんとやらで。なあ、兄弟。無事に解放されたら牛丼でも食いに行こうや」
「悪くないな」
「ネギ牛丼の特盛に豚汁玉子お新香セット。つゆ抜きで。生玉子に醤油をなみなみと入れてかき回して丼にかけて。七味をムラなく牛丼と豚汁にふりかける。最後に紅生姜だ。トングで3つまみくらいが丁度いい。欲張っちゃあダメだ。あとはひたすらかっ込む。豚汁を味わい、お新香で口の中を調整したら再びかっ込む」
「つゆ抜き!? つゆだくを頼みそうな体格なのに!?」
「よくそう言われるが色々試して結局はつゆ抜きに落ち着いた。つゆだくは店員によっちゃあ入れすぎて牛丼を雑炊のようにしちまうこともある。ならばいっそのこと、つゆ抜きにしてみたらこれこそ牛丼の素の味が楽しめるってもんよ。つゆで米がグズグズにならなくってすむのもありがてぇ」
「ぼくも色々試したけどノーマルに行き着いたよ。つゆだくはチューリンの言う通り論外だ。だからってつゆ抜きは極端だ。少しは汁っ気も欲しい。って牛丼の話はこの辺で終わりにしよう。腹がますます減ってくる」
「それじゃあよ、牛丼屋を後にしたら返す刀でカレー屋だ。カツカレー大盛りにチーズとソーセージをトッピング。福神漬けをこれでもかと乗っけてカレーをかっ込む。そうだ。デザートにアイスも頼んじまおう」
「聞いているだけで胸焼けがしてきた。そろそろいい加減にしてくれ」
「実はオレ様も話していて腹がどんどんと空いてきやがるので止めるタイミングを探していたんだ。なあ、兄弟。空腹を抑えるツボなんてないのか?」
そんな便利なツボなんて師匠から教わったっけ?
「あっ! 思い出した。“ギリバラの秘法”だッ!」
「なんだそれ?」
「まずは太陽光線を背中に受ける」
「おう」
「この時大事なのは、延髄から太陽エネルギーを吸収する気持ちが肝心」
「おう」
「次は大きく息を吸って口の中で太陽のエネルギーをモグモグする」
「おう」
「これをやれば一日一食で満足できるんだ。ぼくも試したけど効果は本物。そもそもは昔のインドのベンガル地方に60年間飲まず食わず眠らずに平気で有名だった聖者ギリバラに由来するありがたい秘法なんだから心してやってみよう」
「しかしだな、兄弟。太陽光線が入ってきてねえじゃねえか」
チューリンの指摘はもっともだった。
天井に近い窓からは夕日がうっすらと差しているが角度的に延髄には当てられない。
あれが朝日ではなく夕日だとすれば今は16時頃になるのだろう。
「すまなかった。考えが足らなかったようだ」
「いいってことよ、兄弟。それよりのどが渇いてきたな」
「その話題だけは絶対によせ」
「キャップをグイッと回す。ペットボトルを逆さにして口に当てる。ゴクッゴクッと炭酸がのどを鳴らしていく。グビッグビッと中身は身体の中に吸い込まれて……」
「ス、ストップ! そうだ! こんな時は梅だよ、梅! かつて治世の能臣、乱世の奸雄と謳われた曹操の故事に
「梅か。でもな、最後に梅を食ったのはいつになるだろう? 最近は幕の内弁当にも梅は入っていないし。コンビニでおにぎりを選ぶ時も梅はまず外すね。ツナ、しゃけ、明太子、焼き肉なんかが定番じゃないか。悪いが梅なんかお呼びじゃねえ」
「……ああ、白状すればぼくも梅のおにぎりを買うくらいだったら昆布のおにぎりを……。レモンっ、レモンはどうだ!? レモングミ! レモンスカッシュ! レモンキャンディ! レモンタルト!」
「おお、正直最後のレモンタルトは知らねえけどレモンを思い出したらつばがすごく出てきた。さすがだな、兄弟」
「ああ、のどの渇きはしばらくどうにかなるだろう」
――やがて静寂が訪れて。
しゃべるのも疲れたがしゃべっていないと不安になってくる。
こんな時、師匠や石松が助けに来てくれたら、なんて少しだけ期待してしまう。
「なあ、兄弟。起きてるか?」
「ああ。体力温存のため寝ておこうと思ったが、ダメだった」
「誘拐された理由をずっと考えていた。考えてもしょうがねえけど。兄弟はどう思う?」
「
「それが最近じゃ檀家離れが止まらなくってな。国民生活センターとか弁護士とかとやり合っていて大変なんだぜ。坊主丸儲けなんて古き良き時代の言葉だな」
「ぼくのお父さんは家のローンに追われたサラリーマンだからお金なんて無縁だし。ん、待てよ。ぼくの師匠、つまりスエヒコ叔父さんはかなり羽振りがいいって聞いたけど、まさか、ね」
「そのまさかだよ、ケン君。また会えたね。さっきトラブル処理の指令が急遽入ってね。放置してさびしい思いをさせてすまなかった」
突如、声が聞こえた。
そいつはゆっくりこっちに近づいてきた。
つっかけサンダル、金色の全身タイツ、赤いマント、トドメに顔には銀色の宇宙人マスクをかぶっている。
身長はゆうに2メートルを超えているだろうか。
全身タイツ越しからも鍛えられた筋肉がモコモコと盛り上がっているのがわかる。
忘れようにも忘れられない。
夏休みに治療院を訪ねてきたちょっとおかしな変態さん。
フッコが目の前に立っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます