第三幕 燃えよヤイト拳!
夢のような日常
入院中はマッキーから鬱陶しいほどしつこく取材された。
それだけでは終わらず、ぼくを主人公にした『燃えよヤイト拳! ~地獄の小学生~』なる怪作の下書きを読まされ、感想まで求められた。
正直、小説としての出来はよくわからない。
わかったのは醜悪な自惚れと思い上がり
マッキーの眼を通して見た
おそらくはマッキーのみならず皆んなからのぼくに対する印象はそんなものなのだろう。
「ぼくがイヤな性格になっているし、こんなんじゃ児童小説の主人公としてふさわしくないのでは?」
以前、マッキーに詰め寄ったことがある。
「児童小説だからといって別に主人公が聖人君子である必要はないんだけど。過ぎた力を持って調子に乗った主人公が思い知らされるというテーマ。むしろ教育者受けしそうでしょう」
マッキーの反論はごもっともで、なにも言い返せなかった。
いずれにせよ、下書きを読んだおかげで自分の至らぬ点がよくわかった。
運動や勉強が人よりできたって大したことじゃない。
周りを見渡す余裕がなかった。
クラスという狭い世界の中、ミーナやチューリンの他にも親しくなれる人はいたかもしれないのに関心がなかった。
あるのはスキあらば自分の強さを見せつけようとする過剰な自意識。
こんな奴がクラスにいたら距離を置かれて当然。
よしっ!
反省はもう終わり。
いつまでもウジウジはしていられない。
またやり直そう。
なんとか歩けるけどまだ少し足を引きずっている。
当然、朝のランニングはまだ無理。
医者が言うには、短期間で杖もなしに歩けるのが奇跡だそうな。
教室に入ると皆んなから温かく歓迎された。
「ヒザはもう大丈夫?」
と言うのがいれば、
「お見舞いに行けなくてゴメン」
と言うのもいて、
「チューリン戦では儲けさせてくれてアリガトさん」
と、中には冗談なのか本気なのかわからないことを言う者までいた。
ミーナはぼくを見るなり抱きついてきた。
「ケンがいなくて寂しかった」
チューリンはぼくを見るなり殴ってきたので軽くかわして背後を取り襟首を掴んで引き倒した。
「やるな兄弟。兄弟がいなくて寂しかったぜ」
普段なら煩わしいが、今日に限ってはそれぞれの変わらぬやり取りに安心する。
やがて権八っつあんがやって来て朝の会を始めた。
「知っての通り入院していたケンが学校へ通えるくらい回復した。が、まだヒザの調子が万全じゃないから皆んなで面倒をみてやってくれ。それからケン。お見舞いに行けなくてすまなかった。運動会や学芸会の準備で先生だけじゃなく皆んな忙しかったんだ。その代わり、今日は授業の代わりにケンの復帰祝いをしよう。皆んなでレクリエーションでもやるか」
「「「ワァ~~ッ!!」」」
教室から一斉に歓声が上がった。
ぼくはそれほど嫌われてはいなかったのかもしれない。
権八っつあんは良い担任だった。
クラスの皆んなもいい奴らばかりだった。
今までゴメン。
これからは仲良くやっていこう。
ふとマッキーと目があった。
皆んなが喜んでいる中、一人苦虫をつぶしたような顔をしているのが印象的だった。
試しにウインクをしてみたらアッカンべーで返された。
校庭でキックベース。
屋上でだるまさんが転んだ。
体育館でドッジボール、そして鬼ごっこ。
クラス全員が溶け合ったような一体感。
まるで夢のような1日を過ごした。
おまけに今日は午前授業。
「明日からまたいつも通りの授業だからそのつもりで。それと最近は何かと物騒だから寄り道せずにすぐに帰るように。わかったな」
「「「は~い」」」
帰りの会での権八っつあんの注意事項を聞き流せばあとは自由な時間。
ミーナはこれからパパと一緒にママのお見舞いに行く予定と言っていた。
ぼくはこれから何をして遊ぼうかな。
そんなことを考えているとマッキーがやって来て、
「ケン、今日のあなたには死相が出ているわ、はっきりと。今から私の神社でお祓いをしましょう。念の為に
などと縁起でもないことを言うので丁重に追い返した。
「兄弟、今からオレ様の家へ来ないか。面白えマンガを手に入れたぜ。それから50インチの大画面で任侠映画を観よう。それが終わったらカンフー映画だ」
チューリンの誘いは魅力的だったのでに応じることにした。
本当はヤイト拳をもっと使いやすくするための研究をしたかったのだが、強さにはもうこだわらない。
これからは強さを誇示しなくてもやっていける。
強くなくっても、ありのままの裸の
今から思い返すとそんな考えは間違っていた。
油断しすぎていたし、マッキーのお誘いに応じていればよかった。
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